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8.祈りの間の聖女

「離して、離してよ!!

私は、聖女なんかじゃ……ない!!」

「ああ、お可哀想な聖女様。

憎き魔王に滅ぼされし村を見て、心を病んでしまわれたのですね……!」

「だから、そんなんじゃないんだって!!」

(っダメだ、全然聞いてもらえない……!)


 両腕を掴む屈強な兵たちは、私の一切の抵抗を許さない。


ガシャンッ


 目の前で、重い錠が開けられ――


キイッ


 鉄製の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。


「聖女様、ここが貴女様の本日よりのお住まい――

『祈りの間』です」


ドサッ


 丁寧な、しかし有無を言わせぬ動きで寝台の上に投げ出される。


「っ……!」


 衝撃で動けないでいると、彼らは素早い動きで扉まで戻り――


わたくしめは、国王陛下にご報告をせねばなりませぬので。

それではまた、後ほど」

「ま、待って――」


バタンッ!!


 伸ばした手が届く寸前で、その扉は閉まった。


「……ふふ、聖女様が見つかるだなんて。

これで我が国は安泰……」


 ボソボソと聞こえる呟き。そして――


ガチャリ!


「まさか」

(鍵、かけられた……!?)


 囚人のような扱いに愕然としていると、くぐもった声は満足そうにひとりごつ。


「これでよし、と。

あの正妃以来、10年ぶりの聖女です。決して――」


――逃がすわけには、いきませぬ


 こつ、こつと足音は遠ざかる。


 一人残された私は、呆然と扉を見つめ――


「っだから――

違うって、言ってるのに!」


ボスッ!!


 豪奢な枕に顔をうずめると、どこか埃っぽい香りが私を包み込む。


(……どうして、こんなことに)


『どうぞ、我らと共にいらしてください……!!

希望の、聖女様よ……!!』

『聖女様、って……

私、のこと?』


 戸惑う私に、平伏したままの彼女は恭しく続ける。


『ええ、間違えようはずがありません……!

その、美しき金の髪……まさしく、聖女たる証!』


 それを聞いて、私はハッとする。


(この国では、英雄の血を引く王家以外で唯一)


――「聖女」だけが、金の髪を持って生まれてくる。


『っこれは!!

私が、王女だから!』

『……王女?』


 きょとん、という表情。


(……ああ、そうだった)


 悟りと違和感が、同時に押し寄せる。


(私は、この国では――「いないもの」なんだ)


 生まれてこなかったことにされた、黒髪の――


『……え?

なんで、黒髪って』


 ふいに出たその言葉に、戸惑ってしまう。


(そもそも、どうして私は。

いなかったことに、されたんだっけ)


 ぐわん、という耳鳴りの音。


『……っ!!』


 すると突然――


ガシャガシャッ!!

(何っ……!?)


 重い音を立てて走ってきたのは、重厚な鎧に身を包んだ兵たち。 


『……チ』


 舌打ち。見ると、「リアム」と名乗った彼が遠くに走り去る様子が。


『ちょっと、待――』

『……狼煙が上がったのは、ここか!?』

『指揮官殿!何が――』


 ぴたり、と。


 私の姿を捉えた彼らが、一様に動きを止めた。


『金髪……!

その、御方は!』

『……ええ。

喜びなさい!』


バッ!


 「指揮官殿」と呼ばれた彼女は、恍惚とした表情で両手を広げる。


『我らが、女神の生まれ変わり……!

聖女様が、見つかったのよ!!』


ウ……

……ウォォォォォ!!


『勇者様に、聖女様……!この国は、安泰だ!!』

『万歳!フォルテ王国万歳!王家万歳!』

『さ、聖女様。我らとともに王城へ……!』


 そうして盛り上がる彼らに連行され、私は今現在。


「……まさか、こんな部屋があるなんてね」


 王城の更に奥へ奥へと進んでいき、この「祈りの間」とやらに通されたわけだ。


(結構広い、かなり豪華だし。

……一応、聖女ってことで丁重には扱われてるんだろうけど)


 辺りを見渡せば、大きな机に美しく金に彩られた鏡台。


ガチャリ


「っうお!」

(すっごい量、これ本当に一人分か……!?)


 近くのクローゼットを開けてみれば、これでもかというほどに詰め込まれた豪奢な服。


「……それでも」


 そっとクローゼットを締めて、目線を上に。


 圧倒的な閉鎖感。それは――


「窓が、一つもない。

かなり下に潜っていったし……作ったって、仕方ないんだろうな」


 それに、と扉の方を見る。


 固く閉ざされたそれは、冷たく黒光りし――まるで、牢の入り口のようで。


「……あんまり長くは、いたくないな」


 日の光の入らない地下、固く外側から閉ざされた扉。


 まるでそれは、金の「月」を閉じ込めておくための一つの夜空のようで。


「……本当に。

『逃さない』つもり、ってことか」


 呟いてから、ハッとする。


「ダメだ、独り言が多い……!

これじゃ、あのボロい塔生活と一緒じゃないか!!」


 このままだと、精神を病んで死んでしまいそうである。


 とりあえず身体でも動かすか、と思い寝台から降りようとして――


トスッ


ブワッ!!


「……っごほごほっ」


 地に足をつけた途端、かすかに舞い上がる白いもの。


「埃、すごっ……!!

っうわー、こりゃまずは掃除しないとだな」


 埃が入らないよう、鼻を摘んでゆっくりと部屋を移動する。


「んー、久しぶりすぎて何からやればいい……の、やら」

(……あれ)


 ずっと、塔で一人だったはずの私。


 全部、掃除も選択も料理も――やってきた、はずなのに。


「どうして『久しぶり』なんて。

……ダメだ、やっぱ一人だと変なこと考えちゃって良くないな」


 まずは一旦、掃除でもして心を落ち着かせよう。


「えーと、どっかに靴下とか雑巾とかないかな」


 ゴソゴソ、クローゼットを漁っていると。


ゴトッ


「っいってぇな!!!」


 私の小指に真上から直撃する、硬い何か。


(なにこの部屋、まさか罠でもしかけてあるの!?

なんつー悪趣味――)

「――って、ん?」


 拾い上げてみると、それは手乗りサイズの小さな本のようで。


「……いや、違う。

これ――」

(日記、だ)


 意味もなく、周囲をキョロキョロ見回してしまう。


「……誰もいない。

そりゃそうか」


 ならば、この持ち主は。


「前に、この部屋に住んでいた人……だよね」


 この部屋――すなわち、聖女を閉じ込めるための空間。


 当然、その空間の主は聖女であるはずで。


「前の聖女、えーと確かさっき言ってた……10年前、なんだっけ?

……うげ、まさかここ10年も掃除されてないの!?」


 思わず、そこら辺にあったハンカチで鼻と口を覆ってから。


「……いや、良く考えたらこれも洗ってないのか」

(うん、やめとこう)


 そっと戻し、日記を注意深く観察する。


 ぺらり、とページをめくりつつも。


「んー、でもなー。

知らない人の日記なんて、正直見たところでね」

(なんか申し訳ないし、読むのは流石に――)


 ふと、ある一ページで手が止まる。


 その「日記」の、最後のページ。


(ここで、終わってる?)


 使い切るのを待たずに、日記は唐突に途切れていた。


「どうして、突然」


 言いかけて、先程の女性の言葉がふと脳裏をよぎる。


『あの正妃以来、10年ぶりの――』


 そうだ、この国で「聖女」は。


(唯一、正妃となる資格を得る)


 金髪を、王家の証を絶やさないために。


(……先代の聖女、いや。

10年前の聖女は、10年前の正妃)


 それは、現国王――私の父の正妃。


(……じゃあ、

この日記は)

「まさか、そんな」


 震える指で、最後の一文をたどる。


 そこにあったのは――


『さようなら』


 瞬時に、私は悟る。


 この日記の主は――自らの意志で、命を絶ったのだと。


(……ああ)


ポトリ


 落ちた涙が、インクをじんわりとにじませる。


 そこに含まれるのは、悲しみと、罪悪感と――そして。


「……ここに、いたんだね。


お母さん」

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