22.迷宮課外活動
「リーナ、今日は1日課外活動だそうです。
楽しみですね!」
ウッキウキで校庭に向かうアリス。その反面、私の内心は恐怖でいっぱいである。
(どうしよう……これ以上、単位は落とせないッ!)
地獄の小テストから数週間、結果は……聞かないでほしい。
『……はぁ』
『ひえっ』
何度マオ……いや、ノワにため息をつかれたことか。
(兄弟関係の平穏のためにも、なんとしてでも今回はまともな成績を取らねば!!)
「……ってことで」
くるっとアリスの方を向いて尋ねる。
「その課外活動って、何するの?」
「……リーナ、以前の授業で説明がありましたが」
「うーん」
(そ、そう……だったっけ?)
人の話は聞いたほうがいいですよ、とでも言いたげなアリスの目。
精一杯の謝罪と嘆願の目で見返すと、渋々説明してくれる。
「……課外活動というのは――」
「迷宮探索!ですのよ!!」
アリスの説明を突然遮るお嬢様言葉。そう、例のあの人である。
「フェリスさん!」
「アリス様、ごきげんよう」
「ごきげんようです!」
「リーナ様は、昨日の補修以来ですわね」
「そ、そうだね……ごきげんよう、というかこんにちは」
挨拶を返しながら、私はそっとアリスの後ろに避難する。
(いい子……ではあるんだけど)
あれから数週間。お互い座学ピンチなこともあり関わり合いは多く、段々と仲良くはなってきたのだが。
(初対面の、あのイメージのせいで少し苦手なんだよなぁ)
ベルに良く言い聞かせられた影響なのか、あれからフェリスに決闘勝負や退学の話をされたことは一度もない。
(話してると、素直なんだろうなとは思うし。できれば普通に、友達として接したい)
「フェリスさん、ところで背中のそれは」
「斧ですわ!迷宮には色々な仕掛けがありますの、それを全部ぶっ壊すのに最適ですわ!」
「いや、仕掛けはぶっ壊すものじゃないのでは!?」
「戦士たるもの、行く手を阻む障害物は全て排除するのですわ!」
身長ほどもある巨大な斧を担ぎ、ふふんと笑う脳筋。いったいどう育ったらお嬢様がこんな風になるというのか。
「二人とも、つきましたよ!確か集合はここ……のはずですが」
アリスの指差す先には、確かに一年生が全員たむろしている。
勿論、中にはあの憎たらしいカイルとその取り巻き二人の姿も見えるのだが。
(……でも)
「ここ、どう見ても単なる校庭の一角だよね」
「ですね、とても迷宮には見えません」
不思議そうにあたりを見回すアリス。他の生徒達の頭の上にも、一様にハテナマークが浮かんでいる。
「場所はここではありませんの!多分ここから移動するのですわ!」
「移動……?」
「結構遠いところなのですわ!」
「飛行魔法……はまだ習っていませんよね。どうやって行くのでしょうか」
すると、ざわつく生徒たちを静める低い声。
「全員揃ったか。
では早速、出立するとしよう」
マオである。こちらに歩み寄ってくる彼の手には――謎の本。
「マオ先生、それは?」
「ああ、魔道具だ。
空間ごと転移できる。これでお前達を迷宮まで送ろうと思ってな」
サラッと返すマオ。しかし、その一言に再び教室は騒然とする。
「く、空間ごと転移って……そんなの、国宝級じゃ」
「そんな魔道具、一体どこから……!」
(確かに、そんなものがあるならわざわざ飛ばなくても良い気がするけど……)
動揺する生徒たちに、本をパラパラめくりながらマオは面倒くさそうに答える。
「色々制約が多いのだ。事前に現地に行って印をつけた2点間しか移動はできん。
それに――」
目的のページが見つかったのか、マオはめくる手を止める。
「単純に、コスパが悪い。
必要な魔力量が多すぎる、並の魔族では魔力を吸われて死ぬだけだろうな」
そう言って、そのページに軽く手をかざすと――
ピカッ
光が私達を包み、その眩しさに思わず目を瞑る。
ガラガラガラッッ……
「おわぁ、なんか揺れてる!?」
「リーナ、私に掴まってください!」
「おーっほほっほ!ぶっ潰してやるですわ!」
まもなく地面が揺れ始めた――と思った、次の瞬間。
フサッ
足の裏に伝わってくるのは、先程までの硬い地面ではなく――柔らかい、草の感触。
「ほう、案外早くついたな」
マオの一言に目を開けると、そこには。
「……
……ほわぁ……!!!!」
信じられないくらいに、大きな洞窟が。
ぱっくりと割れた穴の中は見えず、油断すればその暗闇に飲み込まれてしまいそうだ。
(これが、迷宮の入り口ってことか。
もっと、荒れた感じのを想像してたんだけど……)
高い崖の横に空いた穴の周りには、それを彩るように豪華な建造物まで見える。
冒険者というやつだろうか、周囲には重厚な装備に身を固めた魔族たちの姿。
「なんだか、一つの街みたいだね」
美味しそうな香りとともに飛び交うのは、陽気な商売人達の声。
「いらっしゃっせー、迷宮の前に腹ごしらえなんてのはどうだい?」
「いやいや、装備を整えるのが先さ!ほらにーちゃん、この盾今ならお安いよ!」
「うおお……!!」
(賑わってるな〜、有名な場所だったりするんだろうか)
迷宮の前には、お祭りの屋台のようにずらっとテントが並んでいる。
ふと横を見ると、アリスが何かに気づいたように声をあげる。
「ここってもしかして、ファーブラ迷宮!?
こんなに遠いところに、一瞬で……!」
「アリス、知ってるの?」
「ええ、魔国の中でも有数の迷宮です。
ここを所有してらっしゃる公爵様……確か、レオ様のお父様はこの迷宮を一つの商売とすることで、莫大な富を得てらっしゃるとか」
「腕試しや訓練のために、魔国中の魔族たちが集まるのですわ!」
(人が集まればお金も動く。なるほど、観光業みたいなものか)
「……ってかあれ美味しそうだな」
食べ物に気を取られていると、マオが生徒たちに指示を出し始めた。
「これからお前たちには、この迷宮に潜って魔獣と戦ってもらう。5時間後にここに集合、回収した素材は評価の対象とする、持ち帰ってこい。
以前作った回復薬は持ってきているな?」
ギクッ。
(そ、そんな指示あったのか……)
焦っていると、アリスが両手いっぱいに瓶を持ち笑顔で告げる。
「大丈夫ですよ、リーナの分まで私作ってきました!」
「神かっ!!君は神なのかっ!」
神様仏様アリス様、一生ついてまいります!!
「わたくしは斧で防御するので必要ありませんわ!」
「フェリスさん、すごいです!」
「……す、すごいのか?」
流石の脳筋っぷり。この子本当にお嬢様なのだろうか。
「安全のためにも、3人くらいでまとまって進め。
各階層には転送装置があり、そこを踏めばいつでも地上に戻ることが出来る。俺も一緒に潜るゆえ、そこまで危険なことはなかろうが……」
仮面が私の方を向く。まっすぐに、釘を刺すかのように。
「くれぐれも、無茶はしないように」
「「「はーい!」」」
(うぐ……気をつけます)
各所でグループが作られ始める。
「フェリスさん、リーナ!行きましょう!」
「任せるのですわ!全部ぶち壊して切って殴ってボコしますわ!」
「おわああフェリス、斧振り回さないで怖いよおおお」
私達3人も、そのままの流れで一緒に迷宮へ。
入り口では地図と小さな短剣が配られていた。
「わたくしは斧で十分ですわ!」
「私も地図だけで大丈夫です。リーナはどうしますか?」
「んー……一応もらっておこうかな」
(魔獣との戦闘経験、0だからね。武器は大いに越したことはない!)
ありがたく、どちらもお借りしておく。
「この地図、各階層の魔獣の弱点とかまで書いてありますよ!」
「全部で10層、ぶっ潰しがいがありますわ!」
地図を見れば、隅々まで詳しく描かれた全容。
余程多くの先人達が潜ったのだろう、完全に探索し尽くされたという印象を受ける。
(見た感じ出る魔獣もそこまで強くはないし、初級者用の迷宮ってことか)
「それでは……行きましょう!」
「「おー!」」
アリスのあとについて、迷宮の中へ。
(……まあ、アリスもいるし大丈夫か)
安全面の心配はせずとも、私の脳裏の浮かぶのは……ノワの顔。
(あの顔。
……ここで結果を出せなかったら、本気でまずそうだ)
次は本気で補修どころでは済まないだろう。
内心で、私は強く決意する。
(絶対に。
成果を、持ち帰る)
――なんて、思っていたのだが。
(入ってから、もう二時間くらいかな)
息を切らしながら、私は思う。
「フェリス、早いよー……」
「何を言ってるんですの、全部の階層の魔物を掃討しきってこそですわ!」
斧を振り回し突き進むフェリスと、それを追いかける私。しかし――
「ん?アリス、どうしたの?」
動こうとはしないアリス。彼女が一点に凝視しているのは――手元の地図。
「……リーナ」
深刻そうな表情。そして彼女は告げる。
「こんなところ、地図にありません。
……私達、迷っちゃったみたいです」




