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7.揺らぐ記憶

「――リーナ」


 口にした瞬間、何かが溢れ出る。


(っなんで)


 この名を、呼んでくれた人がいた


 本当に親しげに――愛おしそうに。


「……ど、どうしたの?

ごめん、僕が何か」


 一瞬だけ見えたそれは、けれど瞬く間に消えてしまう。


 あとに残るのは、心配そうに私を見つめる彼の姿だけ。


「っ大丈夫、なんか目に入っただけ……だから」


 急いで目元を袖で拭い、失われた水分を取り戻そうと水筒に手を伸ばしてから――


「……ちなみに、パンってもっとあったりしない?

なんか、すっごいお腹空いてるんだけど」

「こ、これで最後……かな。

行くあてもなくて、途方に暮れてた時……親切な人が、くれたんだけど」

「あっ」


(それを私……全部、食べたのか)

「うん。

ごめん、本当にそれはごめん」


 流石に申し訳なくなった私は、彼の手を引いて立ち上がる。


「ち、ちょっと……!?」

「行くアテないなら、私と一緒じゃん。

ってことで――まずは食料確保。これ鉄則!!」


 ずんずん突き進む私、小さくよろけながらついてくるソータ。


「ゴミ箱漁りでもなんでもして、まずは腹を満たすんじゃ!!」

「ご、ゴミ箱って……王女サマ、なんだよね?」

「気分はみなしごさ、父なんか生まれた時以来会ったこと無いしなー」

「そ、そうなんだ。

……ごめん」


 申し訳なさそうにしょんぼり俯くソータ。


(……こっちまで申し訳なくなってくる、困ったな)

「うーん。

ソータ、謝るの禁止!」

「っえ、え!?」

「ほら、行くよ!」

「ま、待ってよ……!」


 差が開く彼との距離。確かにこれは、フィジカル的に勇者に向いてなさそうである。


「……てか、ソータさ」

「な、なに?って、痛っ……木、か」

「気をつけなよ、木だけに。

――じゃなくて、なんで私を助けたの?」

「……え?」


 きょとんとした表情で立ち止まる彼。


(いや、だって)

「普通、見ず知らずの他人が森の中で寝てたら避けない?

……ほら今、春だし」


 単におねんねしているだけならまだしも、『叫んだり牙をむいたりしながら』らしい。


 普通、そんなどっからどう見てもやべえやつは助けないと思うのだが……


「……えと、その」


 何故か顔を赤らめるソータ。どうした、まるで恋するおとめ――


「僕がいた、その元の異世界で。

……好きだった人に、よく似てるんだ」


 だから――君を、どうしても。


「守り、たくて」

(あ、本当に恋する乙女だった。乙女ではないけど乙女だった)


 しげしげ見つめていると、ますますその顔はりんごのように染まっていく。


 流石にこれ以上は可哀想か、と思い目線を外すと、ホッとしたように彼はその場にへたりこんだ。


「私に似てる人、ってさ。

一体、どんな人だったの?」

「り、リーナの容姿にそっくりで。

……あと、そのかっこいい性格もよく似てるんだ」

「か、かっこいい……!?」


 なにそれ嬉しい、とほっぺたが落ちそうなくらいにニヤける私。


 しかし彼は、どこか寂しそうに続ける。


「……それでも、君みたいに金髪じゃないし。

それに――」


――そんなに笑ったり、しなかった。


(……え)


 言われて、気づく。


(――いつから)


 私は、こんな風に笑えるようになったのか。


 そしてそれは一体、誰のおかげで――


「っう……!」

「り、リーナ!?大丈夫……!?」


 不敵な笑み。


 黒い髪が揺れて――


 思い出そうとして、思い出せない。


「っ大丈夫、ちょっと頭痛が」

「す、すごい姿勢で寝てたもんね」

「……も、もしや成長期!?」


(これは……色々伸びるのでは!?)


 期待に胸を膨らませつつ、ソータと共に森を踏み分け踏み分け――


「っよし、家はっけーん!!」


 目の前に現れたのは、小さな集落。どうやら、フォルテの北の端に到着したらしい。


「ぜ、ぜえぜえ……

よ、よがっだ……」


 長時間の歩行に疲れ切っているソータは、その場でばたりと倒れる。


「大丈夫?

結構本気でソータって、体力ないよね」

「……う」

「ほら、財布貸して。なんか食べ物ないか探してくるから、そこらへんで休んでなよ」

「あ、ありがとう……」


 ずりずりと日陰へ這っていくソータを横目に、私は近くの建物の中へ。


「……あのー、すいません。

誰か、いませんかー?」


 必死に叫ぶも、一言たりとも返ってこない返事。


(聞こえなかったのかな?)


「あのー、すいません。

誰か――」

「無駄さ、誰もいやしねえ。

……この街の住人はみんな、狂っちまったからな」

「っわ!

び、びっくりした……」


 声のする方を向けば、こちらに背を向けてタバコを吹かす旅人風の男。


「『狂った』って?

人がいないのは、おかしいと思うけど……」

「いきなりみんな――

魔物に、なっちまった」

「……え」


(人が、魔物に……それって)

「……魔人、ってこと?」


 この数百年のうちでも、殆ど目撃例のない―― 


(……あれ。

どうして私、その名前を)


 その違和感は、男にも伝わったらしい。


「ほう?じょーちゃん、良く知ってんな。

その名前を知る人間、オレ以外で初めて見たぜ」


ジッ


 たばこの火が、突然に消える。


(火の精霊術の、使い手?)


 驚いて見つめていると、ゆっくりとその帽子を手に取り――


「オレの名はリアム。

見ての通り、世界を旅するイカした男さ!」

「へー、イケてる!すごーい!」

「おい。

これでも一応、国王陛下お付きの視察人だぞ」

「え、マジですごい人?」

「……昔は」

「昔かいっ!」


 しょーがないだろ、色々あったんだよとブツブツ言いながら、リアムは帽子をクルクルと指先で回して遊ぶ。


(……まあ、すっごく胡散臭いけど)

「この際、人なら何でも良いか」


ガタッ


 裏口から出て、リアムのところへ向かおうとして――


バサッ


 目の前に、花束が落ちた。


 真っ白い、献花のようなそれが泥に染まっていき――


「っな、んで」


 息を飲むような音。


「……住人の家族か?

あいにく、もうここには誰も――」

「っ誰か!!!」


 花束を落としたと思われる女性は、急に叫んで――


ピカッ!!


 天に突き上げたその片手から、一直線に青い光の柱が立つ。


 まるでそれは、狼煙のように――誰かに知らせる合図のように、空に消えていって。


「あ、あの……これ、落としまし――」

「ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう……!!勇者様だけでなく、まさか!」


ドサリ


 倒れ込むように、彼女は私の前に跪く。


 驚いた私は、手に取った花を思わず取り落としてしまう。


「……え、なに」


 絞り出した声に、答えはない。


 ただ深く深く平伏し、そして――


「どうぞ、我らと共にいらしてください……!!


希望の、聖女様よ……!!」

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