33.歪んだ笑顔、その宣言
「さあ、勝者は今年も――我が校の生徒会長、レオだ!!」
ワァァァァァァァァァァ!!
沸き立つ闘技場の熱気が、暗い通路で待機する私の肌を撫でる。
「レオ様〜!!こっち向いて〜!!」
「キャッ、今絶対私の方見たわよ!」
……と、結構な割合で聞こえてくる黄色い歓声。
(いつも通り大人気だな、レオ。
……これ、私殺されたりしないよね?)
『なんであんたなんかがレオ様に!』とか言って背後から刺される可能性。
「……うん、十分ありそうだな。怖いからね女子の嫉妬って」
(せめて下手な試合だけは、しないように)
ぼろ負けとかしたら、それこそ結構本気でヘイトを買いそうだ。
「さて、このまま5連続優勝は彼の手に――」
「わー、ちょっと待ったー。そうはさせないぞー」
司会の声を遮る、無感情な声。
「な、なんだ?
確かあれ、副会長……だよな」
どよめきが広がる。そう、その声というのは――
(いや、ベル先輩何してるんだ……)
聞いているだけでこっちも無表情になりそうなくらい、棒読みである。
「我ら黒。その威信をかけ、あなたに決闘を申し込もう」
「ベル君じゃないか、どうしたんだい?
決闘なんて言っても、君たち黒の勇士たちは全員……僕の前に、膝をついたじゃないか」
余裕たっぷりのレオの言葉。再び湧く闘技場、しかし――
「流石よ!あのお方こそ、白の公爵家に相応しいわ!」
「あいつ……!入学からずっと、黒をバカにしやがって!!」
(……白と黒って、思ってたより対立してるんだな)
歓声と罵声とが入り混じった空気は、更に熱を帯びていく。
「静粛に。
レオ、それは決闘の承諾と受け取ってもよろしいですか?」
「相変わらず硬いな、ベル君は。
答えは勿論――」
一瞬、静まり返る会場。
「イエスだ」
自信に溢れた彼の言葉に、再び場は歓声に溢れる。
「……承知しました。では、ここに――」
ベルが、深呼吸する。
「学園の頂点、レオ=ローレルと。
かの魔王の卵――リーナ=ハミルトンの決闘を、宣言します!!」
コツ、コツ。
石造りの通路を、闘技場に向かって歩き出す。
「ハミルトンって……あの、首席の!?」
「でもあいつ、中等部の一年だよな?
……勝てないからって、黒はそんな卑怯な手を。見損なったぞ」
荒れる会場の空気が、私に重くのしかかる。
「レオ様が、そんな一年ごときに負ける訳ありませんわ!」
「可哀想だな、先輩に言われて断れなかったんだろ。見世物さ」
俯く私。その目に映るのは――どこまでも続く、暗い床。
「……っ」
(違う、そんなんじゃ――)
「リーナさんですの!?
おほほほほ、今年の黒の優勝は確定ですわね!」
ハッと、顔を上げる。
「っちょ、お前声でかいって……!!
俺様まで変なやつだと思われるだろ!」
「なぜですの?わたくしは事実を申し上げたのみですわ!」
「いや、そもそもお前白だろ!!
……それに、半魔のヤツは病み上がりだ。無理してねえか心配――」
「リーナさんなら、大丈夫ですわ!
ああ、アリスさんも無理やり連れてくるべきでしたの……急に用事ができたとかで、出ていってしまったのですわ」
(フェリスと、カイル。
それに……アリスも、無事だったんだ)
安堵に、胸を撫で下ろす。
二人の声は、不思議と私の心に響いて――
「……よし!」
もう、非難も同情も聞こえない。
カッ!
勢い良く、出口に――光に向かって走り出す。
「ッワァァァァァ!」
光で輝く世界に、思わず目を細める。
「やあ、久しぶりだね。首席のリーナ君」
「レオ会長」
笑顔の彼。真っ白な髪が、貴公子の気品を思わせる。
(思っていたより、ずっと大きい)
円形の闘技場の端から、お互いゆっくりと歩み寄る。
「まさか君だとは。
嬉しいよ、『魔王の卵』と言われるほどの天才に挑めるんだから」
「はは、ははは……ご謙遜が過ぎますよ」
観客の要求が上がるから、正直にやめてほしいものである。
(……ノワは、今日来ないんだったよな)
教員用の観客席を見ると、そこには空きが一つ――
(……いや)
「……二つ?」
そう、教員で溢れるその場には――2つの、空白。
(どういうこと……?
片方はノワだろうけど、もう一人って)
考えていると、レオが小さく笑って言う。
「ああ、それはね。
アイン先生だよ」
(アイン先生って、さっきの……!)
アドルフの死が、『殺害』だと。そう、叫んでいたという彼。
「心の病かな?ありもしないことを言って、生徒たちを混乱させていたけど――」
可哀想に、とレオは続ける。
「今日の朝から姿が見えなくてね。
きっとそう――不慮の事故、ってやつさ」
(『姿が見えない』から……『不慮の事故』って。
それじゃまるで、アイン先生がもう――)
亡くなってしまったかのような、口ぶりではないか。
戸惑う私に、更にレオは歩み寄る。
「もう一人は、マオ先生だけど――
きっと今日、彼も」
きっと。言葉は出ずとも、小さく口が動く。
「レオ先輩?何を――」
「ああ、ごめんね。
……もう、良いかと思って」
(もう良いって、一体どういうこと?)
その表情は、相変わらずの笑顔。
「さて、それじゃあ始めようか」
彼が、握手を求めるように片手を出す。
応えるように、彼の手を握ると――
「ははっ!」
思わず、手を離してしまう。
(何、今の……?)
一瞬だけ。
その笑顔が、まるで――別人のものに見えた。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
けれど次の瞬間には、何事もなかったかのように元の表情に戻っていて――
「我ら選ばれし者よ!」
再び、会場の方へと向き直る。
その姿は、圧倒的な存在感を放っていて。まさに――
(学園の、頂点)
両手を天に掲げ、祈るように彼は続ける。
「僕は、ここに宣言しよう。
今、この場において」
ゆっくり、私の方に向き直る。
「『白』は――」
一瞬の静寂。
「『黒』の魔王を――
打ち破らん!」




