32.歓声の裏で
ヒュルヒュルヒュル……
ドカーン!
「……これより!」
大勢の歓声で満たされた、巨大な闘技場。
ワー!!
司会の声が、朗々と響く。
「歴史ある我が校の、伝統行事――
武闘大会の開催を、宣言します!!」
ドンッ!!
(……いよいよか)
ゴクリ、と唾を飲む。
「……リーナさん。
緊張していますか?」
懐かしいセリフとともに、心配そうな瞳が私を覗き込む。
「ベル先輩!少し……」
下を見る。がくがく震える自分の足。
「いや、めちゃくちゃしてますね」
流石に、これでは誤魔化しきれないだろう。
そんな私の様子を見て、なおもベルは心配そうに私を見つめる。
「リーナさんの出番は、最後の決勝のみとなりますが。
その……学園を、一週間ほどお休みしていたと聞き及んでおります」
そう言って、まだ少し残る包帯を見る。
「私共のわがままに付き合ってくださった上、怪我までさせては面目が立ちません。
どうか、ご無理だけはなさらず」
「……ベル先輩、ありがとうございます。
でもほら、ご覧の通り元気いっぱいですから!」
大丈夫ですよ、と言って力こぶを作ってみせる。
(――って、本当はちょっと痛いんだけど……)
メラク戦の後、なかなか傷が治らない。
(毒が入ったとかだったら、結構困るなぁ)
そんな私の内心を知ってか知らないでか、ベルは少し顔を曇らせる。
「本当に、そうであればよいのですが。
……では、私は会場の運営がありますので」
ご武運を、と言って扉から出ていく彼女。
キィ……
パタン
「っわぁぁぁどうしよう!!始まっちゃった!武闘大会始まっちゃった!!」
(7日もすやすやしてたのに!!流石にまずいよこれ!)
扉が閉まるや否や、速攻近くのソファにダイブ。
焦りと、少しの傷の痛みに呻いていると。
(……あ、ここすっごいふわふわだ〜……)
ベルいわく「来賓用の部屋」らしいが、その名に相応しい豪華な内装である。
「それに、なにより」
シャッ!!
正面に位置する窓のカーテンを、勢い良く開け放つ。
「……大きいなあ」
すぐそこに見えるのは、まさに今大会が開催されている――闘技場。
カキンッ、キンッ
やぁぁぁ!!
剣のこすれ合う音、魔法の飛び交う迫力、選手と観客の歓声。
(……ひっ)
それなりに離れた距離のはずなのに、その臨場感に圧倒されてしまう。
「……大丈夫か?私なんかがあんなトコ出て」
(これから辞退……
いや、今更か)
ため息を付いて、そっと右手の指輪に触れる。
「……一応、魔力は補充してもらったけど」
単に魔力が高いだけでは魔法は使えない、というノワの言葉が頭をよぎる。
(あの入学試験での出来事が、本当に誰かの細工によるものなら……)
「勝てるわけ、ないよね」
入学からずっと優勝し続けているという、学園の会長――レオ。
彼と相対したものは、皆一様にこう言った。
『手も足も出なかった。
魔法を使う動作もないのに――』
「気づいたときには、負けていた……か」
固有魔法もわからない、何もわからないまま負ける。
(一体全体、そんな化け物に――)
「どう、勝てっていうんだ!!!」
叫ぶ。今更ながら、引き受けたことを後悔しかけるリーナさん。
(最善は、尽くしますけど――)
「……ねえねえ、聞いた?」
ふと、小さな声が聞こえる。
(……なんだ?廊下から?)
気になって、扉の近くに歩んでいく。
「え、なになに?」
「あのね、昨日の夕食のはじめに」
控室とも繋がる、この建物。おそらく出場する選手達の話し声だろう。
(『聞いた』って――なんだろう)
女子の噂話だし、恋バナか?なんて思っていると。
「アイン先生が、いきなり乱入してきたらしくて。
そのまま叫び始めたの、アドルフ先生の事故死について――」
周囲を確認するように、一拍置いてから。
「『事故』なんかじゃない。
あれは……『誰かに、殺されたんだ』って!」
ええーっ!という声。
「すぐにベアトリス校長が引っ張ってったらしいけど……
なんか、アイン先生目を血走らせて最後まで叫んでたらしいよ」
こわーい、と相槌。
(アイン先生って、確か……魔術研究の授業してたあの人だよな)
優しそうな見た目をした、メガネのおじさんである。
(……それが、いきなり夕食の場に乱入して――)
「アドルフ先生の死が、殺人……?」
思わず呟いてしまってから、はっとする。
「ね、ねえなんか今人の声聞こえなかった……!?」
「やばいやばい、さっさと戻ろ」
たたたたっ
噂をしていた生徒は、走って行ってしまったらしい。
(まだ、聞きたいことあったのにな)
すると、しばらくしてから。
――コンコン
「っはい」
急いで扉を開けると、そこには。
「リーナさん。
そろそろ、出番です」
ベルが立っていた。
「な、なんか早くないですか!?」
「今年は少々、形式が変わりまして……事前に予選を行っておいたのですよ」
マオ先生のご指示です、という言葉に納得する。
(私に、あんまり負担かけないようにしてくれたのかな)
それはありがたいのだが、心の準備がまだ出来ていない。
焦っていると、ベルが何かを差し出してきた。
「役には、立たないでしょうけれど。
私からの、応援の気持ちです」
「……これは?」
黒い石。小さく丸いそれは、ベルの手の中で力強く光り輝く。
「明かりの魔法がかけられた、お守りのようなものです。
昔から、旅人の行く先を照らしてきたそうですよ」
はい、と言って私の胸ポケットにそれを滑り込ませる。
ストン
その重みに、少し勇気づけられる気がした。
「ありがとう、ございます。
――それで、決勝の相手は」
「……はい。
今年も、レオの圧勝でした」
(やっぱり)
緊張する私の背中を、ベルがそっと押す。
「……リーナさん。本当は彼も、焦っているはずです。
何しろ――『魔王の卵』が、相手なのですから」
――だから。
勝ってこい、でも頑張ってこい、でもない。
「一緒に。
――楽しみましょう!」
笑顔の彼女に、私も応える。
「……よし」
扉を開ける。一歩踏み出して――
「――いってきます!」




