表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/93

5.希望の名のもとに

「何者だっ!!

ここより先はフォルテが首都、怪しいやつは――」


キンッ!!


 槍を突き出した格好のままに、兵は凍りつく。


「見事だ。

相変わらず便利な魔法だな、これでは俺がいる必要もなさそうだ」

「ふふっ、言うまでもないことです。

休校の間も仕事は溜まっているのでしょう?お帰りになってはどうですか、マオ先生?」


 倒れ込む氷の像をまたぎ、フォルテの中心部へと足を踏み入れる二人。


 目深にフードを被ったその姿は、どこからどう見ても不審者である。


「安心しろ、仕事ならアドルフとカインにやらせている。

何しろ命の恩人からの頼みだ、断れまいよ」

「おや、あの二人……てっきり、アリスによって命を奪われた後かと思いましたが」

「魔法が不完全だったからな、心臓が一時的に凍りついていただけだ。

お前の魔法であったのなら、俺の炎でも間に合わなかっただろうよ」


 肩をすくめて言うノワに、そうですかと興味なさそうに返すハク。


 そのまましばらく歩き続けた彼らは、ふとある建物の前で立ち止まる。


「ノワ、違和感が」

「ああ、俺も気づいた。

……これは」


――教会、か。


 その重厚な扉に手をかけようとするノワを、ハクは一度制する。


「ノワ、あなた確か教会に入ってはいけないのでは?」

「そう硬いことを言うな、見ての通り人っ子ひとりおらんだろう」


 言われて周囲を見渡すハク。確かにその周囲には、不自然なほどに生き物の気配が感じられない。


キイッ……


 ゆっくりと、扉が押される。


「ふむ。

……やはりな」


 少し目を細め、中央に安置されたそれを見上げる。


 美しい長髪、慈愛に満ちた表情でこちらを見下ろす――女性の像。


「……気分が悪い。

女神など、そうそう見たいものではありませんね」

「案外、それだけが理由ではないやもしれんぞ」

「……?どういうことです?」


 その問いには答えず、ノワは薄く微笑み像へと歩み寄る。


カツッ、カツッ


 手を伸ばせば触れる距離にまで近づいた、その時――


ピカッ!!!


「……っ!?」

「ほらな、だから俺は教会に入れんのだ」


 像から放たれる眩いばかりの金の光が、二人を照らし出す。


「これは……光の、精霊術!?

女神の力が、なぜ像に」

「正確に言うのなら、その残滓だろうな。

大英雄の折、国中に溢れ出したものだろう」


(……しかし)


 そっと、像に触れる。


ジッ


 途端、その指先が小さく焦げ付いた。


「強まっているな。

以前に訪れた際には、ほんの少し光る程度であったというのに」

「……強まっている、とは?

残滓であるなら、減り続けるのが筋だと思うのですが」

「ああ。

……だが」


――ワァァァァァァァ!!


 突然外から聞こえた歓声に、ノワは無表情に目線のみを動かす。


「ノワ」

「行くぞ。

おそらくそれが、正解だ」


 走って表に出た二人は、遠巻きにその様子を見つめる。


 ある者は涙を流し、ある者は熱狂的に叫び、ある者は祈るように両手を合わせる。


「……報告は、本当だったようですね。

本当に、全く」


――白髪が、存在しない。


 いくらか衝撃を受けたようなハクに目もくれず、ただノワが凝視するのは――


「……来るぞ」


 曲がり角から、ゆっくりと金の輿が見え始める。


 本来、王家にのみ許されるはずのその色。しかし本当に乗っているのが、あの王家であったなら――


(今のフォルテの民は、ここまで熱狂はしないだろう)


 徐々に徐々に、その全貌があらわになっていき。


 輿に担がれる者が、見えた途端――


「ッワァァァ!!!!!!」


 歓声が、爆発した。


「っノワ、あれは……!!」


 戸惑ったように、けれど満更でもなさそうに歓声に答え手を振る少年。


「あれが……!王家のお方の顔立ちと、そっくりだ!」

「やったぞ……!これで、俺達は救われる!!」


 侵略に、内乱に荒れていた国とは思えない――異常なほどの熱気が、そこにはあった。


「ああ。

……大英雄以来の『勇者』が、召喚された」


 静かに、魔王は答える。


「ブラン、俺にはわからないのだ」

「ノワ、これではまた同じことに――っ」

「精霊とは、女神とは。

……一体、何なのだろうな」


 ぽつりと、魔王は呟く。


「お願い、魔王を――残虐な悪を、滅ぼして!」

「俺達を、『救って』くれ!」


 熱狂は、止まるところを知らない。


 赤に青に、黄に銀に。隙間なく色で埋め尽くされたその空間は、次は――


「一体、誰を犠牲にするのだろうな」


 ふと輿の上の視線が、一瞬だけノワを捉えた。


(嫌になるほどに)

「良く、似ている」


 途端に、蘇る。


 ようやく追い詰め――彼の攻撃はその堅牢な兜を割り。


 露わになった頭部に――最後の一撃を叩き込もうとして――


「っノワ、魔国に戻って対策を……

いえ、いっそ今ここであの勇者を殺してしまえば!!」

「……やめろ、今代の勇者の実力が分からん。

もしも、大英雄を超えるなら――俺は、また()()()のかもな」


 魔王は、勇者に背を向けた。


「ノワ!!

――逃げるのですか!?」

「……ブラン」


 失望したような、諦めたような声。


「お前まで、俺を嗤うのか」

「――っ」


 魔王の表情は、誰にも見えない。


「……あなたは、本当に……っ!」


 歩き去ろうとする主。その背を、ただただ見つめ――


 ふと、昔の思い出がよぎる。


『むかーしむかし、精霊の女王たる女神様の加護のもと、ある一人の大英雄が――』


(……っ)


 荒れ果てた国。


 誰もいない玉座。


『黒の後継者は――』


――逃げたのだ。


「……ノワ」


 一瞬だけ、言葉を探す。


 けれど。


 静かに、膝を折った。


「――魔王」


 沈黙。


 そして。


「……さっさと立て。

お前がいないと、リーナとの時間が取れん」


 不遜を体現したかのような、自信たっぷりの声。


(……ああ、それでこそ)


 少し微笑んだあとに、ゆっくりとハクは立ち上がり――


「勘違いしないでくださいね。あなたとお嬢様の時間を取るために、あんなに身を粉にして働いているわけではありません。第一お嬢様は私の――」

「負け犬が何か言ってるようだな。ワンワン元気なようで何より」


 数秒、笑顔で牽制し合う二人。


 やがて疲れたように同時に顔を背け――


「……埒が明かん。この件が片付いてから、もう一度決闘でもしてやるとしよう」

「望むところです。今度はあなたを氷漬けにして差し上げましょう」

「なんだ、相変わらず威勢だけはいいな。

……さて」


 迷いのない足取りで、ノワは歩き始める。


「……魔国の方角では、ないようですが。

一体どうするつもりなのです?」

「お前の知恵を借りたい。

安心しろ、俺は――」


 圧倒的な存在感を放つ、余裕の笑み。


「――必ず、勝つ」


バサッ!!


 フードを被り直し、魔王は歩き出す。


「本当に、困った主ですね」


(……でも)


 去り際、ハクは一度だけ振り返る。


 金髪の勇者を乗せた輿は、ちょうど反対の角に消えて行くところで――


「『残虐』とでもなんとでも、好きなようにおっしゃいなさい」


 もう、その真実を知るものはいない。


「……それでも」


 少し微笑んで、ハクは踵を返す。


 前を歩く彼に、懐かしい主の姿が重なって。


「魔王は――


討ち滅ぼされなど、していませんよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ