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20.誰かの英雄

「居戸くん――英二くんはね。

友達、だったよ」


 沈黙。


 ゆっくりと、ソータは語り始める。


「僕ね、昔から忍者が好きで」


 少し黒くすすけた木の壁を、愛おしげに撫でる。


「本当にちっちゃい頃には、忍者ごっことかしたんだよ。

――流石にもう、しないけどね」


 目を瞑れば、脳裏に浮かぶのは三人の笑い声。


『ほら、俺が作った手裏剣だ。見てな、良く飛ぶんだぜ?』

『にーちゃんにーちゃん、俺だって負けてねえかんな!!』

『ふ、ふぉおお……!!

英二くん達、すごい……!!』

『あったりめえだろ、兄ちゃんは世界一の兄ちゃんなんだから!』


(ああ。


……楽しかったな)


 そんな幸せな毎日は、けれど一瞬にして崩れていった。


「10年前くらい、だったかな。

英二くん、大きな病気しちゃって」


 膨大な費用のかかる、その治療。


 片親だった彼らの母には、まかないきれないほどの。


「でも、英二くんは治った。治療を受けたんだよ。

そこからなんだ、英二くんのお兄さんが――どんどん、良くない連中とつるみ始めて」


 足元に置かれたバットを見て、思い出したように呟く。


「以前のようには、遊べなくなって。

帰りも遅かったし、傷だらけになっていたこともあった」


 一度、ソータもその姿を見たことがある。


 金に染められたその髪は、けれど血で汚れていて。


「……英二くんは、寂しかったんだと思う。

せっかく退院して、戻ってきても大好きなお兄さんがそんなだったから」


 その思いはつもり続け、ある時――爆発した。


「雷の夜だった。ごろごろと、空が割れるように鳴り響いてたよ。

僕が、危ないから洗濯物を取り込もうとして家の外に出たら」


 怒鳴り声が聞こえた。


 それは、英二と――その兄のもの。


「泣いてたよ、英二くん。

……けど、お兄さんは反対に冷静で」


 そんな兄に、ついに彼は言ってはいけないことを口にしてしまった。


「『兄ちゃんが、こんなやつになるくらいだったら……!!!』」


――俺は、治りたくなんかなかった!!!

 

 沈黙が流れ、そして。


バタッ!!!


「二人の家の扉が開いた。

出てきたのは、お兄さんだったよ」


 立ち尽くすソータを見て、彼は寂しそうに言った。


『……あいつの、英雄になってやりたかった』


 返す言葉の浮かばないソータは、そのまま歩き去る彼の背中を見つめ続けた。


「……その日から、お兄さんは帰ってこなくなったんだ」


 後で分かったことだが――

 英二の治療費を払っていたのは、お兄さんだった。


 借りてはいけないところから、金を借りて。


 一生を、その命を捧げる契約で。


「僕と居戸くんが、以前みたいに話せなくなったのは――多分、ここからだった」


 ソータのことを『陰キャ』とバカにし、眼中にないように振る舞う彼。


 兄と同じように髪を染め、どんどんと非行に走って。


 けれど、ソータは知っていた。


「……責めてるんだと思う。

自分のことを救ってくれた、大好きなお兄さんに――『英雄』に」


 治りたくなかった、なんて言ってしまって。


 謝ろうとしても――もう、その兄はどこにもいなくて。


「……今でも、思うんだ。

あの時、引き止めていたら何か変わってたのかなって」


 言っても仕方ないことだけど、と言っておどおどと笑うソータ。


 静かに聞いていたリアムは、一瞬目を伏せ――


「……すまん。

あんなこと言っちまって」

「っえ、え……!?

な、なんのこと!?」


 頭を下げるリアムに、あたふた戸惑うソータ。


「こっちよりは大分マシな世界、って言ったろ。

……そっちもそっちで、そりゃ苦労もあるよなって」


 だから、と言ってますます深く頭を下げるリアム。


「か、顔上げてよ!!

リアムさんに話したおかげで、僕も――僕がやりたいこと、わかったんだ」


 やりたいこと。この世界で、もう一度チャンスがあるのなら。


「……まずは、リーナを助ける。

それで――できれば」


 壁の木目に、そっと指を沿わせる。


「あの頃のように。

英二くんと、一緒に笑いたい」


 一瞬だけ、沈黙が落ちた。


 俯くソータの頭に、リアムはそっと手の平を乗せて。


ポンッ


「いいじゃねえか。

お前、今最高に勇者してるぜ?」

「……っ」


 なんだか少しだけ、泣きそうになった。


「……んじゃ、まずはお仕事の方終わらせちまうとするか」

「う、うんっ!

でも、扉とか――ないよね?」

「だな。

一回戻って、やっぱ正面から入れねえか試し――」

「っっわぁあ!!??」


バタンッ!!!


 急に、リアムの視界からソータが消える。


「……な、なんだ!?

おい、ソータ!!」

「っわ、びっくりした……!!

こ、ここだよ!!!」

「……って、どこだよ!?」


 焦ってあたりを見渡しても、彼の姿はどこにも見えない。


「……え、えっと!

その、前の壁押してみて!!」

「ま、まえ……?」

「か、身体をぺったり付ける感じで!!」

「ぺったり……?」


 おそるおそる、声に従い壁に触れて――


クルッ!!


「うおっ!?」


ドサッ!!


「……っは、なんだこれ!?」


 突然その壁が回転し、あっという間に向こう側に放り出される。


 勢いのままに倒れ込んだリアムに、暗がりからソータが顔を出す。


「だ、大丈夫……?」

「っいってぇな……

なんだこりゃ、罠か?」

「ち、違うって!!

これ、『どんでん返し』――だよ!!」


 興奮したように呟き、リアムが飛び出して来た壁に手をかけると――


「回ってやがる!?

どういうことだ、見たことねえぞこんなもん……」

「ほ、ほら!

こうやって、壁の一部が回転するようになってるんだ!」


 驚愕の表情でそれを見つめていたリアムは、ハッとしたように前に向き直り――


「そういうことか……!?

ファイア』!」


ボウッ!


 暗がりに、明かりが灯る。


「っやっぱりな……!

良くやったソータ、助かったぜ!」


 炎に照らされた通路の先には、巨大な空間と――


「リ、リアムさん!!

これって……!!」

「……っ」


 リアムは、炎を掲げたまま目を見開く。


 色とりどりの背表紙。


 壁一面を埋め尽くす、膨大な書物たち。


「ああ。

たどり、着いたんだ……!」


 長い年月、誰にも開かれることのなかった知識の墓場。


 その埃の下にあるのは――


「王国の、隠された真実。


――『禁書庫』だ」

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