28.二つの再会
「ネエ゙、わたし……き、レイ?」
グチャッ!
裂ける獅子の肉と、中から這い出てくる人型の……影。
(……なに、あれ……!!)
「ひいっ……!」
その様相に、アリスは恐怖に目を見開いて静止する。
ズブブブブ……
「コタ、えテ……?」
ついにあらわになった全身。そして――
「っおい、避けろっ!!」
「……っわ!!」
ビュン!!
風を切り、私の頬すれすれを通った白いものは――
(……人間の、腕っ!?)
包帯が巻かれたそれから、無数の手足のような触手が生えていた。
グチャッ!
獅子の残骸を踏み潰しながら、触手がうごめく。
「ねエ、きれい……ナロ?」
ピチャッ、ピチャッ
血の池の中を、ゆっくりとそいつは歩いてくる。
「くそっ!
まだ治療は、終わってないのに……!」
焦ったようなカイルの声が、背後から聞こえる。
(……っフェリスの治療が終わるまでは、逃げるわけにはいかない)
固まるアリスに、静かに声をかける。
「……アリス。
時間を、稼ぐよ」
恐怖からか、舌がうまく回らない。
(……こいつ。
圧倒的に、強い)
嫌な汗を感じながら、歩み寄るそいつを直視する。
「っリーナ……!
動け、ないです……!」
絞り出されたような声には、まるで重い石を乗せられたような苦しさをはらむ。
(無理もない。
私だって、立ってるのがやっとなくらいだから)
「……それでも。
絶対に、守ってみせる」
震えを押さえるように、拳を握りしめる。
「ねエ……ダカら、わたシ
きれイ?」
圧倒的な威圧感と、そして――明らかな、異質さ。
(……魔族、なのか?)
言葉を話す、そして人型。少なくとも、魔獣ではないのだろう。
(かといって、これをノワやハクと同じ魔族というには余りにも――)
「……化け物」
「……ン?」
私の言葉に、そいつは動きを止める。
ズズズズズ……
そして、ゆっくりと――私の方を、向いた。
「……ねエ、今なんて言ったノ?」
ゾクリ。
全身の毛が、逆立つ感覚。
(っまずい!!!)
そう思う間もなく、一気に距離が詰められ――
「なんでなんでなんでなんでなんでなんデなンデナンデナンデ!!!」
「っああぁぁぁ!!!」
(なにコレ、耳が……!!!)
耳元で響き渡る、その合成音のような声。
キーン……!
耳鳴りが酷い。意識がぼんやりとして、目の前が霞む。
苦しむアリスの声が、遠くに聞こえる。
「リー、ナ……!
聞いちゃ、ダメです……!!!」
(そんなこと、言われたって……
動け、ない……っ!)
まるでその声は、無数の男女がバラバラに喋っているかのよう。
そこに共通するのはただ。
(狂って、る……!!!)
「ネぇ。メラクのこと」
メラクと名乗るそいつは、耳元で駄々っ子のように呟く。
「リーナ……!
来ますっ!」
アリスの緊迫した声。
(逃げ、なきゃ)
そう思えど、霞む意識の中手足は言うことを聞かない。
「ねエ……」
グニャリ。
突如、その怪物の首が――伸びた。
危険を察知したアリスが、即座に震える手を前に出し――
「ぅ゙……!
『氷の障壁』……!」
ピキッ
メラクの足元が、ほんの僅かに凍る。
背後で聞こえるのは、アリスの荒い息。
(お互い、限界……ってところか)
先程の叫び声に、これまでの獅子との戦いでの消耗。
残された体力は、あと僅か。
「っはぁ、はぁ……!
リーナ、今のうちに逃げてっ……!」
それでも、アリスは必死に両手を伸ばし魔法を維持しようとするも。
「ン?
こレ、なんダ?」
不思議そうに見つめ、メラクが足を動かした次の瞬間には――
バキッ!
一瞬にして、氷は砕け散った。
そして、そのまま――
ザクッ
「……え?」
背後で聞こえた音。まるで、何かを貫いたような。
(……まさか)
私の右横を通り、伸びる触手の先には――
「リーナ……
ごめん、なさ……い」
ドサッ
胸元を貫かれ、崩れ落ちるアリス。
(守れ、なかった)
膝から崩れ落ちる私。
目に映るのは、アリスの傷口から広がる――
(紫の、斑紋……
っ獅子の、いやフェリスの毒も……!)
……こいつの、仕業か!
「キレい。
きれいに……なる、ヨ!!キャっきゃっ!」
笑うメラク。
そしてその小さな目は、私の方を向き――
「……ン?」
はたと、一点で止まる。
「っ……
まだ、まだだっ……あと、少しで!」
その目線の先には――光りに包まれるカイルと、そして――
「……オマ、え」
ズズ……!
にわかに、その動きが早まる。
(っまさか)
目線は、もはや私を捕えてはいない。
「ぅ゙……」
その先にいるのは――倒れる、フェリス。
「やっタ……!
まタ、会えタっ……ネ!」
嬉しそうな様子のメラク。
(……『また』?
何を、言って)
混乱する私をよそに、メラクは続ける。
「こんドは……
ちゃんト!」
触手が、フェリスの方を向く。
「キレいに……!
して、あゲる!」
無数の触手が、フェリスを狙って放たれ――
『それは。
そんなことを――許した覚えは、ないわよ』
ビュッ!
風を切る音。飛んでいくのは――小さな、瓶の破片。
「……キャっ!」
メラクの顔の包帯が、小さく切れる。
ドロッ……
その中から出てくるのは、形をなさない液体。
咄嗟に触手の一本でその部分を押さえつつ、怒りに満ちた声を発する。
「よくモ、やってクレたな……!」
そして、その破片を彼に向かって投げた者――私を、振り向いた。
(フェリスに、アリス。
私の……大事な人たちを)
「……おい、お前。
ふざけてんのか?」
拳を握りしめ、自身のふらふらの身体を無理やり立たせる。
「……ン?
メラク、ワルくない。いいこと、した……あの方の、ためニ゙!」
バッ!!
ガラガラガラ!!
無数の触手を、天上に突き刺す。
「……祈ってんのか?その『あの方』ってやつに」
「うン!
メラクの、大事な……アルテミスさまっ!」
キャッキャッ。
更に笑うメラク。まるでその笑い声は、純真無垢な子供のようで。
「……そう。
アルテミス、ねえ」
カツッ、カツッ
硬い地面を感じながら、メラクに向かって進む。
(なんだろう、この感覚)
相変わらずふらふらで、意識も朦朧としているけれど。
「ユルさない……
キレいな、キレイなメラクの身体に……っ!」
(『……うふふっ』)
「『なんだか。
……悪い気分じゃ、ない』」
バシッ!
私に向けて、触手が放たれる。
「ころスこロすころスコロスコロスころす!!!!」
何本も、何本も。狙いの定まらないそれは、周囲を破壊し尽くす。
ガラガラガラッ!
背後の壁が崩れ、出てきたのは――
『……リーナちゃん』
美しい、女性の像。
偽物の。いや、先代の魔王城の地下に眠っていた。
『また、会えたわね』
「……妖精さん」
(……あったかい)
感じるのは、何かに包まれるような安心感。
キンッ!
メラクの触手を、私の周囲の光の壁が阻む。
「……なン、デ?」
キンッ、カキンッ!
何度も何度も。触手は、届かない。
『……さあ、リーナちゃん』
懐かしい声。
ずっと前、はるか昔から、聞いていたような。
「きれい……ね」
アリスと、フェリスを振り返る。
苦しげに、死と戦う彼女たち。
「……こんなのが、キレイだっていうんなら」
小さく、笑う。
不敵に、残忍に。まるで――彼のように。
「お前にも、してやるよ」
湧き上がる力。
『――さあ』
「……うん」
(行くよ)
声とともに、叫ぶ。
「『綺麗な、綺麗な。
死に化粧、してあげる』」




