23.迷宮と迷子、そして絶望
「……私達、迷っちゃったみたいです」
真っ青な顔で、そう告げるアリス。
「……え?」
思わず、フェリスを追いかけていた足を止める。
(……そういえば)
耳を澄ませど、聞こえるのは――かすかな、風の音のみ。
「さっきまで、他の班の人たち……いた、よね」
「……それだけじゃなくて。
魔獣の気配も」
困惑した表情で、アリスは続ける。
「一切。
――感じられないのです」
(魔獣も人も、いない……!?)
ここは魔国でも有数の迷宮。
数々の冒険者が踏破し、探索し尽くされた場所だ。
(なのに、そんなこと……有り得るはずが)
「……お、おほほ!!」
突然聞こえてくる、妙に焦ったような笑い声。
「ま、まあ来てしまったものは仕方がありませんわ!このまま探索を――」
「……フェリス」
無表情で彼女に詰め寄る私。アリスも無言で加勢する。
「な、なんですの?わたくしは知りませんわよ!
た、ただ単に魔獣を狩り尽くそうと思ってここに入ったら、それがたまたま地図にのってない場所だっただけのことですわ!」
「だからやめろって言ったのにぁぁぁぁぁ!!!」
(あの時、止めておけば!!!)
そう、おそらくこの迷子……フェリスの暴走によるものなのだ。
――話は、およそ一時間前に遡る。
「フェリス、流石にもう次の階層行ったほうが良いんじゃ……」
「まだですの!!狩り尽くしていませんわ!
なんか……この方面に進めば、強い魔獣に出会える気がしますわ!」
「ま、待ってくださいフェリスさん〜!!」
斧をぶん回しながら走るフェリス。無駄に早いので追いつくのが大変である。
「……ってか。
フェリス、強いよね」
こっそりアリスに耳打ちする。
「はい、かなり強いと思います。
私では、実技で彼女に勝つのは無理ですね……」
超速で振り回される斧は、小さな魔獣を一網打尽にしながらも全く鈍りを見せない。
(さっきなんか、身長サイズはある魔獣を一刀両断してたもんな……)
『おりゃー!ですわ!!』
その一撃で葬り去られた彼が、その階層のボスだったことを知った時の衝撃といったら。
「言葉通り、本当に斧で攻撃も防ぎ切っちゃうのですもの。
……回復薬、せっかく持ってきましたのに」
残念そうに自信作をしまうアリス。
(確かに、さっきから私達も戦ってないもんなぁ)
無論、フェリスが狩り尽くしているからである。
「……もしもあの時、決闘を受けてたら」
(私も、あの魔獣みたいに)
頭からきれいにぱっくり二等分された様子を思い出し、思わず冷や汗をかく。
(ベル先輩、ありがとう……!!!
……武闘大会、頑張らないとな)
脳内であの有能な副生徒会長様に感謝していると、突然アリスが叫んだ。
「フェリスさん、危ないっ!!!!」
見ると、フェリスの横の壁が崩れ――
「な、なにあれ……!?」
(デカすぎない!?)
中から現れたのは、迷宮の高い天井につくほど巨大な――魔獣。
「ウギュァァ゙ァ゙!!!!」
象のようなその魔獣が、大きな二本の牙を振り回し一直線に向かうは――
「フェリス、逃げてっ!!!」
(あんなに大きい魔獣、流石のフェリスも……!)
言い終わるやいなや、魔物の牙はフェリスの顔を正確にロックオンする。
「っ……!」
突っ込んでくるその牙を、間一髪で躱すフェリス。
しかし流石に無傷とはいかなかったようで、その頬には真新しい一本の赤い線が。
(まずい、なんとかしないと……!)
指輪をつけた手を前に出し、フェリスが逃げるまで時間を稼ごうとした……のだが。
「これは……
倒しがいが、ありますわね」
嬉しそうな声と、お上品な微笑み。しかし、その次の瞬間――
ガキッ
「フェリス!?」
彼女の斧が、魔獣の巨大な牙を受け止めた。
「フェリスさん、それはおそらく『サエウィティア』です!!!
中位の魔獣の中でも、特に凶暴とされる固有種……!」
アリスは必死に声を張り上げる。
「私達には強すぎる相手!どうか戻って――」
「ぐぬぬぬぬ……!!
お、れろ……ですわ!!!」
しかしフェリスは、歯を食いしばって斧を上に押し上げる。
ピキッ、ピキピキッ
「グ……グルァ゙ァ゙!!!」
そんな彼女を抑え込もうとしているのか、魔獣も獰猛な叫びを以て応戦するが。
「わたくしは、決して負けない……!
戦士、ですのよ!!!!」
バキッ
フェリスの力に押され、魔物の牙が下から折れた。
「グルァ゙ァォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!!!」
体制を崩す魔獣と、鈍い音を立て落ちる巨大な牙。
それを素早く避けながら、フェリスは斧を構え直す。
「隙あり、ですわ!!」
キーン
真っ赤に染まった斧が、空中を切る。そして――
ザシュッ
「グアァ゙ァ゙ァ゙………ァ゙」
ドスッ
――沈黙。
(フェリス。
……あんた、強すぎだ……)
私もアリスも、言葉を失い立ち尽くす。
当のフェリスはというと、倒れた魔獣の上に斧を突き刺し何やら叫んでいた。
「ふんっ!
なかなかやりますわね、冴え渡りとかいうヤツ!」
「『サエウィティア』ですよ、フェリスさん……」
「同じようなものですわ!
……って、あら?」
くんくん、すんすん
何やら突然、フェリスが周囲をかぎ始めた。
ぴたっ、と静止した彼女の前には……先程魔獣が出てきた、大きな横穴。
「……何やら、この奥から変な匂いがするですわ!」
「犬か!?あんた犬か!?」
「きっと強い魔獣がいるですわ!行ってみるですの!」
「待て待て待て、何が起こるかわからないし一度止まって次に……
って、聞いてないな!!」
猛スピードで走り出すフェリスに、取り残される私達。
「……アリス、これどうしよう……」
「んひゃっ!?な、なんのことです?」
(アリスが人の話聞いてないなんて、珍しいな)
見ると、アリスは落ちている牙を切り出していた。
「リーナ、見てください……!
サエウィティアの牙、しかもこんなに状態が良いだなんて……!」
キラキラした表情で語るアリス。
「……それ、そんなに貴重なものなの?」
「はい!市場ではかなり高値で取引されますよ、固有種ですから希少性も高いです」
「ほう、確かに綺麗な牙だもんね」
「それもありますが……何よりいくつかの魔獣は、魔法で倒した場合素材がボロボロに崩れてしまうのです」
魔力の影響なのでしょうか、と残念そうにアリスは呟く。
「フェリスさんが力技で倒してくださったからこそ、こんなに綺麗な状態で手に入ったのですよ……!」
うっとりと牙を撫でるアリスを見て、私はあることに気がつく。
「ねえ、アリス」
「は、はい?」
「この迷宮って、持ち帰ったもので評価が決まる……んだよね?」
「ええ、そうですが……それが、どうかしましたか?」
頷くアリスを見て、私はニンマリと笑う。
「なら……このままフェリスの後についていけば」
(希少素材ゲット!私の評価バク上がり!)
大切そうにかばんに牙をしまうアリスの手を取る。
「留年、回避じゃああああ!!!」
「リ、リーナ!?突然どうしたのですか……って、早いですーー!!」
(フェリスさん、一生ついてきます!!)
勿論猛ダッシュで向かう先は、フェリスが入っていった横穴の、その奥。
(我ながら、なんて妙案!これで単位は安泰だな!)
「――なんて思った私もバカだったぁぁぁぁ!!!」
(今思えば、あの時引き返していればこんなことには……!)
悶絶する私。今の回想的に、どうやら私にも非がありそうだ。
(目先の利益に心奪われてしまった!)
反省と自責の念にかられジタバタしていると――
「な、なんか宝箱あるですわ!きっとお宝ですわ!」
いつの間にやら逃げていたフェリスの声が、奥から聞こえてくる。
(宝箱なんて、そんな嘘で誤魔化されないからな!)
とりあえず来た道を戻り、皆と合流しようとフェリスを連れ戻しに奥へ行くと。
「……ぬおっ!?」
「リーナ、あれ……!」
(ま、まじの宝箱では……!?)
開かれた重厚な扉、そしてその奥に設置されているのは――巨大な、金色に輝く宝箱。
左右に施された宝石の装飾の数々、それだけでも十分……
「オカネ……ナリソウ……」
「ち、ちょっとリーナ!?」
(オカネ……オカネ……)
ふらふら〜っと宝箱に近寄る守銭奴・リーナちゃん。全力で目先の利益を追い求めている。
「もう、何かあったらどうするんですか……!」
怒ったように後ろから追いかけてくるアリスと、既にバッチリ中に入っているフェリス。
「さて、どんなお宝が――」
宝箱に手をかけ、中身を物色しようとした、その瞬間。
「……グルルルル」
耳にかかる、生暖かい息。
「リ、リーナ……」
怯えたようなアリスの声。
嫌な予感に、ゆっくりと視線だけを動かす。
そこにあったのは――
巨大な牙。
滴る唾液。
鬣の中からこちらを見下ろす、金色の瞳。
ドクンッ
心臓が、嫌な音を立てた。
「なんで、ここに……」
震える声で、アリスが呟く。
「そんな、はず……ないのに」
そして。
絞り出すように、その名を告げる。
「……『咆哮』」




