43.消せなかったもの
「アリス、なんで……!!」
矢を受け崩れ落ちたアリスに、必死に叫ぶも――
「……ぅ」
祈りも虚しく、真っ赤な血は私の足元で広がっていく。
「これで――
終わり、ですわ!!」
ドゴッ!!!
「っぐはっ!!
お、まえ、道具の、分際で……」
「かあさまの、痛み!!
思い知るが良いですの!」
ガコッ!!
「……っぁ゙!
おぼえてろ……僕達、白が……必ずお前らを!」
「うるさいですわ、さっさとくたばりやがれクソ野郎ですわ」
遠くには、足掻くレオにとどめを刺すフェリスの姿。
「フェ、リス」
「……リーナ!?
無事で、良かったですの……!!」
私の声を聞いて、彼女は驚いたように立ち止まり――
「っ見てください、ですの。
わたくし、かあさまの――仇を」
赤き龍角の少女は、涙目でこちらを振り返り――
「……え?」
その場で、硬直する。
「な……!
なぜですの、アリス!!どうして、ここに――」
「私を、庇って」
(理由なんて。
私にだって……わからないよ)
立ち尽くす私の方へ、フェリスは叫ぶ。
「っすぐに、止血するのですわ!服でもなんでも破って、早く……っ!」
「……ダメだ。
間に合わない、この出血量では――」
「何してるんですの!!」
痛みを堪えるような声に向け、フェリスは必死に駆け寄り――
「早く、アリスを――治しなさいですわ!!
カイル!!!」
「……俺様の治癒魔法は。
運命を、変えられるようなものじゃねえんだよ!!!」
(……運命。
それはつまり、アリスはもう――)
ガッ!!
突然、フェリスがカイルの胸ぐらを掴む。
「お前っ、何を――」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと治すのですわ!!」
「っはぁ゙!?
聞いてなかったのか!?俺には無理だって――」
「それが!!
それがあなたの――戦い、でしょう!!」
ポロポロと。
フェリスの目から、涙がこぼれ落ちる。
「わたくしの里はっ……!!
ある日突然に、滅ぼされた!」
彼女の赤い光が、一瞬揺らぐ。
「かあさま、おじさま、そしてみんなは!!
わたくしが将来、長として守るべきものだったっ……!」
強い、と言われて。将来が楽しみだ、という期待を一身に受けて。
「――それなのに」
彼女は、母とともに逃げて――そして。
「……目の前で、かあさまが倒れて。
一人生き残ったわたくしは、あいつに――」
倒れたレオの方を向いて、フェリスは叫ぶ。
「わたくしから全てを奪った、あいつの道具として――生かされてきた!」
「っお前……!」
「……後悔。
それだけを、ずっと考えてきましたの」
(もっと、沢山彼らとの思い出を作っていたのなら。
もっと、思いを伝えていたら)
「当然だと思っていた『日常』を――大切に、していたなら」
嗚咽が交じる。
いくら後悔しても、願っても。
もう、何も返っては来ない。
「……だから、カイル」
赤い双眸に、強い光が灯る。
「戦うのですわ!
常に全力で、後悔などないと――そう、胸を張って言える者こそが!!」
まっすぐに、カイルの目を見て言う。
「誰よりも――
戦士、ですのよ!!」
(……フェリス)
これほどまでに彼女が、その感情を表に出したことがあっただろうか。
「っはあ、はあ……」
息を切らしながら、フェリスはカイルから手を離す。
「……俺が、戦士?」
呆然として、呟くカイル。
「出来損ないの、俺が?
……戦える、のか?」
迷うように、一瞬だけ視線が揺れ動き。
「っ、死なせねえ……!
『守護の治癒』!!」
光が、アリスを包み込もうとして――
「消えて、いく?」
彼女の身体に近づくたびに、その場で溶けていく。
「っ、傷が深え……!
やっぱり一筋縄じゃ、いかねえか!」
それでも諦めずに、カイルは魔法をかけ続ける。
「……良く、見てやがれ……!!
これが、俺様の――」
――戦い、だ!!
何度も何度も、汗だくになりながら。
(……カイル)
その光に見惚れるように、ただその場に立ち尽くしていると――
「……リーナ」
フェリスが、私の名前を呼ぶ。
「謝らなくてはならないことが、たくさんありますの。
……でも、まずは」
少しだけ乱れたカールが、ふわりと揺れる。
「ありがとう、ですわ。
……わたくしのことを、『戦士』と呼んでくださって」
――嬉しかったですのよ
(フェリス)
照れたように笑う彼女の手を、そっと取る。
「……私も、ありがとう」
(あなたのお陰で――なんとなく、分かった気がする)
精霊術も使えなくなって、指輪も壊されて。
(価値なんか無いと――諦めていた)
「……でも」
そっと、自分の右手から指輪を外す。
(私には、私にだって)
「私の戦いが、あるから」
その言葉を聞いたフェリスは、驚いたように目を見開いてから――
「……それでこそ、リーナですのよ」
見たことがないほど、優しく微笑んだ。
「っ、
感動的なところ……悪い、けどね」
突然、声が聞こえる。
「……いや、またお前かよ!
しぶといな、どうなってんだ!!」
「っふ、僕に触れたものが……!
僕を、殺せるはずなんてないのさ!!」
高らかに笑い、立ち上がるのは――レオ。
「っリーナ、ごめんなさいですわ……!
おそらく、攻撃の直前にわたくしも弱体化され――」
「ほんっとうにしつこいね、レオ」
(フェリスのこの痛みも、今のアリスの傷だって)
ずい、とレオに近づいていく。
「どうしたんだい?
指輪は壊されて……君が僕に勝てる可能性なんて、無に等しいよ?」
「自分に向けられる殺意も、そうやって弱めてきたのかもしれないけどさ」
いつの間にか日は落ちて、あたりは真っ暗に。
(――今夜は、新月か)
ぼんやり、レオの人型だけが見える。
「……あんたの魔法は、弱めることしか出来ない」
自分のしてきたことも、傷つけてきた人も、その痛みも――
「『なかったこと』には――絶対に、できない」
レオに向かって、見下すように嗤いを向ける。
「とんだ、欠陥魔法だね」
「おまえ……!!」
(私の知ってる魔法は、もっと)
美しく煌めく氷、他人を癒す光、そして――全てを焼き尽くす、炎。
「……全部、守るためのものだった。
あんたなんかとは――」
――違う。
体の底から、何かが湧き上がる。
怒りのような、憤りのような――そんな、燃え上がるような何か。
「逃げないで」
その思いに突き動かされるまま、手を前に出して言う。
「これが、あんたの罪。
決して弱めることも、消すことも出来なかったもの」
全身が、焼けるように痛い。
ガンガンとする耳鳴りに、霞む視界。
(……それでも、私はこいつを。
絶対に、許さない)
何かに操られるように、私の口が動き――
「……受けてみなよ。
『大罪・憤怒』」




