28.婚礼の乱入者
「ごらんよ、聖女殿。
僕と君を――民の全てが、祝福している!!」
目の前に広がるのは、色とりどりの世界。
誰もが私を見て、その存在を歓迎している。
(……初めてだな、こんなこと)
虐げられる中、ずっと望んでいたこと。
(ようやく、手に入れたのに)
胸の奥の痛みは、消えずにちくちくと私を刺し続ける。
(どうして。
一体、何が足りないの)
輿の揺れに合わせ、頭上の冠が傾いていく。
「さあ、ついたよ!
僕と共に――」
差し出される手。
ぐ、と吐き気を飲み込んで、それを取ると――
「っわぁ、聖女様!!」
「お美しいわ、我が国の正妃様に相応しい……!」
「王家万歳、王家万歳!!」
薔薇の刺繍が施された、美しい金のドレス。
(……怖い)
階段を昇る。その先にあるのは、大きな女神像。
(怖い)
一歩を昇るたびに、何かが消えていく気がする。
(怖いよ)
ついに、その上までたどり着いて。
「汝、ルーグ=フォルテ。
女神ルナの名のもとに、永遠の愛を――」
読み上げられる口上。
その声は綺麗な鈴のように、けれど残酷に私の心をえぐっていく。
――もう、逃げられない。
「……さあ。
聖女殿」
歓声の中で、そっとルーグの顔が迫ってきて。
「……っ」
拒む間もなく、その唇と唇が重ね合わされ――
「……ふむ?
聖女の方は、誓っていないようだが?」
バサッ!!
マントの音。突然、視界が黒く染まる。
「……っな、なんだ!!」
「黒髪!?
飛んで――っわぁぁぁ!!」
「聖女様だ!!聖女様と、王太子殿下をお守りしろ!!」
(……え?)
動けない私に、足音が迫る。
「っ何者だ!!
この方は我が正妃、聖女にして――」
「一つ問うが。
お前は、そやつの名を知っているのか?」
「……なっ!」
剣を握り締めたルーグの目が、大きく見開かれる。
「ほう、答えられないようだな。
相変わらず、お前達王家は本当に――」
――醜い
そう言われ、ルーグの顔が怒りに紅潮する。
「醜いというのならば、黒髪のお前の方だろう!!
僕はこの国の王太子、女神様と同じ金髪の――」
「……ならば、単刀直入に言うとしよう。
我が妹に対する、その態度――」
無表情で、彼を見下ろして。
――不愉快だ
ボウッ!
激しく燃える炎の剣が、その手に生成され――
ガキッ!!
「……あ、あっ……」
いとも容易く、ルーグの剣を叩き折った。
ドサリ
恐怖で尻もちをついた彼は、必死に這って逃げようとするも――
パチンッ!
「っあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
軽快な音とともに、全身が燃え上がり――そのまま、階段を転げ落ちていった。
「死んだら、それはその時だな」
興味なさげに呟いた彼は、私の方を向いて――
「随分、眩い姿をしているではないか。
……リーナ」
(どうして)
私の名前を、知っているの。
「……ふむ。
やはりその魂、もはや魔族の――半魔のものではないな」
赤い光。血を連想するほど、その冷酷な目線は恐ろしい――はずなのに。
(……ああ)
涙が、頬を伝う。
「どうした?
……ああ、記憶が消えているのか」
そっと、彼は私の前で膝を折る。
「良く、覚えておけ。
俺がこの世で膝を折るのは、お前ただ一人だ」
そう前置きして、低い声は告げる。
「俺の名はノワ。ちなみに――」
ふ、という笑み。
「本物の魔王だ。
……まあ正直なところ、これはどうでも良い」
そ、と手が差し出される。
大きい手。知らないはずなのに――私はその温もりを、優しく撫でてくれた思い出を。
(覚えて、いる)
視界が揺らぐ。心の奥から、何かが溢れ出てきて――
「お前は、リーナ。
聖女などではない。俺の――」
――最愛の、妹だ
ポチャンッ
記憶の泉に、その言葉が溶けていく。
「……いもうと」
呟いて、手を伸ばす。
「……ま、待て聖女殿!!!
騙されるな、魔王は我らの敵、憎むべき邪悪だ!!」
「ほう、まだ生きていたのか。
……残念だな」
心底残念そうに呟く黒髪の男。
その様子に、何かが湧き上がる。
「ふふっ」
何故か、笑みがこぼれて。
そのまま、階下の彼を見下ろす。
「王太子殿下!」
「聖女殿!わかってくださっ――」
「私、誓いません!!」
「……え?」
「だから――」
ガシャンッ!!
重い冠を、思いっきり地面に叩きつける。
「お前との、婚約なんか!!
こっちから願い下げ、って言ってるんだよ!!」
ぽかん、という顔の王太子。
感情のままに溢れ出てくるのは、積年のうらみつらみ。
「よっっっくも10年間私を閉じ込めてくれたな、ゴミカス王家が!!
聖女の天罰でも、うけるが良いってもんだわ!!」
「……え、え……?」
「っふうー。
あの、何か投げるもの無いですかね」
「あ、ではこれをどうぞ」
先程口上を読み上げていた青年が、私に分厚い本を手渡してくれる。
「お、良い重さじゃん」
「せ、聖女殿……?
何を――」
「うおらああ!!!!女神の天罰じゃあ!!!」
バコーンッ!!!
クリーンヒットした本は、金髪の王子の意識を遥か彼方へ。
「……っはは、随分と進化したものではないか。
初めて出会った時は、ひどい投球能力を見せてくれたものだが」
心底おかしそうに笑う彼に、むっとしながらも。
(……懐かしい)
温まる心のままに、その手に自分の手を重ねて。
「――あ」
炎の匂い。
大きな背中。
不器用な優しさ。
(……温かい)
ずっとずっと、探していたもの。
『リーナ』
『お嬢様』
溢れ出る記憶。
視界が滲む。
それでも、私は笑顔で呟く。
「……ノワ」
その名を呼んだ瞬間。
カチャリ
胸の奥で、凍っていた何かが――音を立てて溶けていった。




