42.その手が届く前に
「……っ!
フェリス、何をしている!?お前が戦うべきは僕じゃなくて――」
「返せ、返せ……っ!!」
ドスッ!!
バキバキバキッ!!
「す、すごい……!」
フェリスの一撃で、文字通り――地が、割れる。
「っ今のうちです、あなた達は逃げなさい!」
遠くから叫ぶのは、紫色のローブを着た――
「ベアトリス校長!?
えっと……何してるんですか?」
思わず、その光景に困惑してしまう。
ベアトリス、いや彼女を含めたいかつい教師陣全員が。
「ていっ!」
「足だ、足を狙え!」
ガシャッ!
レオに向け、瓶やら何やら様々なものを投げつけていた。
(……いや)
「魔法、使おうよ!?」
思わず叫ぶ私に、ベアトリスもまた叫び返す。
「私達は、生徒の命に関わるような危険な魔法は打てないのです!」
そして、と彼女は真剣な表情で続ける。
「そして私達、優秀なので!!」
「……え、突然何を言い出すの!?」
「一般の攻撃魔法程度でも、生徒たちを殺しちゃうかもしれません!!」
「そ、それってつまり――」
「そうです!
攻撃魔法全般が――使えません!!」
(うそん!!)
叫ぶ彼女は、一定の距離からレオに向けて足止めの魔法を放つ。
「……チッ、邪魔くさいな」
その言葉通り、魔法はレオの歩みを少し遅くする程度の効果。
それを見たカイルは、彼女に向け怒ったように抗議する。
「おい!!俺達死にかけてんだぞ!?
それでも魔法を使えないって、そんなの――」
「……この学園の、ルールです!
もう二度と、過ちを――繰り返さないために!」
(過ち、って。
一体何が――)
素早い動きで魔法を連射するベアトリスは、必死に叫ぶ。
「早く、私達が足止めしている間に!」
「……っ、逃げようカイル!」
「半魔!
で、でも……あいつが、フェリスが!」
バキッ!!
激しく応酬されるのは、フェリスとレオの攻撃。
「早いな、だが――
それだけでは、僕には勝てない!!」
ピュンッ!!
フェリスの行く手を阻むように、複数の矢が降り注ぐ。
「っ……!
近づけませんわ!」
レオの道具――それは、弓。
一定の距離を保ち続ける彼に、近接戦を得意とするフェリスは不利を取る。
「ハッ!無能教師ども、お前らは僕に近づくことすらできない!
この学園の、ルールとやらでね!」
笑うレオは、ベアトリスたちを煽る。
「くそっ、あいつ!」
「近づけば、魔法の威力も上がってしまう!
皆さん、ここは堪えますよ!」
悔しそうなベアトリスたち。そもそも、魔法が使えない状況下で弓を持つレオに近づくこと自体が不利――
(……いや、待てよ)
握っていた手を、そっと開く。
中にあるのは――光の弱まった、『お守り』の石。
「……突然、弱まった光。
それに――」
(いきなり使えなくなった、指輪の魔法)
共通するのは――
「っ先生方!!」
「なんですか!?早く逃げて――」
「レオに、近づいてください!」
(もし間違ってたら――終わりだけど!)
叫ぶ私。
「お、おい半魔、お前まで寝返るのか!?」
「い、いや違うって!!まじで違うって!!」
「……リーナ=ハミルトン。
いえ、あの子の――ノワの後継者よ」
聡明な紫の瞳が、私をまっすぐに見つめる。
「あなたを、信じましょう」
タッ!!
走り出し、レオの方へ向かう数人の教師。
「おい、校長までイカれたか!?この学園おかしなやつしか居ないのか!?」
「っハッ!挑発に乗ってくれたのかい!?
何にせよ――リーナ君、感謝するよ!」
ガッ!!
「――っ!」
教師達に、レオの足が――拳が、容赦なく襲い掛かる。
「もらったっ!!」
勝ち誇るレオに、私は静かに告げる。
「……レオ、あなたの固有魔法は」
指輪、石。そして入学試験での魔道具に関する、ノワの言葉。
『1つ目は、リーナの試験に使われた板のみ何らかの理由で魔法が解除されていた、もしくは――』
――弱まっていた。
(……やっぱり、そういうことか)
私の中で、全てが結びついていく。
(指輪は、握手の時に。
石は、つい先程レオが拾い上げた時に)
魔道具も、試験の前に――きっと。
(共通するのは――)
「弱体化、でしょう。
発動条件は、直接対象に触れること」
「……なっ」
そんな私に、彼は一瞬動揺したように目を見開いた後に。
「っは、正解だよ!
でも今更そんなことに気づいたところで――何にも、ならない!」
「……今、先生方に触れたのは。
その魔法を、弱体化するためだよね」
便利な魔法だ、と言うとレオは気を良くしたように笑って答える。
「その通りだ!!
彼らの魔法は――今、全員でかかって僕を殺せるほどの威力すら、ないさ!!」
その言葉の通り、彼の足元のベアトリスの魔法は今やネズミほどの大きさになっている。
(……だけど)
一拍。
「――引っかかったね」
(……これで、通るはず)
そうして私は、観客席の方を向く。
「……ベル先輩!!」
「はい、言質……取りました。
ここにいる私達生徒全員が――証人です!」
放送席で叫ぶのは、黒髪の彼女――ベル。
「な、何を言って――」
「良くやりました、これでルールを破らずにすみます」
ベアトリスが、微笑む。
「レオ、これから私達がぶつけるのは……私達の『全力』です」
「……なっ!
そんなことをしたら、僕の命に関わる!!学園のルールが――」
「いいえ?
先程あなたが、自分で言っていたではありませんか」
教師達の手元に、強い光が灯る。
「絶対に、あなたを殺せはしませんよ。
――包み込め!!『毒の硝煙』っ!!」
「消し飛ばせ!!
『雷の怒り!!』」
「突き刺せ!!
『針の』――」
膨大な魔力は、まっすぐにレオの方へ。
ドッカーン!!!!
「っあああああ!!!!」
レオの絶叫。
「……ほんとにこれ、命に関わらないのかな」
「まあ、言質取れてるしいいんじゃねえか?」
舞い上がる粉塵を見て、ぽつりと呟く。
「……ゲホッ、ゲホッ!!」
「ほら、大丈夫そうですよ。
いやー、久しぶりに思いっきり魔法が打ててスッキリしました」
晴れ晴れとした笑顔のベアトリス達。どうやら本当に優秀だったらしい。
「さて、私達は逃げた生徒たちの安全確認に。
……リーナさん。魔王の――あの子の、後継者よ」
――お手柄でした。
去りゆく彼女は、いたずらっぽく紫の目でウインクした。
(……認められた、のかな)
なんだかじんわりと、温かい気持ちになっていると。
「……おい、半魔」
「ん?カイル、どうかした?」
「さっきからその――
『魔王の後継者』って」
「あ、そっか」
そういえば、カイルだけは知らなかった。
「……うーん」
(どっから言えば良いのやら。
私がもともとフォルテの人間で――いや、そもそもマオが魔王ってことも言わなきゃならないよな)
「……よし!」
色々考えてから、私は笑顔で振り返って――
「面倒だから、後で説明するね!」
「っおい、お前な――」
「っゲホッ、ゲホッ!!」
カイルの言葉を遮るのは――
「本当に、命に別状はなかったっぽいね。
良いのか悪いのか……」
粉塵の中から起き上がる影が、わずかに見える。
「……お、まえら……
良くも――」
ぐらり、とバランスを崩す影。
「チャンスですの!!」
ダッ!!
光の速さで、フェリスが近づいていく。
「……っ!」
段々と晴れていく、埃。
(勝ったな)
ボロボロのレオの姿が、見えたと思って――
「……どうせなら、お前も――」
「っあ……!
リーナ、避けてですわ!!」
(……え)
ゆらり、と立ち上がったレオの手元には――一本の、弓。
ギリリリリ
彼の執念を表すかのように、それが強く引き絞られ――
「黒の魔王の後継者も。
道連れに――してやる!!」
パシュッ
一直線に、私に向かって放たれる矢。
「っ……!」
横を見ても、防げそうなものなどなく。
あっという間に、矢は私の目の前へ。
(……ああ、間に合わない)
やけにゆっくりと、時間が流れる。
「リーナ!!」
レオに向かって走る途中で、振り返るフェリス。
泣きそうなその顔に、申し訳なさを抱く。
「は、半魔……!」
焦ったような彼の目元も、少し潤んでいて。
(――なんだ、結局いい奴だったじゃん)
最初、疑ってちょっと悪かったかな〜なんて思いながら。
目の前まで迫る矢を受け入れるように、両手を広げて――
『リーナ!』
ふと、白髪の彼女の笑顔が思い浮かぶ。
(まだ、言えてないのに)
一目、会いたかった。
「……いや」
未練を断ち切るように、首を横に振る。
(元気なら、それで――今は、いい)
静かに、目を瞑ろうとして。
「っう……がっ!!!!」
そんな声とともに、突然何かが私に覆い被さったような感覚。
(……いたく、ない?)
薄目を開けると、そこには。
「――っリーナ。
まにあ…て、よか……」
ドサリ
胸のあたりに刺さる矢。
咳とともに、その口から溢れる血の塊。
(……え)
苦しいだろうに、それでも笑顔で崩れ落ちた彼女は――
「なん、で。
……アリ、ス?」




