13.仮面の下の出会い
「この場で、今すぐに――火あぶりになるか、だ」
ボウッ!
軽く出した右手に揺れるのは、燃え盛る炎。
「り、リアムさん!!こ、この人本気だ!!
どどどどうしよう!!」
「お、落ち着け!!落ち着け本当に!!おおおおお落ち着け!!」
「あなたが一番落ち着いたほうが良さそうですよ。
……ノワ、乱暴な真似はやめてください。騒ぎを起こせば、人が集まります」
「ふむ、一理あるな」
シュッ
一振りで、炎は跡形もなく消えた。
「っほ……」
安心したように息を吐く二人に、ノワは容赦なく迫る。
「それで、どうするのだ?
俺は別に、お前たちを火種にしたところで困らないのだが」
「い、いやオレ達は困る!!
協力するし、あんたらのことを告げ口したりもしねえ!!」
両手を上げ、降参のポーズを取るリアム。
「助けてくれよ……!
本当に、善良な旅人なんだ!!信じてくれ!!」
「嘘をついているようには見えませんね。
ノワ、私達の格好では何かと動きづらい。彼らの力を借りるのが、最善の策かと思いますが」
「……そうだな。
なにか怪しい動きをするのなら、その場で始末すれば良いだけの話だ」
ふ、と目線が外れた。
「こ、怖かった……!」
その場にへたり込むソータ。そんな彼らに、ハクは優雅に一礼する。
「礼儀を欠いた真似、失礼しました。
私の名はブラン、そしてこのバカが――」
「バカではない。
ノワだ、好きに呼べ」
「え、えと……僕はソータ、です。
ブランさんとノワさん、よ、よろしくお願いします!」
「リアムだ。
……全く、本当についてねえな」
舌打ちするリアム、おどおどと頭を下げるソータ。
そんな二人を見て、ハクは柔らかく微笑んで告げる。
「旅人、とおっしゃいましたね。
ご兄弟で旅とは、このご時世苦労することも多いでしょうに」
「き、きょうだい……?」
きょとんとした顔のソータ。それを見て、小さく眉を上げてノワは問いかける。
「この国では、髪色はほぼ遺伝なのであろう?
ならば、その良く似た赤髪――お前達も血縁なのかと思ったが」
「あ、あか……?
ぼ、僕はくろ……むごっ!!!」
「じ、実はおじと甥でして!!はい!!
幼い頃にこいつが両親をなくしてるんで、オレが引き取って育ててるんです!!」
「お、甥……!?
ち、ちがむごごごご……!」
暴れるソータの口を、必死に手で抑えるリアム。
不審そうにそれを見つめるノワの目線を受け、焦ったように話題を変える。
「お、お二人さんこそなんでこんなとこに!?
その格好じゃあ、怪しまれて入れねえと思うんだが……」
「ああ、怪しまれたが入れたな」
「今日は冷えますから、きっと兵の皆様も身体が凍って動かなかったのでしょう」
「……深くは、追及しねえでおくよ」
「それがよろしいかと」
目深にフードを被ったまま、にっこりと笑うハク。
ようやくリアムから解放されたソータは、何かを思いついたようにぱっと顔を明るくして――
「そ、そうだ!
リアムさん、ノワさんたちも怪しくないようにできないの?」
「っちょ、お前余計なことを……!」
「だ、だって僕のこともそうしてくれたでしょ?
そのおかげで、全く怪しまれずここまで来れたし……むごっっっ!!」
再び口を塞がれるソータ。そんな二人の様子を見て、ノワは興味深そうに問いかける。
「ほう?
できるのか、リアムとかいうお前」
「……出来なくはねえ。
ブラン様の方は、確実に出来るだろうな。だが――」
――あんたは、もう無理だ
そう言ってリアムがまっすぐに見つめるのは――ノワ。
「ふむ。俺は無理、と?
その理由は」
「オレにだって、出来ることと出来ねえことがある」
「……言い残すことは、それだけか?」
ジリッ
リアムの赤い髪が、黒く焦げ付く。
「脅しても無駄だ。
……これは、灰になったって言わねえぜ」
その目には、強い覚悟が浮かんでいた。
試すように目線を合わせ続けた後、ノワは一歩下がって――
「っはは!面白い、良かろう。
さてブラン、お前は出来るらしいが――どうする?」
「お断りします。方法も原理もわからないものにすがるほど、私は困ってはおりませんよ。
それに――」
ピキッ
リアムの帽子の羽根に、薄く氷が張る。
「っなんだ!?」
(詠唱もなしに、一瞬でこの小さな対象に――)
冷や汗が頬を伝い、地面に小さくシミを作る。
「……なるほどな。
あんたら、そんなものに頼る必要もねえってことか」
「好きに解釈するが良い、どうせ再び会うこともなかろう」
そう言って、ハクに合図を送る。
頷いたハクは、その懐から一枚の紙を出し――
「ん、なんだ。俺にくれるのか?
っておい、これってまさか……!」
「王宮の地図です、おそらく国家機密なので取扱いにはご注意を」
「こ、国家機密……!?
そんなものを、どうしてブランさんが!?」
「昔、ちょっと王宮に務めておりまして。
……非公式に」
「非公式かよ!!いや非公式ってなんだ!?」
内緒です、と口元に指を当てウインク。
「で、でもブランさん。
王宮に入れるくらいなのに、なんでわざわざ怪しい格好を……?」
「事情が変わったのだ。
……お前達、聞いていないのか?」
「っていうと――
白髪の、虐殺か?」
呟くリアム。そんな彼に、ノワは少し目を細めて――
「『虐殺』――面白い表現だな。
まるで誰かが意図して、その命を奪ったと……そう確証を得ているかのような」
「別に、隠しやしねえよ。アンタも分かってんだろ?
この国は今、意思を持った何者かによって動かされてる」
ふ、と息を吐く。
(白髪の件だって、誰かがその生命を欲したか)
あるいは、誰かに。
(――差し出した)
手元の地図を一瞥してから、リアムは気だるげに目線を上げる。
「んで、オレに何をしてほしいんだ?
なんとなく、面倒事だろうってのはわかるけどな……」
「そうおっしゃらず、お願いしますよ。
あなた方に潜入していただきたいのは――王宮の、最深部」
ハクが指差すのは、王城の中心――幾重もの守りが固められた、小さな部屋。
顔をしかめながら、リアムはその文字を読み上げる。
「――『禁書庫』」
「ええ。
その場所にて、とある情報を入手してほしいのです」
「とある情報?」
「ああ。……耳を貸せ」
周囲に人がいないことを確認し、ノワはリアムに何かを耳打ちする。
「っ――!
おい、それはあんたが!」
「俺が、何だ?」
「……いや、いい。
そうか、もう――」
何かを懐かしむように、小さく目を伏せるリアム。
「……リ、リアムさん。
僕も――いっしょに行くよ」
「っおい、まだ行くと決めたわけじゃ」
ソータの瞳が、まっすぐにリアムを見つめる。
(……『聖女』か)
小さく息を吐いて、ソータを軽くみやる。
どうも、この少年は――あの少女に関わると、人が変わったようになる。
(さて、どうしたもんかな)
迷うように一瞬、目を瞑った後。
「……わかったよ。
この話、受けてやる」
「リ、リアムさん!」
「感謝する。俺達はこの王都で調べることがあるゆえ、なにか分かったら落ち合おう。
方法は――」
「それならば。
これを、お持ちなさい」
ひょい、とハクが投げたのは――細長い筒状の何か。
まるで葉巻のようなそれは、リアムの手の中でがさごそと音を立てる。
「こ、これは……?」
「そこに、火をつけて知らせてください。
周囲の人間には気づかれないでしょうが、私にはわかりますので」
「火、って。
んなもん、気づかれずにどうやって――」
「おや?あなたなら容易にできるでしょう」
ふふ、と笑うハク。
「……ッチ」
(参ったな。
――全部、見透かされてやがる)
押し黙るリアムに、ハクはなんでもないことのように告げる。
「あなたのそれ、タバコですね?
けれど見たところ、火をつけるような道具を持ち歩いているわけではない。となれば――」
その綺麗な微笑みに、背筋が凍る思いがした。
「あなたは、火の精霊術の使い手。
違いますか?」
「……っはは。
おみそれしたぜ、流石だな」
軽く両手を上げ、リアムは諦めたように笑う。
「んじゃ俺達は、頑張って禁書庫とやらに行くとするか。
お互い、生きて会えることを祈ってるぜ」
「ああ、お前たちが生きていることを祈っている」
「ひどいですねノワ、私のことも祈ってほしいものです。
……ではソータさん、リアムさん。またお会いしましょう」
「さ、さよなら!」
カツッ
遠ざかる足音、踵を返す二人。
ずんずん迷いなく進むリアムに、ソータはつまづきながらも問いかける。
「……あ、あのリアムさん!
どうしてブランさん達、僕のことを赤髪って」
「んー、光の反射じゃねえか?」
「そ、そんなわけ――」
「ほらソータ、日が暮れないうちに早く行くぞ」
納得いかない様子のソータを連れ、リアムは王宮の門へと向かう。
歩きながら、少しだけ顔を背けて――
「……ッチ。
魔王のガキ、大きくなりやがって」
舌打ちとともに落ちるそのつぶやきには、かすかな哀愁の響きが。
「良かったな、フォンセ様」
一度だけ、振り返る。
フードからかすかに見える黒髪が、小さくなりゆくその背中が。
(よく、似てやがる)
「……ははっ。
俺も、ジジイくせえことを言うようになったな」
小さく笑って、天を仰ぐ。
一直線に流れていく雲に、何かを見出して――
「あんたの、一番守りたかったもんは。
――元気に、育ってるぜ」




