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21.龍の戦士

※軽い流血描写あり

『カルロス、いつもごめんなさいね』


 病床で弱々しく微笑むのは、一人の女性。


 病による心労からか、美しい黒髪にはところどころ白髪が交じる。


『いいってことよ、姉さん。これくらい、お安い御用さ』

『ふふっ、頼もしいわ。ありがとう』


 真新しい服を姉に着せてやりながら、カルロスは豪快に笑う。


『それでカルロス、あの子の様子はどう?』

『流石は姉さんの子、元気いっぱいですくすく育ってるぜ。

今日なんか、片手でこーんなでっかい木を割りやがった』

『まあ、それはすごいわね。帰ってきたらたっくさん褒めてあげないと』

『おうよ!あいつが里長になるのが、今から楽しみでならねえぜ』


 二人で楽しげに語り合うその姿は、まさに仲の良い姉弟そのもの。


ガチャリ


『……お母様、只今戻りました』


 扉が開く音とともに部屋に入ってきたのは、黒髪の幼い少女。


「おっ!噂をすれば、だな」

『おかえりなさい、カルロスから聞いたわよ。

そんなに立派になって、私も安心――』

『母様』


 嬉しそうに褒める母とは対照的に、少女の顔は暗い。


『どうしたの?何か嫌なことでも』

『死んじゃうの?』


 その言葉に、はたと動きを止める。


『わ、わたくしのせいで……母様、死んじゃうのですか?』


 今にも泣き出しそうな少女。驚いたように目を見開いた後。


『……母様?』

『大丈夫よ、泣かないで。

あなたのせいじゃ、ないのよ』


 よしよし、と頭を撫でながら彼女は静かに語る。


『私達、竜の一族(ドラムス)はね。魔族の中でもかなり特殊なの』

『とく、しゅ?』

『特別、ってことよ。

むかーしむかし、旧い神様が魔王に覚醒した時、地上に膨大な魔力が溢れた。

その時竜から魔族へと進化したのが、私達なの』


 撫でることはやめず、そっともう片方で胸に手を当てる。


『魔族はね、番って子を成せばほとんどの魔力を失ってしまう。最悪、どちらも死に至るわ』


 それでもね、と彼女は続ける。


『……それでも、私達はその道を選んだ。

数少ない竜の同胞と番い、自らの気高き血を。誇りを、子孫に伝える道を選択したのよ』


 そう言うと、撫でていた手を少女の胸へと添える。


 まるで自分の身体に流れる血が、たしかに少女の心臓にも流れていることを確認するかのように。


『あなたは、私の誇りなの。たとえこの命に代えてでも、後悔はしない。

……愛しているわ』

『……かあさま』

『そんな顔しないで、大丈夫よ!』


 ふんっ、と両手で力こぶを作ってみせる。


『あなたが私の跡を継いで長になるまで、死ぬわけにはいかないわ!』

『ガハハ、流石は姉さんだ!頼もしいぜ』

『ふふっ、カルロス!まだまだあなたには負けませんからね』

 

 快活に笑う二人に挟まれ、少女の顔も次第に明るくなる。


『……うんっ!

立派な長になれるように、わたくしも頑張ります!』


 ていっ、と地面に一突き。


ボコッ


『あっ』

『おい、これ……』


 穴の空いた床を見て、焦りだすカルロスと少女。


『……ねえ』

『ひっ!

お、おじ様!わたくしは、先に部屋にもどっていますね!!』

『おい!待て、これじゃ俺が姉さんに!』

「……カルロス。あなた、力加減はちゃんと教えたんでしょうね?』

『ひいっ!!!

か、勘弁してくれよ姉さん!』

『しません、全くあなたは昔から――』


 その巨体に似合わず、情けない顔でお説教を食らうカルロス。


 それでもその顔には、『今』への確かな満足感が浮かんでいた。


(だが。

そんな幸せは、長くは……続かなかった)


 その、ほんの数週間後。


『キャアァァァ!!!』

『あなた達は、あなた達は一体……!!』

『たすけて、おかあさ……』


グサッ


『おか、あ、さん……』

『いやああああ!!!!』


 燃える家々と、逃げ惑う里の人々。そしてそれを無慈悲に蹂躙する、謎の一団。


 階下の惨状に対し、必死に矢を射かけながらカルロスは呟く。


『……くそっ!どうして里の位置がバレた!!』


 竜の一族(ドラムス)の力は恐ろしい。魔法こそ使えずとも、膨大な魔力で肉体と武器とを強化して戦う彼らは、時として単純な(パワー)では魔王をも上回る。


 だからこそ、年々数を減らす彼らは戦いの道具とされることを恐れ……はるか山奥の、秘境へひっそりと移り住んだのだ。


『っだめだ!持ちこたえられねえ!!』


 次第に迫る軍を前に、カルロスはある決断を下す。


『……姉さん。

その子を連れて、逃げてくれ』

『なっ……!!!』


 怯える少女を脇に、壁にもたれかかって立つ女性。


 苦しげな息をしながらも、その立ち姿には確かな気品が感じられる。


『何を言うのですかカルロス!!

私達は戦士です。この身が果てるまで戦い、大切なものを守るのが役目――』

『お願いだ!!』


 地面に頭を擦り付け、必死に願うカルロス。


『お願いだ姉さん、その子を……俺達の、希望を。

どうか、どうか守ってくれ!!』


 その言葉に、女性の目は揺らぐ。


『……しかし、里の者を見捨てるなど』

『俺が、守ってみせる』


 対するカルロスの目に浮かぶのは、確固たる決意。


『だからお願いだ。

俺が、表で引き付けている間に……姉さん達は、裏から逃げてくれ』

 

 数秒の沈黙。


『……わかりました』


 幼い少女を抱き上げ、女性は言う。


 その姿に――もう、迷いはない。


『……ありがとう、姉さん』


 洗練された動きで、部屋の扉へ向かう。


 病に侵されているとは思えないほど――その姿は、龍の戦士に相応しいもの。


『カルロス』


 振り向きざま、彼女は弟に声を掛ける。


『また会ったときには、たっぷりお説教ですからね』


 次の瞬間、彼女の姿はもうない。


『……また会った時、か』


 迫る敵の怒号を背後に、カルロスは軽く笑う。


 大剣を、構え直し。


『賊どもが!!!俺が、相手してやる!!!』


 表に、飛び出す。


『俺の名はカルロス。

気高き、竜の里の―――戦士だ!!!!!!』


 群がる敵。それをなぎ倒す彼の頭には――二本の、龍角。


『うおりゃぁぁぁぁ!!!!!!』


 傷つき、血が肉を染めようとも。


『やぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 その歩みは、止まらない。


ドサッ


 長い戦い。その末に、場に残るのは――死体の山。


 中心に、ただ一人立つのは。


『っはぁ、はぁっ……』


 大剣に体重を預け、今にも倒れそうな彼は……それでも、笑う。


『どう、だ。これ、が……りゅう、のちか、ら。

……っぐはっ』


 ついに力尽きた彼は、その場で倒れる。


『まだ、だ。

ねえ、さん』


 傷ついた身体を引きずって、彼が向かうのは――誰よりも大切な、姉と姪が逃げた場所。


『また、あって。

せっきょ、う……してくれ、よ』


 やっとの思いで、彼がたどり着いた先には――


『ねえさ、ん……



……え?』


 愕然とするカルロス。


 目線の先にあるのは、破壊された馬車。


『なん、で?』


 それは彼女が乗るはずで、とっくに出立してるはずの。


『……ねえさんっ!!』


 ボロボロの身体が悲鳴をあげるのにも構わず、彼は一心に馬車を持ち上げる。


『……あ』


 その下にあったのは――彼の姉の、遺体。


 何度も殴られ、刺され。


 それでも彼女は中に何かを守るように。


 小さな身体を、その腕の中に抱え込むように――身体を、丸めていた。


『……う、うわぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!』


 何も、聞こえなかった。


『あ、ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!』


 竜の谷に響き渡る、嘆きの咆哮。


『チッ。うるさいわね、だからお前ら竜の純血(ドラムス)は嫌いなのよ。

獣のように叫んで、暴れて……魔法も使えないし、野蛮が過ぎるわ』

『……ぅ゙?』


 そんな彼に、心底嫌そうに歩み寄るのは――


『ミザー、ル?』


 掟を破り、下界の魔族の男と番った女がいた。


 「子に罪はない」と、死んだ両親に代わって里が大切に育ててきたはずの――その娘。


『ま、さか。おまえ、が……』

『ご明察!考える頭ぐらいはあるのね。

そうよ、この里の場所も――この抜け道も。アタシが、教えたのよ!!』


 甲高い声で、興奮したように叫ぶミザール。


 呆然とするカルロスに、彼女は告げる。


『んふっ、可哀想に。でもしょうがないわよねえ、黙ってあのお方の言う通りにすれば良かったのに。

選ばれた存在に従うこともできないなんて、本当に出来損ない』

『あの、おかた……?』

『あんたの姉にでも聞けばいいじゃない。

……って、そうだったわ。そういえば、もう死んでたわね!!!』


 高笑いするミザール。その足が踏みつけるのは――彼の、姉の死体。


『おま、え……!!』

『んふふっ、怒っちゃった?

でもね、感謝してちょうだい』


 死体から流れ出る血は、ミザールの手へ。


『あんたのだーいすきな!こいつの血で!』


 それは徐々に形をなしていき、鋭い刃のようになる。


『あんたを。

こいつのところへ、送ってあげるから!!』


グサッ!


 赤い刃が、カルロスを貫いた。


『……ぐぁ゙っっっ』


 口から血を吹き出し、倒れるカルロス。


 そんな彼が、最後に見たのは。


『ああ、これでアタシも幹部に……!』


 恍惚とした表情で、祈るように手を空に突き出して。


『この勝利を、あのお方……



我らが、アルテミス様に!!!』




(……あの日、俺は全てを失って。

そうして――拾われたんだ)


 ゆっくりと、土煙の中から立ち上がる。


 貫かれ、動きの止まった己の心臓。


 それを彼は――


ドゴッ


「オマえ、ナニをして……!」

「あ?見りゃ分かんだろ、血を送ってんだよ」


(気高き竜の血を、ここで絶やすわけには……いかねえからな)


「……よし、っと。

こりゃ、あとでブラン様に治してもらわねえとな」


 自身の胸に空いた穴を見て、カルロスは呟く。


 そして――


「……ハハハッ、ハハッ」

「ナニを、笑っテ」

「いや?俺ぁ、運がいいと思ってな」


 笑いながら、大剣を片手に持ち直す。


「お前さっき、幹部とか言ってたよな?

……そん中に、もしかしてミザールってやつぁいねえか?」

「ミ、ミザール……『水龍』カ?」


 その単語を聞いた途端、カルロスは残忍に笑う。


「ハッッハッハッ!!ほんっとうに俺ぁ運がいいぜ!」

「ナ、なニが」

「ミザールに、アルテミス……!

あの日から10年、ずっと掴めなかった手がかりが、今ここに!!」


 ちぎられた手足を、必死に再生しようとするメラク。


 しかしそれより早く、カルロスの大剣が――周囲を、薙ぎ払った。


「なぁ、知ってるか?」


 いつの間にやら、カルロスはメラクの目の前へ。


 その二本の角と目は、まるで血のように赤く光る。


「ひ、ひイィっ!」

「戦士ってのはなぁ」


 大剣を、振りかざす。


「挑まれた勝負は。


絶対に、受けるんだぜ?」


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