35.白の正義、偽りの黒
「いやぁぁぁぁ、死にたくないぃ!!
……ひえっ!!!」
ヒュンッ!
叫びながら走り回る私の横を、白いものがかすめていく。
「痛っ!」
小さく私の頬に傷をつけたそれは――白き羽根を後ろに持つ、矢。
「はははっ、リーナ君!
逃げ回ってばかりでは勝負にならないよ!」
ヒュンッ、ヒュヒュッ!!
美しい所作でそれを射るのは――この学園の『最強』レオ。
「いや、笑顔で殺しに来てるよね!?……っわ危なっ!」
「何を言ってるんだい、僕のこの矢は練習用さ。命の危険はないよ!
だからこそ、使用が許可されてるんだからね!」
大声でそう叫ぶレオ。まるで、それを観客に聞かせるのが目的であるかのように。
ヒュンッ!
「きゃっ!」
乙女のような声を出しながら、矢を寸前で避ける私。
(どう考えてもこれ練習用じゃないだろ……!!)
背後の壁に突き刺さる矢を見ながら、私は内心で大焦り。
「あ、あの審判さん!この人どう考えても――」
「おっと、よそ見はいけないよ!」
ヒュヒュヒュン!!
審判役の生徒に危険を訴えようとするも、彼の矢はその隙を与えてはくれない。
「さすがレオ様!」
「ほら、もう終わりじゃない?」
笑い声とともに聞こえるのは、状況を楽しむ観客の声。
「あーーーもうっ!!
やるしか、ないか!」
(このままじゃ、こっちが殺られておしまいだ!)
右手を前に出し、指輪に力を集中させる。
(迷宮で使った、あの魔法なら……まだ、体が覚えてる!)
レオに直撃させていいものか、一瞬迷う。
メラクへの破壊力を考慮するに、かなり強力な魔法だとは思うのだが――
(命の危険がありそうなら、先生方が止めてくれるらしいし。
……まあ、いいでしょ!)
そんな雑すぎる認識の下、精一杯の力を込めて――
「『炎の吐息』!!」
叫ぶ。すると――
ボウッ……
指先に、爪1枚ほどの大きさの火が出現する。
「……は?
ちっさ」
思わず突っ込んでしまう。
なんか出た。そう、なんか出た程度。
ジリジリ……
弱々しい音をあげ、燃えるそれ。
到底、命の危険になどなりそうもないレベルである。
「……え?どゆこと?
前に迷宮でやった時は、こんなんじゃ――」
「ははっ、リーナ君。
どうしたんだい、まさかそれで戦おうと?」
ヒュッ!
指先のちっせえ火をまじまじ見つめながら棒立ちする私に、レオは笑顔で矢を射掛ける。
『お前が、俺に匹敵するほどの才能を持っている場合だ』
走り回る私の脳内で流れる、彼の言葉。
「……ノワの、バカぁぁぁ!!」」
(才能ないやん!!全然ないやん!)
少し期待していたのに。これでは、レオに勝てる可能性などゼロである。
もはや涙目の私は、矢の雨を避けるためそれでも走り続ける。
(……いや)
「これ、降参したら――」
いいのでは、と思って元気良く審判に向け手を上げようとすると。
「……何あいつ、レオ様に挑んでおいて逃げてばっかりじゃない?」
「あーあ、私達のレオ様が……
あの一年生、分不相応すぎるわ」
(……ヒッ!)
『レオ様こっち向いて!』とかいう板を持って座る女子の一軍から、凄まじい殺気。
(これ、降参しても殺されるやつだ……!)
前門の虎、後門の狼。逃げ場はなさそうである。
(っ仕方ない!)
「できる限り粘ってから、隙を見て降参――
っ!?」
「もらったよ、リーナ君!」
一本の矢が、私の心臓めがけ飛んでくる。
避けきれない。諦めとともに、一瞬のうちにそう察する。
(あ、死んだわこれ)
吸い込まれるようにこちらに来る矢を見て、そう思っていると――
ガキンッ!!
衝撃とともに聞こえてきたのは、そんな硬い音。
驚いて硬直していると、矢は何かに弾き返されたように地面に落ちる。
(何が、起きて――)
コロコロコロ……
私の制服の胸ポケットから勢い良く飛び出し、レオのもとに転がっていく黒い何か。
「……これは」
眉をひそめて拾い上げた彼は、しかしすぐに余裕たっぷりの爽やか笑顔に戻る。
「リーナ君、こんなものにすがって……そんなに、僕との勝負に自信が無いのかい?」
彼が手の中で転がすのは――先程ベルからもらった、光る『お守り』。
(あれに当たって、跳ね返ったのか……!?)
「た、助かった……!」
安堵と、もう少しで死にかけた恐怖からか壁にもたれかかる私。
「まあ、結果的に役には立ったようだね。
……これは、返してあげよう。だけど――」
パシッ!
レオが投げた黒い石は、美しい軌道を描いて私の手の中へ。
「……今度は、仕留めてみせる」
ギリギリギリ……
レオが、笑顔を消して弓を引き絞る。
(どうしよう、このままじゃ体力が持たない!)
いつまでも走り回ってばかりでは、いずれ射抜かれて終わりだ。
(光の精霊術使えば……
っでも)
そもそも使えるかもわからない上、命の危険があるからと禁止されているのだ。
「ダメだ、方法がない!」
(……何も、出来ない)
使ったら死、使わなくても死。まさに八方塞がりの状況で――
「……あれ?この石」
ふと、レオから投げ返された石が目に入る。
私の手の中のそれは、これまで以上に吸い込まれそうな黒色をしていて――
「……こんなに、暗かったっけ」
ベルから渡された時は、もっと明るく光っていた記憶がある。
(矢が当たった影響……?
でも、この光って魔法が付与されたものなんだよな)
それなら、こんな物理攻撃ごときで弱まるなんてことはないはずである。
不思議に思っていると――
「リーナ君、偽りの力で注目を浴びて――どんな気分だい?」
ギリギリギリ……
レオが、囁くように問いかける。強く強く、本当に強く弓を引き絞りながら。
「偽り、って」
(まさか、バレて――!)
反射的に、右手の指輪を見てしまう。
先程レオと握手した時に、彼の手に触れたその赤い光。
「……僕はね、黒なんかが魔王になるべきじゃないと思っているんだよ」
私にしか聞こえないくらいに、小さな声。
しかしその裏に込められたねっとりとした言葉に、思わず絡め取られるような錯覚を覚える。
「魔国を破滅に導いた無能な先代、表に出ない今の魔王。……どちらも、黒だ。
今の白の当主様だってそうだ、黒に従うそんな弱き当主など――」
――必要ない。
「っ……!」
ザクッ!
私の右腕に、矢が刺さる。
「……あれ、今のちょっと危なくない?」
「練習用って言ってなかったか……?」
痛みに耐えていると、背後から聞こえる戸惑いのざわめき。
ヒュンッ!
それでも容赦なく、矢は飛んでくる。
「……っぅ……!
レオ先輩、あなたは一体……!」
「だから、リーナ君」
私の問いかけに、彼は笑顔で続ける。
「黒から魔王の座を奪い返すためなら、僕はどんなことだってする。
……そう」
ミシミシミシ……!
木製の弓が、三日月型に曲がっていく。
「たとえ――」
ふ、と。
その笑みが、崩れた。
「我ら同胞の敵である――
『女神』に、膝をついてでもな」
やがて弓は、満月のような円を描く。
「さあ、リーナ君。……いや、黒の後継者よ。
……お別れだ」
表情一つ変えないまま、レオは囁く。
「我ら白が、この魔国を正しく導くその様を」
ヒュンッ!!
「地獄の果てで、大人しく見ていたまえ」
パリンッ!
――その音だけが、やけに大きく響いた。
ざわめきが、止まる。
誰も、声を上げない。
「……そんな」
指先が、震える。
「嘘……でしょ」
音もなく、崩れていく赤。
震える手で、その赤――小さな欠片を、受け止める。
「……指輪が」
理解が、追いつかない。
「――砕けた?」




