47.帰る場所
「フェリス、なのか?」
唖然とするカルロス。その目元が徐々にぐにゃりと歪んでいき――
「……
――おじさま」
フェリスの声を聞いた途端に、一気に弾けた。
「っやっぱり、フェリスか
そうか、そうかっ……!」
顔を伏せ、彼は静かに嗚咽する。
「『おじさま』って。二人って――」
(――一体、どういう関係なの?)
そのただならぬ空気に、問いは途中で切れる。
(単なる知り合い、って感じでは。
――なさそう、だね)
鍛えられた巨大な体躯が、小さく震えていた。
対するフェリスを見やれば、彼女もまた俯いて――
「……おじさま、わたくしは」
ギュ、と。強く強く、斧を握りしめていた。
「フェリス。
……その、髪色はどうしたってんだ」
ゆらり、とカルロスが彼女に向け一歩を踏み出す。
普段の彼からは考えられないほど、震えて弱々しい足音。
「俺ら竜の一族は、黒以外にいやしねえ。
……それなのに、今のお前は」
――どうして、雪みたいに。
「姉さんみたいに、真っ白なんだ?」
ジャリッ
闘技場の砂が、彼の歩みと共に小さく音を立てる。
答えないフェリス。寸分の狂いもなく巻かれた髪が、ふわりと風に揺れた。
「ローレル家での処遇による心労、その結果かと。
……あなたのお母様も、そうだったのでしょう?」
『母』と聞いた途端、ほんの一瞬だけ。
彼女の表情に、虚ろな何かが見えた気がした。
「ローレルつったら、俺がこの前ブラン様と一緒に調査した……
フェリス、そこで何かあったってのか!?」
「お、おじさま!
ち……ちがうのです!」
何かに怯えたように、フェリスの視線が忙しなく動く。
「そ、そう!わたくしは、よくしていただいています。
おとうさまや、おにいさまにはかんしゃしているのです」
機械的に、教え込まれたものを読み上げるように。
けれどそんな様子にお構いなく、カルロスはふらふらと彼女に近づいていき――
「いや、それは後でゆっくり聞くってもんだ。
……フェリス」
ガッ!
カルロスが、フェリスの肩を掴む。
「一緒に、帰――」
「っ!」
バッ!
素早い動きで、フェリスは彼の手の中から逃げ出した。
「……な、なんでだ。
俺は、ずっとお前を……!」
「おじさま!
わたくしは……わたくしには!」
悲鳴のようなその叫びは、無人の闘技場に響き渡る。
「もう……っ!
そのような資格は、ないのですわ!」
その中にあるかすかな迷いを断ち切るように、じりじりと後退する彼女。
「資格、って。
お前は……俺らの、希望――」
「そんな、そんなこと……
いわ、ないで」
ぽろぽろと。
歯を食いしばる彼女から落ちる涙が、砂の地面に小さくシミを作る。
「何も守れなかったわたくしに。
仇の道具として、生きてきたわたくしに」
戦士を名乗る資格など――
「ちがうってんだ、フェリス!!」
ザッ!
力強い足音。
「里の皆を守ろうとか、そんなことじゃねえってんだよ!
……お前は!俺の、姉さんの」
「……おじ、さま?」
「宝物なんだ!」
カルロスの手が、立ち尽くすフェリスに届き――
「……え」
「生きててくれて……っ!
ほんとうに、よかった……!」
強く、抱きしめられた。
ドスッ
フェリスの手から、斧がこぼれ落ちた。
重い音。それはまるで、彼女の枷がようやく――真の意味で、外れたかのようで。
「……っおじさま、おじさま……!」
(フェリス)
泣き出す彼女の言葉には、もう影などどこにも見えない。
「ブラン様、ありがとう……っ!」
そう呟くカルロスの大きな目元も、薄く色づいているのが見える。
「魔力の質に、その龍角。おおかた、予想はしていましたが。
……カルロス、あなたが感謝すべきは私ではなく――」
そう言ってハクが軽く見やるのは、遠くから静かに二人を見守るノワの姿が。
「陛下……!!
本当に、本当に……ありがとう、ごぜえやす!」
「感謝するほどのことでもあるまい。高い身体能力、武器にのみ魔力を込める性質。
そいつを見るうちに、もしやと思っただけだ」
軽い口調。けれどそんな彼の口元は、良く見れば小さく微笑んでいて。
「ノワ」
「なんだ?リーナ」
「ありがとう」
(ハク達を派遣したってことは、フェリスがレオ側だって――私達を陥れようとした側だってことも)
きっと彼は、すべてわかっていた。
(――それでも)
「見捨てないでくれて。
……全員を、救ってくれて」
そう言うと、驚いたように一瞬表情が動いてから。
「……当たり前だろう。
俺は、この国の――」
そこで、一度言葉が途切れる。
少し前までの彼なら、ためらったかもしれない。
『資格』――それは、彼がずっと向き合い続けたもの。
(……私も、同じだった)
けれど今、彼は言う。
誰よりも力強く、自信に満ちた表情で。
「――魔王、だからな」
その言葉を聞いた途端、私の胸に温かい何かが広がった。
(……ノワ)
それを手放したくない一心で、胸に手を当て小さく目を瞑っていると――
「お嬢様」
優しい声が、私を呼ぶ。
「リーナ!」
「おい半魔、俺は別に感動なんかしてないからな!これは目になんか入っただけだからな!」
目をあけると、出口に向かう皆の姿が。
「お嬢ちゃん、これは……?」
「ああカルロス、そいつがレオ=ローレルだ。
フェリスを苦しめた、張本人だな」
「んなっ……!
許せねえ、切り刻んで里の泉に――」
「あああおじさま、落ち着くのですわ!!」
大剣を構えようとするカルロスと、慌てて止めるフェリス。
そんな二人の手は、しっかりと繋がれていて。
「ちょうどいい、ローレル公爵家は以前から定めた割合以上の税を取り立てていてな。民の生活も苦しいと聞いている。
いい機会だ、『掃除』してしまおうではないか」
「ノワ、暴れ過ぎは良くありませんよ。
あの地域には身体に良いという『温泉』なるものがあるそうです、あなたのせいで壊されては重大な損失です」
「お、おんせん……!?
ブラン様、それは一体どのようなものなのですか!?」
きらきらした目で飛び跳ねるアリスと、相変わらず主に振り回されため息を付くハク。
(随分、賑やかになったな。
……前世では、こんなことなかったのに)
しみじみ思っていると、不意に私の前に手が差し出される。
「白の当主の後継者も決まったのだ、色々と忙しくなるぞ」
見上げると、そこには微笑む彼が。
「……ノワ」
「祝賀会でもするか、とりあえずは――」
私の手が取られる。その温かみは、以前まで馴染みのなかったもので。
「――リーナ」
ずっと私が、欲しかったもの。
小さく彼の口が動く。私も、少し目を閉じてから――
「そうだね。
――帰ろう、ノワ」
強く、握り返した。
「……ちなみにノワ、魔王城は今使えませんからね」
「なぜだ?
……ああ、そういえば破壊されたのだったか」
「ええ、直すなら自分でお願いします。私は過労で倒れそうですので」
「そうか?随分と涼し気な顔をしているように見えるが」
睨み合う黒と白。いつもの光景である。
(あーあ、また始まっちゃった)
少し呆れながらも、私は彼らの輪の中に入っていく。
飛び交う言葉に、響く笑い声。そんな中で、私は呟く。
「……ここが」
一度、言葉を切って。
皆の背中を見ながら、私は小さく笑った。
「――私の、居場所だから」
◇◇
「くそっ、メラクに続きミザールまで!」
ダンッ!
机が叩かれる音。そして、次の瞬間――
バキッ、バキバキバキッ!!
粉々に砕け、木片が辺りに飛び散る。
「我々に協力していた、かのローレル公爵家が解体されるのも時間の問題。
魔王の動向も、ますます探りにくくなるでしょうね」
冷静に応える声。
「……どうするのだ、このままでは我らフォルテは――魔王の、手のうちに」
「ご安心ください、国王陛下。我らの策は、未だ尽きてはおりません」
嗤っているような声。そして――
「今こそ、かの悪逆無道の魔王を打ち倒す時!
『勇者』――を、召喚するのです!!」
その言葉に、どよめきが広がる。
「し、しかしこの国ではかの大英雄以来、召喚はしていないはず――」
「大丈夫なのか!?そのための『供物』だって用意できないのでは」
「クククッ、『秘策』を用意しておりますれば」
最後に、声は叫ぶ。
「全ては――
我らが女神、アルテミス……いいえ!」
祈りを捧げるように、思い思いの『理想』を乗せるかのように。
「かの魔王を破りし、創世神が一柱――
女神ルナ、その復活のために!」
二章、完結です!!
長くなりました、ここまで来れたのは読んでくださる皆さんのおかげです……!
いつもありがとうございますm(_ _)m
最後に少し書いた通り、次は勇者編的なのを書こうと思っております。
また長くなりすぎたらどうしよう……なんて思いつつ。
精一杯書いて参りますので、お付き合いいただければ嬉しいです!
本当に、ありがとうございました!




