6.金髪王女と欠けたもの
「迫る炎に、必死になって対抗して――後ろにいるチャラい金髪のお兄さんを、頑張って守ってたんだけども」
むしゃむしゃ。手に持ったパンの美味しさに感動しながら、私は続ける。
「まーったく歯が立たなくて。んで、ついに炎の剣みたいなのがお兄さんに直撃しましてね。
割れた兜の中を見た瞬間に、なんかすっごい――猛烈に、これまで感じたこと無いほどの怒りが湧いてきて」
ごくごく。渡された水筒の中身を遠慮なく飲み干し、気分は爽快。
「何ていうか……『騙された』みたいなそんな気持ちのままに、周りのやつら全員をぶっ倒そうとして――
ってとこで、目が覚めたわけです」
「な、なるほど……。
不思議な夢、だね?」
ありがとうごぜえました、と言って水筒と空になったバスケットをお返しする。
「そ、その……夢以前に、なんでこんな森のど真ん中で叫んだり牙をむいたりしながら寝てたの?」
「いやー、それがさっぱりわかりませんね!!」
ニッコリ笑って答えると、面食らったように彼は押し黙ってしまった。
「そもそもここって、どこなの?」
「僕も詳しくは知らないんだけど……えーっと」
ゴソゴソ。リュックサックのような背負いカバンをしばらく漁った後、出てきたのは――
「き、北の魔国と、フォルテ王国の境界の森みたい。
地図、買っておいてよかったよ」
「うおっ、私なんでそんなところに……!?
おっかしいな、ついさっきまでフォルテにいたはず、なの……に?」
(……あれ、何この違和感)
ずきり、と痛む頭。何か――何か本当に、重要なことを忘れている気がする。
「や、やっぱり君……フォルテの人なんだ。
どうりで、王様に顔が似てると思った」
「ああ、それうちの父だよ」
「えっ……!?」
絶句する彼。どうやら何か勘違いをさせてしまったらしい。
「あっ、いや公式には認められてないからそんな王女サマなんて偉いもんじゃ!!」
「み、認められてない……?」
「生まれてすぐ、ボロっちい塔に幽閉されたし。
この間なんか、街で魔人に出会って騒動に巻き込まれたんだけど……それが原因で追放されちまってさ」
(……思い出してきた。
そのまま彷徨ってたら、空腹でばったり倒れたんだっけ)
我ながら情けない理由にため息をついていると、なおも納得しかねる顔の少年。
「で、でも王女サマなんでしょ?
なんで、そんな扱い」
「いや、本当にそんな偉いもんじゃないから……ほら、あれだよ。
こんな見た目、だからさ」
「……こんな、見た目?」
不思議そうに私を見つめる目。数秒の沈黙の後に――
「そんなに、き、きれいな……
金髪、なのに?」
サラリ
私の膝の上に、長い髪が解けて落ちる。
陽光を反射した、まるで月のような――黄金の輝き。
(……あれ)
指先に絡む髪が、妙に馴染まない。
(これは本当に――私の姿なの?)
不安、そして小さな恐怖。
(……いやいや)
「何、思ってんだ私」
寝ぼけてるのかな、なんて思って自分を納得させる。
「そっちこそ、なんでこんなところに?」
無理やり笑顔を作って、気を取り直すように目の前の彼に問いかける。
「父に会ったってことは、もともとフォルテにいたんでしょ?」
「じ、実は。
僕は、にほん……じゃない、異世界から召喚された、勇者らしくて」
「ゆ……!?」
(勇者、ですと……!!??)
なんてことだ、そこらの幽閉された王女サマよりよほどすごいお方ではないか。
驚いて顎を外していると、慌てて彼は否定するように両手を前で振る。
「ち、違うんだ。……僕はすぐ、ほんの少しのお金とこの服をもらって、街のはずれに追い出されちゃって」
「な、なんと。勝手に呼び出しといてそれはひどくないか……!?」
しょんぼりした表情の少年。可哀想になった私は、密かにパクっておいたパンをそっとバスケットに戻しておく。
「本当に勇者になったのは、もう一人の――金髪のほうなんだ。
……だって僕は」
彼は、目深に被っていたフードを外す。
あらわになる顔、そして――
「く、黒髪!?」
「そ、そうなんだ。
フォルテでは、どうやら……すごく、不吉の証みたいで」
「まあそれは、私が一番身を以て知って――」
言いかけて、またもや止まってしまう。
(……なんで?
どうして、金髪の――最も貴いとされる私が、黒髪の気持ちを?)
ずきり、頭の奥底が痛む。
『……くだらない話です。
その程度で、お嬢様を――』
すぐそばで、声がした気がした。
「……誰、だったんだろう」
「え?
っあぁぁぁぁぁ!」
ぽつり、と思わず口から出た言葉に、何故か目の前の少年は焦りだす。
「あ、違っ――」
「ご、ごめん……!名前、言ってなかったよね。
僕はソウタ、よ、よろしく!」
「ソータ?
聞いたこと無い名前、やっぱ異世界って色々違うんだね」
「う、うん。全部言うなら、シミズソウタかな」
「名字か、呼びづらいからソータでいくね」
緊張したように差し出された右手を、笑って握り返す。
「……ってか。名字って、なんだ?」
「え?
わ、分かってないで言ってたの……!?」
「まあ、うーん。
……なんか神のお告げ的な?」
ええええ、と面食らうソータの反応に、なんだか――
(……懐かしい)
そう思ってしまうのは、なぜだろう。
「……あの。君の名前、聞いてもいい?」
遠慮がちなソータの声に、はっと現実に引き戻される。
「名前、か。
んと……」
――リーナ
その声に、誰かの声が重なった気がして――胸が、少しだけ痛んだ。




