表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/93

9.「存在しない」王女

『さようなら』


 見てはいけない、と告げる本能。


 母は、正妃は。


(私のせいで――そう、教えられた)


 私を産んだことで、周りから非難されて。


 心を病んだ彼女は―― 


(私は……望まれなかった子供で。

だからきっと――)


 見たくない、怖い。


 それでも私の目は、その文字を追い続ける。


『お医者様に、告げられました。

お腹の子は――もう、息をしていないと』


 それまでの整った字からは想像もつかないほどに、踊り乱れる文字達。


『この地獄に閉じ込められ、一生辱めを受けるなど……これ以上、耐える理由もありません。

だからもう――おしまいにしようと思うのです』


――けれど。


『もしもこの身体が、貴女様のお役に立てるというのなら』


――「器」と、なれるというのなら。


『どうか――この身を、お使いください』


――ああ、愛しの我が子よ。今、母はそちらに行きましょう。


 震える声が、勝手にその一文をなぞる。


「『罪に満ちたこの国――いいえ、王家よ!

さようなら』」


ドサッ


 冷たい床に、崩れ落ちる。


 逃げ場もなく、その冷たさだけがやけに現実だった。


(どういう、ことなの)


 お腹の子というのは、私のはずだ。


 彼女は、私以外に子を成してはいない。いや、成せようはずがないのだ。


(だって……

私を産んで、その後に)


――そのはずなのに。


「そんなはず、ない

……っう」


 息が苦しい。焼け付くように熱いものを、無理やり飲み込む。


「お腹の子が死んで、だから命を絶って。

……それなら、それなら一体」


 おかしい。


 おかしい、おかしい、おかしい。


 だって私は――


(違う。

違う、はずなのに)

「一体、私は――」


――何、なのよ


 呆然とする私の意識を、突然の音が鋭く貫く。


カチャカチャ、カチャッ


「――っ」


 重い扉の外側から、鍵が外される音。


 反射的にクローゼットの下に日記を滑り込ませ、立ち上がろうとしたところで――


ガチャッ


「聖女様〜!

……おや?お姿が見えませんが、どちらにいらっしゃるのですか〜?」


 上機嫌な声。まるで、ようやく捕まえた獲物に浮かれているような。


(「聖女」……か。

私は――母の名前すら、知らない)


 それは、きっと。


(必要が、ないから)

「……はは」


 吐き気を抑え込んで、笑顔を作る。


「ここ、だよ」


 その声に、思わず自分で驚く。


 まるで魂が抜けたような――本当に人形になってしまったかのような。


「ああ、そちらにいらしたのですね!」

「うん、ごめんね。

ちょっと掃除でもしようかと思って」

「まあ!そんなこと、わたくしどもにお任せくださればよろしいのに!」

「大丈夫だよ、ありがとう。

……自分の住む部屋に、あんまり人はいれたくないから」


 その言葉を聞いた途端、彼女の顔が一度虚を付かれたように固まってから――


「ええ、そうでしょうとも!

これからここは、『一生』――聖女様のお部屋、なのですから!」


 歪んだ歓喜が、私をねっとりと包み込む。 


「……っう」


 思わず顔を背け、口元を覆う。


「?聖女様、どこか具合でも――」

「……違う、大丈夫。

お腹、すいたからかも」

「まあ!でしたらちょうど良かった!」


パチッ!


 両手を前で合わせ、私の方へと素早い動きで近寄ってくる。


 わざとらしい動きに、作り物めいた表情のまま強く手を掴まれた。


「これからお食事です!

ああ……!きっと沢山の大切なお話があることでしょう!」

「お話、って。

……誰、と?」


 ぐい、と手が引っ張られた。


 戸惑う私に、声は優しく――けれど絡め取るように告げる。


「もちろん、かの方々――


国王ご一家と!」





◇◇





「幻影の類い……でもねえな、本当に黒髪の人間なのか。

この国で見るのは、だいぶ久しぶりだぜ」


 木陰で寝息を立てる少年に向け、赤髪の青年――リアムは呟く。


「この見た目じゃあ、見つかったらまずいよな。

……おい」


 つんつん、と軽く小突いてみるも。


「……うーん、理奈さん……」

「チッ、しゃーねえ。

おい、起きろ!」

「っうわぁっ!!!」


 飛び起きる少年――もといソータ。


「な、何!?

……えと、あなたは」

「リアムだ、お前はソータだろ?

存在を消された、もう一人の勇者」

「な、なんでそれを!」

「まあ、一応情報を集めるのが仕事だからな。それくらいは知ってて当然ってもんよ」

「っぼ、僕を殺すつもり……!?

王宮から、追ってきたの!?」


 震える手で近くの小枝を掴み、リアムに向けるソータ。



「落ち着け。

敵じゃねえよ、ってかオレがまともな人間ならすぐにお前をころしてらぁ」

「こ、殺して……!?」

「この国じゃ、黒髪なんてそんなもんさ」

「く、くろ……

っあ!」


 そう言われてソータは、慌てて後ろへと下がったフードを被り直す。


「……ど、どうだ!」

「いや、どう考えても今更遅えだろ」


 呆れた、と言った表情のリアム。けれど同時に、両手を広げ――


「ほら、武器も何も持ってねえよ。

安心しろ」

「……」

「大丈夫だ、味方じゃねえが少なくとも敵にはなんねえ」

「……わ、わかった」


 まだ少し警戒しつつも、ひとまずソータは枝を下ろす。


「それでいい。……んで、お前追放されたんだろ?

そんな呑気に寝てていいのか?」

「え、と。

リーナが、食料を――」


 突然、ソータが勢い良く立ち上がった。


「お、おい。いきなりどうし――」

「リーナは!?」


 必死に辺りを捜索する彼に、リアムはハッとしたように尋ねる。


「……リーナって、もしかして。

金髪の、あの少女のことか?」

「っその子!!僕と一緒にこの街に来て――」

「そいつ。

今頃きっと、王宮にいるぞ」

「……え?」


 ぽとり、と。


 彼が手に持っていた小枝が、力なく地に落ちた。


「王宮、って。

追放されたはずなのに、なんで」

「……知ってるかわかんねえが、このフォルテでは王家以外で金髪が生まれることはねえ。

基本的には、だが」

「き、基本的には……?」

「数十年に一度、稀に王家以外で生まれるんだよ。

女神ルナの声を聞き、時にその『器』となり得る――」


――『聖女』がな。


 それを聞いたソータは、しかしわけがわからないという顔をする。


「だ、だけどリーナは王女様だから」

「……それ、そのリーナってやつも言ってたぜ」

「じ、じゃあなんで!!」

「そんな王女、いねえからだよ」


 タバコを口に咥える。吹いた煙が、風に乗ってゆらゆら遠くへ飛んでいく。


「……この国には、王女は一人しかいねえ。

側妃シルビアの産んだ金髪、フィオナだ」


――ちなみに兄のルーグも、シルビアの子だな。


「そして国王ゲオルグ。コイツラが、今のこの国の国王一家だ。

……いねえんだよ、リーナは」

「そ、そんな」


『あっ、いや公式には認められてないからそんな――』

『生まれてすぐ、ボロっちい塔に幽閉されたし』


 冗談のように軽く告げられた、彼女の一言。


「本当、だったんだ」


 実の子を、そんな風に扱う親――しかもそれが、この国の国王だなんて。


 愕然とするソータに、リアムはぶっきらぼうに続ける。


「そういうこった。

その話が本当だろうが、嘘だろうが……とにかく金髪のあいつは、この国から見れば聖女で間違いねえんだよ」

「……リアムさん」

「あ?」

「リーナは、聖女として。

幸せに、なれるのかな」


 目を逸らすリアム。


「ああ。……と、言ってやりたいところだが」


 迷うように一度目を伏せたあと、ゆっくりと続ける。


「……聖女は、この国の令嬢全員の憧れだ。

なんでか、わかるか」

「なんで、って……

えっと、綺麗だからとか?」

「ちげえよ。

確実に、正妃に――王の妃になるからだ」

「なっ……!」


 目を見開くソータ。痛ましそうにリアムは続ける。


「……だがその実態は、幽閉と監禁に等しい。

一度正妃となったからには、一生を暗い地下牢で――」

「っリアムさん!!」


バッ!!


 リアムの手が、いきなり強い力で引かれる。


「おい、ソータ!?お前何しやがって――」

「ぼ、僕は……

王宮に、行く!!」

「……は?」


 冗談だろ、と言いかけてその真剣な表情が目に留まる。


「僕は、リーナを全力で守ると決めたんだ!

せ、聖女が……彼女を幸せにしないというのなら、僕は!」


――彼女を、盗み出してやる!


 叫ぶソータ。


 おどおどとした表情の裏には、強い覚悟の光が潜んでいて。


「……っは、威勢いいじゃねえか。

だが」


 リアムは、ソータの全身を上から下まで軽く見る。


「その格好で、どうやって王宮――いや、王都に行くつもりだ?」

「え、えっと?」

「いや、明らかに怪しいんだよ。

……絶対にお前、マークされてるだろうし」


――入った途端、命の保証はねえだろうな


 ぶかぶかのローブに身を包み、泣きそうな顔になるソータ。


「じ、じゃあどうすれば」

「……しゃーねーな」


トンッ


 リアムの指が、軽くソータの額を小突く。


「っちょ、何を!」

「まあ、これで大丈夫だろ。

ほら、じゃあ行くぜ」

「え、えええ!?」


 早くしろ、とでもいいたげに手招きするリアム。


「だ、だから入ったら殺されちゃうんじゃ」

「オレを信じろ。

……なんてったってオレは」


――あの()()の、お付きだぜ?


 何故か自信たっぷりのリアムに、ソータはオロオロしながらもついてくる。


「で、でもリアムさんまでついてくることないんじゃ――」

「んー、まあちょっと気になることがあってな。

お前の邪魔はしねえよ、安心していいぜ」

「え、ええ……?

ほ、本当に大丈夫なんだよね……?」


 不安そうに辺りを見回すソータ。


 先導するリアムは、何かを考え込むようにして顎に手を当て――


「あの魂は、俺達とは違う。それに金髪だ。

……だが『存在しない』王女、名はリーナ」


――まさか、な。


 不安を振り払うようにして浮かべた笑みには、しかし少しの陰りが見えた。


「……確証がねえ。

まずは、情報を得るのが先だ」


 よし、と言って帽子を被り直す。


 彼の赤い髪がほんの少し、そこからはみ出して。


「それが、あのお方の――


フォンセ様の、ご意思だからな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ