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39.堕ちる雪と選択の夜

「ああ?貧乏人が、お前ごときがこの学園に入る資格があるとでも?」

「出てけ、平民風情が!」


 アリスに向けられる、容赦のない言葉の数々。


「やめ、やめてください……!」


 涙目で訴えながらも、心のなかでは思う。

 

(……ああ、やはりそうなのですね)


 相応しくなかったのだと。自分が来るべきところでは、無かったのだと。


(試験が終わったら、すぐにでも帰ることにしましょう。

どうせこのまま入学したところで、ろくな目には――)

「……はあ」


 気だるげなため息とともに、アリスに黒い影がかかる。


「……え」


 顔を上げると、そこには――黒髪の、小柄な少女。


 自身を守るように間に立つ彼女に、アリスは困惑した表情を向ける。


(不思議な魂……半魔、なのかな。でも――)


 服は簡素なデザインながら、職人の腕を感じる丁寧な作りだ。間違いなく、この少女も貴族の子弟であろう。


(なのに、どうして私なんかを……?)


 揺れる黒髪と、灰色の瞳。その光に、かすかな懐かしさを感じて。


(似ている。あの方に――)


 強く、惹かれてしまった。


「んな、貴様……っ!」

「おっと、危ない」


 向かう拳を、少女は寸前で躱す。


 いつの間にやら、彼らの矛先は少女の方へ向かったらしい。


(ダメだ、これは私の責任なんだから。

巻き込んでは――いけない)

「ど、どなたか存じませんが……私のために、ありがとうございます。

……で、でも……このお方には、逆らっちゃダメです……!」


 必死に少女の服の裾を掴み、そう訴える。


(だって、このお方は)

「おい!!このお方こそは公爵家が御子息……

カイル=アラール様だぞ!!」


 アリスの思いに呼応するように、その名が告げられる。


(公爵。この魔国でも数少ない、権力の中枢にいる者たち)


 アリスにとっては、いや大半の魔族にとっても……天上の、存在。


(そんなお方に、私みたいな平民のために逆らったとあってはこの少女も――)

「あ、そうですか。公爵、すごいですね」

 

 本当にどうでもよさそうに、少女は頷いた。


 まるで――身分になど、心底興味はないとでも言うかのように。


(……半魔、なのに)


 思わず、アリスは目を見開く。


 この少女も、虐げられ――自分と同じつらさを、味わってきただろうに。


(それなのに、こんなにも――

美しい)


 そんな彼女の耳に、少女の名乗りが聞こえてくる。


「えーっと、確か……

ハミルトン辺境伯の後継者、リーナ=ハミルトンと申します」


 どこがぎこちない動きで、スカートの裾を持ちお辞儀をする少女。


(リーナ、様)


 その名を、心に刻みつける。


「……ふう」


 入学試験は、思っていたよりも簡単だった。


(これで、首席は――)

「やっちゃった♪なんか絶対やっちゃった〜♪」


 予定よりも早く試験を終え、戻ってみると聞こえてきたのは――


「リーナ様!!」


 先程の、黒髪の少女リーナ。その姿を見て、アリスは思わず駆け寄ってしまう。


(……楽しい)


 同世代の魔族と、何より対等に話した経験がないアリスにとって。


 リーナとの会話は、かけがえのない宝石のように思えた。


「それで、お名前をお伺いしても?」


 突然、リーナから尋ねられる。


「アリス、と申します!」


 そして、慌てて付け加える。


「その、お恥ずかしいことに私には爵位などありませんが……精一杯、リーナ様のために尽くしますので!」


 勢い良く、頭を下げる。


(どうか、側に居させてほしい)


 必死になる自分に、アリスは内心で驚く。


 自分が求めていたのは――かの一人のみでは無かったのか。


「よろしく、アリス。それと――

『様』は、いらないよ」


 突然、少女がアリスの手を取る。


 されるがままに頭を上げると――


「だって私達、これから同級生……ううん。

『友達』だもの」


 笑顔でそう言う彼女に、アリスは思わず目を見開く。


(私とこの方には、大きな隔たりがあるはずなのに)


 決して交わることのない、大きな壁が……そこには、あるはずなのに。


「……友達」


 小さく呟く。甘美な響きに、ふと口元が緩む。


(そんな関係に、なったことなんて――これまで一度もなかった)


 食うか食われるか。生きるか死ぬか。


 支配するか――されるか。


(嬉しい)


 熱いものが、込み上げてくる。そして――


「……わかりました!

よろしくお願いします、リーナ!」


 この日、アリスは誓った。


 この少女を――リーナを。彼女の、初めての「友達」を。


(必ず、守り抜く。

あの方みたいには――手放さない)




◇◇




「……なんて、思っていましたのに」


 入学式の直後――真新しい寮の一室で、アリスは俯いて呟く。


 その口元には、諦めの微笑み。


(奨学金は。首席は――リーナでした)


 筆記は満点。実技も上位だったはずだ。それでも――


「……かなわなかった」


 願いは。リーナ――魔王の卵には。


カリッ


 アリスは、紙に書きつける。


『退学願』

「……っ!」


ピチャ


 紙に落ちる涙と、滲む視界。


「……いや、だ」


ピチャリ


(リーナの側に、いたいのに)


 彼も、まだ探せていないのに。


 すぐにでも出すべきはずのその書類を、アリスは夕食まで出せずにいた。


 隣の彼女の――リーナの笑顔を、手放せなかったから。


「……突然呼び出して、すまないね」


 そんな時に彼女に声をかけたのは、学園の生徒会長――レオ。


「君のことは、調べさせてもらった。

平民にも関わらず、この学園へ。……なぜだい?」


 柔和な笑顔の彼は、アリスに優しく問いかける。


 一瞬迷うように目線を揺らしたあと、彼女は小さく答える。


「……とある方を、探していて。

魔王軍にいらっしゃる、高貴で――氷の魔法を使用なさる、白のお方なのですが」


 私の命と、命より大切なものを救ってくださった方なのです。


「この学園が、私などには分不相応なのは分かっています。

……ですから今日にでも、退学するつもりです」

「それはまた、どうしてだい?

成績も優秀、君の筆記試験の内容を見させてもらったが……本当に素晴らしいものだったよ」

「……でも。

学費、が」


 払えなくて、と消え入りそうな表情で言うアリス。するとレオは、更に優しい顔で提案する。


「では、こういうのはどうだい?

アリス君、君の学費を僕が――ローレル公爵家が、負担しよう」

「……っえ?」


(私の学費を――負担する?)


 思わず固まるアリスに、レオは続ける。


「君のような優秀な人材を失うのは、我が国にとって損害だからね」


(リーナの側に居られる。そして――あのお方を、探すこともできる。

……だけど)


 飛びつきそうになる気持ちを堪えて、アリスは答える。


「お、お断り、します。

ローレル公爵家様に負担していただくなど、恐れ多いことで――」

「アリス君。

君は、あの首席。リーナ君と、親しいのかい?」

「――え?は、はい。リーナは。

……私にとって、本当に大切な存在です」


 胸に手を当て、そう断言するアリス。


「……ふ」


 それを聞いたレオは、何故か一瞬だけ――笑ったような、気がした。


(……え?)


 しかし次の瞬間、レオは沈痛な面持ちへと変化していた。


「……ならば、言いづらいんだが。

実は――リーナ君は、命を狙われていてね」

「リーナが、命を……!?

そんな、誰が!」

「……アドルフ先生だ。

彼が、入学試験の魔道具に細工を施した」


 リーナ君が、無詠唱で異常な威力の魔法を使ったことは知っているだろう?と、彼は続ける。


「あれはね、リーナ君を暗殺するためだったんだよ。

……この学園の生徒会長として、そんな横暴を赦すわけにはいかないんだ」


 心を痛めたような、レオの表情。


「だから、アリス君。

僕に協力してほしい。その見返りとして、僕は君の学費を負担しよう」

「協力、って」

「……アドルフ先生を。

君の手で、その息の根を――止めてくれ」


(……え)


 硬直するアリスに、レオはその整った顔を苦痛に歪ませ言い募る。


「こんなことをしたくは、ないんだ。

……けれどこれも、この学園の。魔国のため」

「で、でも。

こ、殺すだなんてそんな――」

「君は、リーナ君が死んでも構わないと?」

「ち、ちが」


(――違う。

ちがうちがうちがう、それは――)

「嫌、だ」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。


 どうしたら良いのか、どうすれば正しいのか――何も、わからない。


「……ああ、そういえば」


 突然、レオの表情が失われる。


「君を育てた二人」


 一拍。


「僕の――ローレル公爵領に住んでいるよね?

確か……北の竜の里の近く、山中の小屋だったかな」

「っあ」

「生活は貧しいみたいだね。

君を養うのだって――さぞかし、大変だったろう」


(――どうして、そんなことまで知っているの)


 恐怖に、アリスの顔が歪む。


「君にとっては、きっととても大切な人たちだよね。

でも残念だな。僕の頼みを断ったら、彼らがどうなるのかは――」


 わかるよね?


(あの二人が、傷つく。

……そんなの)


 一歩下がるアリスに、レオはすぐに笑顔に戻って告げる。


「安心してくれたまえ、僕の指示に従ってくれれば彼らの暮らしは保証しよう。

……君もこの学園に残り、その白の魔族を探すことが出来る」


 ああ、それに。そう言って、レオは優しくアリスに囁く。


「僕も、人探しに協力しよう」

「……え?」

「これでも僕は、公爵家の人間だ。

魔王軍の情報を得ることなど、容易い」


 ふふっ、と笑うレオ。何故かその笑顔は――少し、恐ろしかった。


「……それじゃあ、今夜。

アドルフ先生のことを、頼んだよ」

「でも、夜は鍵が外側から施錠されて――」

「そこは大丈夫、鍵は僕ら生徒会の管理下だ」

「ど、同室にはリーナが!」

「……ああ、それなら」


カチャリ


 レオが、小さなカバンから何かを取り出す。


(……きれい)


 小さな陶器の瓶。表面には、何かの葉のような繊細な模様。


(中には、茶葉。

紅茶なのでしょうか)


 その美しい色に見とれていると――


「これを、君に」


 茶器は、カバンとともにアリスの手の中へ。


「え?

い、いただけません!このような、高価なもの……!」

「いいや、そうじゃないよ」


 慌てて返そうとするアリスに、レオは薄く微笑んで告げる。


「……『月桂樹ローリエ』」

「……え?」

「この茶の名前だ。僕の家の、家紋でもある」


 ほら、と言って茶器の表面の葉の紋様を示す。


「神聖な木でね、勝利と栄光のシンボルでもあるんだよ。

……そして、この茶器には――魔法が、施されている」

「魔法、ですか?」

「ああ。

……この茶器に口をつければ――きっと、よく眠れることだろう」


 アリスの手に、強引にカバンを握らせる。


「っ、それって」

「リーナ君を眠らせ、その間にアドルフのところに行くんだ。

本当に彼が犯人なら――証拠を隠すために、魔道具のある訓練場に来るはずだからね」


ゴーン、ゴーン……


 唖然とするアリスの耳に、荘厳な鐘の音が届く。


「そろそろ消灯の時間だ、寮に戻りたまえ」


 踵を返し、離れるレオ。


 最後に、小さく振り返って――


「……懸命な君のことだ。


良い返事を、期待しているよ」


 おやすみ、という彼の後ろで。


「……私、は」

(リーナを)


 ぎゅ、と。


 茶器が、強く握りしめられる。


「守る、ためなら」


 それが何を意味するのか――


 もう、わからないふりはできなかった。

長くなってしまいました、次からはちゃんと現在に戻りますm(_ _)m

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