34.盤上に集う駒
「始まったか」
薄暗い部屋の中で、魔王は呟く。
「本当は、リーナの側にいてやりたいのだが。
戻ってきた途端に、これではな」
冷たい目で見下ろす、その足元には――
「アイン、だったか。
何があった……と聞いても、その様子では答えられまい」
軽く屈んで、その心の臓に手を当てる。
「……冷たい。
すでに、止まっているようだな」
(口封じ、ということか)
小さく、舌打ちする。
(夕食での出来事は聞いた。
アドルフは……『殺された』と、こやつが言ったとか)
「それに関して、聞きたいことがあったのだが。
……どうやら、先手を打たれたらしい」
動かない身体から、手を離そうとして。
何かに気づいたように、その動きが止まる。
「——この魔力は、あやつの。
……なぜ、こんなところに?」
しばし考え——
何かに気づいたように、顔を上げる。
「……なるほどな」
一度、目を伏せる。
「そういうことか」
(最初から——全て繋がっていた、というわけだ)
近くの机から、無造作に一枚の紙を取る。
その上にさらさらと何かを書きつけるノワ。そして——
パチン!
軽く指を鳴らす。すると、次の瞬間。
バサバサバサッ!
——バリンッ!
「クルックー!」
一羽の鳩が、窓を突き破り室内へ。
ガラスの破片を飛び散らせながら、元気良くノワの方へと飛んでいく。
「……なかなか大雑把なやつだな。
さては、お前を育てたのはカルロスか?」
「クルック!」
「……そうか。実に、あいつらしい」
少し顔をしかめ、割れた破片を見つめるノワ。
「仕方がない、あとで片付けておくとするか。
……では」
(——間に合えよ)
ゴクンッ
鳩に、小さく封をした紙を呑ませる。
「クルッ!」
返事をするように、一鳴き。そして——
バサバサバサッ!
窓の方から、飛び去った。
その後ろ姿を見つめながら、ノワは薄く微笑む。
「……どうやら俺の勘は、当たっていたらしい」
(最初から——全て繋がっていた、というわけか)
軽く、外を見下ろす。
離れていても感じるほどの、闘技場の熱狂。
「用は済んだ。
後はあちらを片付けて、万事解決——」
キイッ……
突然、背後の扉が開く音。
「……そうはさせない、と?」
小さく、呟く。
パタン
静かに閉じる扉。
キンッ
空気が、凍りつく。
(来たか)
そう思った、次の瞬間。
突然ノワが、小さく身動ぎした。
ヒュンッ!
その横すれすれを走り抜けるのは——氷でできた、鋭利な刃。
「……ほう」
ガキッ!!
一直線に背後の壁に向かったそれは、そのまま氷とは思えないほどに深く、鋭く突き刺さる。
もしも動いていなければ——確実に、その身体に当たっていただろう。
「ふむ。
……むしろ、好都合かもしれんな」
(こちらから探す手間が、省けたというものだ)
俯いたまま中に入ってきた人影に、ノワは薄く微笑んで——
「待っていたぞ。
……アリス」
◇◇
「やはり、封印が解かれていますね。
……これほどの力を、いつの間に」
(手遅れになる前に、急がねばなりませんね)
割れた石碑。その破片を、ハクは注意深く懐に入れる。
「ブラン様、何日ここにいるってんだ……ううっ、寒い。
もうそろそろ、魔王城に帰ってもいい頃じゃねえか?」
そう言って、寒さに巨体をガクガク震わせるカルロス。
「カルロス、あなたここの生まれでしょう。
そんなに寒がりで、これまで一体どうしていたというのですか?」
「そうだけどよぉ……竜の里は火山のすぐ側だ。
いつでもあったけえんだ」
「だからって、寒さに弱い竜だなんて格好がつかないでしょう」
不機嫌に返すハク。いつにもまして、言葉の刃が研ぎ澄まされている。
「……はぁ。
本当は私だって魔王城に——お嬢様の側に、今すぐにでも帰りたいのです」
北の地にてノワに言われた調査をするうち、彼から届いた書簡。
『北の迷宮にてリーナが襲撃され、今も目を覚まさない』
「襲撃者の名は——
『月桂冠』!」
憎しみと殺意を隠そうともしない口調とともに、ハクは石像を蹴り倒す。
「……『月桂冠』ってぇのは、この前俺達が戦ったやつらだよな?」
「ええ、半魔王派の最大の魔族組織——それが『月桂冠』です。
私達が戦ったのは、その7人の幹部——『七星』のうちの二人ですね」
「メラクと……ミザールか。
ならやっぱり、俺達の里を襲撃したのもそいつらってことだ」
そう言ってカルロスは、その大きな拳をぎゅっと握りしめる。
「ブラン様。
俺は、必ずそいつらを——この手で、ぶっ倒してみせる」
ザクッ、ザクッ
大剣に手をかけ、雪の降りしきる道を歩む彼。
「……懐かしいですね。
初めてあなたと出会ったのも、ここでした」
思い出すように、少し目を細めるハク。
「ああ。
ブラン様は、あの時俺の命を救ってくれた」
「ふふっ、思い返せば本当に不思議な日でしたね。
あの日、私はもう一人。……いえ、」
白い手袋をはめ直し、彼は呟く。
「もう一匹も、救ったのです」
「……一匹?そりゃ一体、どういうこった」
「死にかけの魔獣を、興味本位で助けてやったのですよ」
「ま、魔獣を助けた!?
あ、あのブラン様が……!?」
驚いてのけぞるカルロスに、再びハクは不機嫌そうな表情に戻る。
「私は一体、どんな認識をされているのです?
……そういえば当時、ノワにも心配されましたっけ」
『魔獣を助けた?
……熱でもあるのか、今日は早く休め』——と。
信じられない、といった表情の主を思い出し、ハクはため息をつく。
(……確かに、あの時はお嬢様と出会う前ですから)
その時の彼にとっては、魔族の命すら——虫けらに等しかっただろう。
「ま、まあブラン様のおかげで俺は今、こうしていられるんだ。
その魔獣だって、きっとブラン様に感謝してるってもんよ!」
「……感謝、ね。
あの子は今、どうしているのでしょうか」
遠くを見るような目をするブランに、カルロスは更に距離を取る。
「ど、どうしちまったんだブラン様。
自分で言っておいてアレってもんだが、魔獣……それも死にかけなくれえ弱いやつなんざとっくに死んじまってんじゃねえか?」
「……いえ、案外そうでもないかもしれませんよ。
だって——」
バサバサバサッ!
突然、ハクの言葉を羽音が遮る。
「クルックー!」
「おお、クルクル助じゃねえか!」
「クルッ!」
嬉しそうに、その鳩を肩に乗せるカルロス。
「……カルロス。
クルクル助というのはまさか……その鳩の名前では、ないですよね?」
「ん?
それで合ってるぞ、俺が育てた自慢の魔鳩だ!」
「……ひどいネーミングですね、少しその鳩に同情してしまいます」
若干引いたように後ろに下がるハクに、鳩——クルクル助は一直線に飛んでいく。
「クルッ!」
吐き出したのは——小さな封がされた、1枚の紙。
「おや、私宛の書簡ですか。
差出人は——」
と、そこで目一杯顔をしかめるハク。
「……あの、バカ魔王。
今度は一体、どこに行かせる気でしょうね」
ため息を付きながら、手紙に目を通し——
「……っ!」
「な、なんだ!?」
「お嬢様が……お目覚めに!」
安堵と喜びに溢れた表情で、ハクは告げる。
「おお、そりゃホントか!!
お嬢ちゃん、良かった——」
ビリッ
「……やはり、バカはバカですね」
カルロスの言葉を遮ったのは、ハクが笑顔のまま手紙を破り捨てる音。
「ブ、ブラン様……?」
「病み上がりのお嬢様は、今武闘大会に出ていると。
そして——至急、私達も来るように。だそうです」
「おう!……おう?」
フリーズするカルロス。
「……おい、ブラン様。
ここから学園に向かう、ってことで合ってるか?」
「ええ、そうなります。
……仕方ありませんね」
ふわり
白い両翼とともに、ハクが空へと舞い上がる。
「……って、おいブラン様!
それはひでえってもんだ、俺に魔法は使えねえぞ!?」
飛べねえんだよ!と泣きそうな声で訴えるカルロス。
「そういえばそうでしたね。
まあ、あなたなら大丈夫でしょう」
「いや、こっから学園までどんだけ離れてると思ってんだ!?」
「飛べない魔族なら、馬を使ったとしても3日とかでしょうか」
「俺はその『飛べない魔族』ってんだよ!」
いかねえぞ!絶対いかねえからな!と駄々をこねるカルロスに、ハクは困ったような表情で告げる。
「……そう言われましても、ノワの書簡には『カルロスも必ず連れてこい』と書かれていますから」
「そりゃまたなんでだ?
俺が行ったところで戦の手伝いしか出来ねえ。んでも学園にそんなもん、起きねぇはずだ」
「さあ……。
とりあえず、私は先に向かいますので」
ちゃんと来るんですよ、と言って光の速さで飛び去るハク。
「くっ、働く場所を間違えちまったか……?」
「クルッ……」
雪の降りしきる中、一人ぽつんと残されたカルロス。その立派な髭の生えた頬を、慰めるように小さくクルクル助がつつく。
「……だが、とりあえずはお嬢ちゃんが無事なら良かったってもんだな」
彼の脳裏に浮かぶのは、幼い笑顔。
『おじ様!』
親しげに、少しはにかんだ笑顔でそう呼ぶ彼女。
「生きてたら、ちょうど——お嬢ちゃんと同じくらいか」
彼の大切な姉の血を継ぐ、大切な『希望』。
(守ってやれなくて、すまねえ。
……だから)
そう言って、カルロスは再び前を向く。
(お嬢ちゃん、待っててくれな)
「今度は、今度こそ。
戦士として——守ってみせる」
雪を踏みしめ、一歩を踏み出す。
「……行くぞ」
4/16 誤字訂正のみ行いました




