4.喚ばれたのは
「ねえ、なんであいつの葬式に私らが出ないといけないワケ?
ちょーめんどいんですけどー」
「おい、今日くらいはやめろよ!!」
「えー、しょーがないなー」
真っ黒な会場。誰も彼もが、色を持たないその世界。
ガサッ
手の中の花だけが、ただひたすらに白い。
「……理奈、さん」
小窓から覗く顔には、薄く笑顔が貼り付けられていた。
――この人が笑うのを見たのは、初めてかも知れない。
「っ」
そんなことを思いかけてから、彼は力なく頭を振る。
「……そんなこと、今思うべきじゃない」
そっと花を置いて、席に戻る。
機械的な読経を聞きながら、彼の心には黒い感情が渦巻いていく。
(――理奈さん)
あの時、飲み会の後に呼び出さなければ。
「……う」
――思いを、伝えようとしなければ。
溢れそうになる涙を、必死に目をこすって留める。
(僕は、ずっと。
……何も――できなかった)
高校時代、彼女は一人だった。
不思議な顔立ち、親のいない生まれ、愛想など欠片も見えない。
(……止められなかった)
彼の同級生――その大半が、彼女に対してしたこと。
見て見ぬふりをして、ただ笑って過ごす日々。
(そんな僕に、きっと資格はない)
それでも。
あの時、確かに伝えたかった思いがあった。
(――理奈さん)
僕は、ずっと。
『あなたのことが、好き――』
キキーーーッ!!
目の前で、轢かれた彼女。
『……え』
美しい黒髪が、赤く染まっていく。
何も出来なかった。ずっと、あの時からずっと。
「おい、陰キャ。
お前さ、あいつのこと好きだったんだろ?」
「居戸、くん」
下卑た笑み。どの両隣には、金髪の彼にもたれかかるようにして座る女達。
「だからさ、ボロ雑巾――理奈だっけか?
成人式の二次会後、呼び出したんだってな」
「っなんで、それを」
「どーんな気分だ?あぁ゙?」
「ちょっと英二、ふきんしんだよー?っふふっ」
いちゃつく彼らの横で、ぎゅっと拳を握りしめる。
(……こいつらが、理奈さんを)
『ボロ雑巾』
彼女がそう呼ばれるようになったきっかけを、彼は良く覚えている。
『……ほら』
『え?』
『あんた、それじゃ使えないでしょ』
そう言って彼女が指さしたのは、先程彼がドブに落とした雑巾。
『だからこれ、あげるよ』
その代わりに手渡されたのは、古着を再利用したような質素なものだった。
小さくバラの模様が描かれたそれを手に、彼は戸惑い固まってしまう。
『……え、でも。
これじゃ、理奈さんが――』
『私はいいよ、あるから』
じゃ、と言ってスタスタ歩き去る彼女。
『……はじめてだ』
影でしかなかった彼を、気にかけてくれた人。
それでもそんな彼女は、すぐに標的にされて。
『おい、あいつ掃除の時間に自分の服使ってたらしーぞ!』
『えー、やだ。毎日同じ服着てるし、やっぱビンボーなんだね』
かわいそー、という声。
「ねえ英二、終わったらこのカフェいかなーい?」
「ん、いいじゃん。じゃ、俺ら先でてるから」
終始、彼を小馬鹿にしたような笑み。
「……待てよ」
思わず出た言葉に、自分で驚く。
「あ?陰キャのくせに、歯向かうのか?」
「……理奈さんに。
謝れ」
いきなり椅子から立ち上がる彼に、周囲の目が行く。
(……怖い)
怖くてたまらない。全身が、ガクガクと震えるほどに。
(それでも)
「……ねえ、居戸くん」
金髪に、ピアス。
睨めつけるような目をした彼に、精一杯の嗤いを向ける。
「お兄さんは、元気?」
「……っ!」
途端、彼の顔が真っ赤に紅潮した。
「兄ちゃんのことなんか、いいだろ!!」
「人のことは生まれでばかにするのに、自分はダメなん……っ!」
ボコッ!
右頬に、燃えるような熱。
「英二?流石に、やりすぎじゃ」
「家出したんだ、もうあいつのことなんか知らない!」
「……悲しみにくれるご両親を放っておいて、そのお兄さんと同じようにガラ悪い連中とつるんで――」
ボカッ!!
今度は、左頬に。
「……ざけんな、今度俺のことバカにしたら――」
ドカッ!!
衝撃に、ついに倒れる。
(……ああ)
あの時轢かれた彼女は、そういえば――
「おい、なんで笑ってやがんだ。
……ったく、気持ちわりい!!」
ボカッ!!!
意識が朦朧とする。それでも、少し笑って彼女を思う。
(……理奈さん)
もしも、やり直せるなら。
(あの時に――
戻れるのなら)
もう、見て見ぬふりなんかしない。
「……っはは」
(なんか、勇者みたいだな)
救えなかった分際で、本当に――滑稽だ。
(……もう、この世にはいない)
それでも、もしもその魂がどこかにまだ残っているなら。
「……っお、ねがい……です」
天に向けて、両手を伸ばす。
両の指を交差させ、必死に祈るように。
「か、みさま」
もしも、叶うならば。
「あの、人を」
今度は。
(守らせて――ください)
そうして、彼の意識は闇の中に落ちて……
『……それが、あの子の幸せなら』
(なん、だ?)
淡い、金色の光。まるで浮いているかのように、彼の意識は彷徨っていく。
『だれ、ですか』
尋ねる。美しいその声の答えは、ないけれど。
『……お願い』
なぜか、甘い花のような香りがした。
『民を』
泣きそうな声。勘違いかも、しれないけれど。
(……似て、いる)
ふわふわとした心地よさに包まれながら、声に導かれていく。
『……あの子を、どうか』
――救って。
濁流のような光が、彼を飲み込んでいき――
ドサリ!!
「ククククッ、成功……です!!」
男とも、女ともつかぬ奇怪な声に薄く目を開けると。
「……え?」
(どこだ、ここ)
金を基調とした、きらびやかな部屋。
「……なんだ、これは。
なぜ、二人もいるのだ」
(二人?)
視線を横に向ける。
「……居戸、くん?」
見慣れた金髪。
――けれど。
(若い……?)
最も良く知る、その姿。
ピアスは相変わらず、金髪もそのままに――身体だけが、不自然に遡ったかのよう。
「……っまさか!!」
慌てて下を見れば、自信なさげな表情で見つめ返す自身の姿。
(っやっぱり。
中高時代に、戻ってる)
目線を上げると、何やら立派な王冠をかぶった金髪の男の姿が。
「国王陛下!ご安心ください」
(こく、おう?)
戸惑う。何か、違う世界に来てしまったかのような違和感。
「おそらく、ついてきてしまったのでしょう。
問題はありませんよ、ククッ」
トスッ
軽い音とともに降り立つのは、黒髪にフードを被った男。
「っ――」
息が、止まる。
視線を向けられただけで。
その異質さに呑まれて、何かが壊れそうになる。
「問題がない、とはなんだ?
儂は、二人も呼ぶよう指示した覚えはない」
「しかし国王陛下、召喚は成功しました!
女神の器がこの世にいることもまた、確定でしょう!!」
興奮したようなその視線が、ふとこちらを向く。
「……っ!」
「おや、黒髪とは。ククッ」
「……魔族でも、黒髪に違和感を感じるのか?」
「人の魂で黒髪、というのはね。
けれど、お喜びください。迷うまでもなく、これで明白だ」
カツッ
磨き上げられた床を歩き、彼が向かうのは――
(っ……居戸くん)
「に、逃げ」
「……こちらだ」
迷いなく、手が伸びる。
「この、金髪の若者こそが」
まだ気絶している彼を、像に向かって掲げる。
「ククッ……大英雄ぶりの、我らが女神の使い!!
――勇者、なのです!!」




