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38.白を追って

「アリス、アリスー!!

ばあさんや、見つかったか!?」

「ダメだべ……どこ行ったべか、あの子。

あんなに弱って、もしかしてもう――」


 泣きそうな顔で、雪の降りしきる森を探す夫婦。


サクッ、サクッ……


「……あ、の」


(良かった、ようやく――

帰って、これた)


 おぼつかない足取りで、二人に近づくものが一人。


ドサッ!


 長い白髪のその少女は、二人の前まで来て――突然、倒れてしまった。


「……う」


 良く見れば、寒さに震えているらしい。


「な、どしたべ!?」

「まあ、素っ裸だべ……!!

じいさんや、何か着るもの持ってってくれよ!」

「わ、わかった!」


パサッ


 急いで小屋へと走る老爺と、自分の着ている服を脱いで被せてやる老婆。


「……う」


(それじゃ、あなたが凍えて――死んでしまう)


 そう思う彼女に、気にする素振りもなく老婆は微笑みかける。


「ごめんねえ、貧乏じゃてこんな薄い着物しかないんだべ。

……数日前に、うちに泥棒さ入ったんだけんども。盗るものも無いって言われてね」


 泥棒さんにも言われるくらいだべ、と老婆は快活に笑う。


(泥棒、あなたたち――傷は!!)

「……ぁ!!」


 何かを訴えるように、必死に少女は口を動かそうとするも――言葉は、出ない。


「おや、あんたも見たのかい?

……わしらは、その泥棒さに殺されかけたんべよ。でも――」


 老婆は、たった1枚の服をたくし上げる。


 その下には、何かに刺されたように小さな傷跡。


(治ってる?どうして――)

「通りすがりの、魔王軍のお方が助けてくださったんだべよ。

泥棒さんも、美しい氷の魔法で倒してくださってね」


 恩人だべ、とまるで神を拝むように手を合わせる。


「……綺麗な、お方だった。

お礼をしようにも、お名前も教えてくださらなかったべ。――でも」


 ――その雪のような白髪だけは、覚えてる。


「……あ」


(白髪、あの人。

私を――救って、くれた人)


 その人は、彼女の大切な二人まで――救ってくれていた。


「おーい!!

こ、こんなんでいいべか!?」


 息を切らし走ってきたのは、先程の老爺。


 手には、鮮やかな赤い布が一枚。


「あんた、それはアリスに着せるために買ってきたやつだよ。

この子には小さすぎ――」


 そう言って受け取った老婆は、はたと動きを止める。


「……アリス」


 少し、痛みを伴う口調。彼女にとってはもう――失ってしまったもの。


(私じゃ、ない)


 この二人が呼んでいたのは、もっと小さくて――弱くて。


 あの日、彼らが居なければ無かったほどの命。


(私は、違う)


 そう思うのに。


 腕の中は、あまりにも温かくて。


 優しくて。


(……この二人の側に、いたい)


 そう、思ってしまう。


 すると突然、老婆は思いを振り払うように頭を振ってから――


「ほら」

「……う?」


 アリスの手に、そっとそれを握らせた。


「これを売れば、少しの足しにはなるべな。

持っていきんさいよ」


 きっと、二人の手元に残った数少ない財産であろうそれを。


 惜しげもなく、少女に差し出した。


(……どうして、あなた達は――

また、私を助けるの?)


 握らされた真っ赤な布を手に、呆然とするアリス。


 そんな彼女を見て、ハッとしたように老爺は言う。


「ばあさんや、もしかしてこの子は帰る場所がないんじゃないかね?」

「……おやまあ、それじゃああんた――

魔族になったばっかりなのかい?」


 だけんども、と不思議そうに首を傾げる。


「見たところあんた、大分強い魔族だべよ。

元もさぞかし強かろうけど――そんな魔獣なんて、ここいらにいたかねえ」


 老爺は、何かにすがるように言う。


「……その綺麗な白い髪に、銀の瞳。

ばあさんや、まさかこの子はアリス――」

「……じいさん。

雪兎は、こんな力は持てないべ」


 ゆっくりと、首を横に振る。自分の中にある僅かな希望を、否定するかのように。


「わしらみたいな弱い魔族といるのは、あんたにとっては損になるかもしれないべな」


 だけど、と言って少女の方を見る。


「……よければ、うちに来るべ?」


(まただ。

また――)


 相変わらず、わからない。


 一瞬、迷う。彼女にとって、この選択は――彼女自身の自由を、奪うものだ。


(あの方を、すぐにでも追いたい)


 まだ、今なら――魔力の痕跡を、辿れるかもしれない。


(この人たちのところに居たら、強くもなれない)


 ただ、二人にとっての『代わり』になるだけだ。


(それでも)


 一瞬だけ、目を伏せて。ぎこちない動きで、口が動く。


「……ア、リス」


(あなた達の側に、居られるのなら)


 今度は、自分の意志で。


 その名前を、口にした。


「……っ、ばあさんや」


 白い手を、老爺の膝の上へ。


 泣きそうな表情で、彼もまたその手を包み込む。


「この子を――アリスだと思って、大切に育てよう」


 ギュッ、と。


 温かい腕に、彼女は――アリスは、抱きしめられた。




◇◇




「アリスや、こっちもお願いできるべ?」

「はい、おばあさん!」


キンッ!


 老婆の手元の水が、一瞬にして凍る。


「いつもありがとうねえ、おかげで夏でも食べ物が腐らずに済む」

「いえいえ、これくらいしか出来ることがありませんから」

「この前も、アリスのおかげで出稼ぎ繁盛だったべ。

今度、新しい本でも買ってやれたら良いんだべが」

「大丈夫ですよ!この前買ってきてくださった魔導書、すっごく面白いです!」


 笑顔があふれる家庭。小さいけれど、貧しいけれど――その暮らしは、幸せそのものだった。


(……だけど。

このままじゃ、あのお方に会えない。御恩を、お返しできない)


 アリスは、そっと俯いて考える。


(お話を聞く限り、あのお方は――私達を助けてくださった方は、きっと高位の魔王軍のお方なのでしょう)


 そして、白髪を持つ。――それ以外に、何もわからない。


「……あ」


 ふらり、とアリスの身体が傾く。


「だ、大丈夫だべ!?

アリス、ここのところ夜遅くまで起きて」

「わしたの手伝いまでして、残った時間で寝る間も惜しんで魔法の鍛錬に、勉強に。

……わしらには良くわからないんべ、手伝ってやれないけんども」


 無理はするな、と言った目でアリスを見る二人。


「ありがとうございます、だけど本当に大丈夫なのですよ!」


 微笑んでから、アリスは影で小さく唇を噛む。


(……せめて、王都に――中央に、近づかねば)


 魔王城があるという、魔国の王都。魔王の直轄領であり、魔王軍の主な活動場所。


 そこならば、彼を見つけられるかも知れない。……だけど。


(方法が、ない……!)


 歩いても、3日ほどの場所。加えてもしも行ったところで――長く滞在する旅費など、彼女にはあろうはずもない。


「……すまないべ、わしらが貧乏なばっかりに。

地方の学校にすら、通わせてはやれないべ」


 心底申し訳なさそうに、老爺はアリスに謝罪する。


「領主様の御子息――レオ様は、王都の方で学園に通ってらっしゃるそうだべな。

たいそう優秀だそうで、きっと卒業なされば魔王軍のおえらいさんになるんじゃろう」

「じいさんや、何言ってるんだべ。王都の学園っていったらあのテネブラエ学園じゃろう?」


 ふんっ、と老婆は鼻を鳴らす。


「わしらが一生働いたって、一年分の学費すら賄えやしないべ。

その血と涙の税で、レオ様は通ってらっしゃるんじゃ」

「ばあさん!そういう言い方は!

……誰かが聞いてたら、どうするつもりなんだべ」


 焦ったように、周囲を見渡す。


「ふんっ、わしらはどうせ働くしかできないんだべよ」


 さあ、今日も仕事さすんべ。そう言って、二人は戸口から出ていく。


「……テネブラエ、学園」


(聞いたことがある。

魔王派の貴族の後継者たちが集まる、最大の教育機関)


 一人残されたアリスは、小さく呟く。


「そこにいけば――情報が、得られるかもしれませんね」


(それに良き成果を残せれば――魔王軍に、あのお方に会えるかもしれない)


 けれど、と同時に思う。


(その高額の学費を、私なんかが――)

「払える、はず」


 ない、と言いかけてはたと静止する。


(あの学園には、奨学金制度があったはず。それを使えば)


 学園にいる6年間、王都に無料で滞在し続けられる。


「……だけど、確か奨学金の条件は。

入学試験で『首席』を、取ること」


 十分な教育環境で育ってきたであろう、他の貴族の受験者。何よりその目に止まるほど優秀だからこそ、後継者に選ばれているはずだ。


 そんな者たちと戦って、勝たねばならない。彼女にとっては、この上なく不利な状況だ。


(それに、私は――平民です)


 そう思われるのは、構わない。もともと彼女は――何者でもなかったのだから。


(……けれど、お相手は貴族の子弟方。

何をされるか、わからない)


 この暮らしには、もう戻ってこれないかもしれない。


 ぎゅ、と拳を握りしめる。


「……やはり、諦めるべきでしょうか」


 奥で燃える暖炉に、近づこうとして。


『もし、また会ったなら』


 彼の言葉が、アリスの心を揺さぶる。


『あなたの名前でも、聞かせてくださいね』

「……っ!

諦めるだなんて、できません……!」


バンッ!


 扉が、勢い良く開け放たれる音。


 次の瞬間、アリスは家を飛び出していた。


「アリスや、どうしたんだべ!?」

「少し、王都の方へ!長く帰ってこなくても大丈夫ですから!

心配、しないでください!」

「し、心配しないって言われても……!お、おうと!?」


(ごめんなさい!!

……でも、今は――いかないと!)


 呆気にとられる二人を置いて、アリスは駈ける。


 うさぎのように、ぴょんぴょんと跳ねながら。


「……待っててください!


今度は、私が――」


(側に居られるくらいに、強くなって)


 白い髪が、風に揺れる。


「あなたの、下へ!」

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