19.出場の決意と最大の危機
「顔を上げてください、ベル先輩。
……改めて、そのお話。お受けします」
途端に、きらりと輝く彼女の目。
「本当に……本当に、ありがとうございます!」
「いやでも、勝てるかどうかは別ですからね!?」
(だってノワの言っていた2つの可能性の前者……
魔道具に『細工』されてた場合は絶対に負けるわけだし!!)
思ったより重い期待に焦りつつも、私はそっと指輪に触れる。
「……最善は、尽くしますよ」
自分の出せる限りを。期待に答えられるかはわからないけど、それでも出し尽くそう。
「そうと決まれば、早速許可を取らなくてはいけませんね!」
「許可……え?」
「勿論、リーナさんの出場資格です!最低学年は本来出場できませんから、頭を下げてでももぎ取ります!」
そう言って、彼女は懐から小刀を取り出す。
「……あの、もしかしてそれって」
「無理だとしても。腹を切って、押し通します!」
(やっぱりその気だったあああ!)
慌てて彼女を止める私。
「あの、そこまでしなくてもいいんじゃ」
「あの仮面は、『戦場で受けた女神の呪いを軽減するため』と言われています。
数々の死線を切り抜けてきた有志の証でしょう、こちらも死ぬ気で臨まねば……!」
目をらんらんとさせ、そう呟くベル。
(いや、仮面って――)
「もしかして、ノ……いや、マオ先生に許可を?」
「はい。新しい魔法実技科の管轄、同時に武闘大会の責任者でもありますから」
(そういえばそんなこと言ってたな。
……ってか、あの仮面そんな噂になってるのか)
朝のベアトリスの話を思い出しながら、私はそっと今にも抜かれそうな小刀を押さえる。
「それなら多分、大丈夫だと思いますよ」
「大丈夫、とは?」
「すぐにオッケーしてくれると思います、100%確実に」
(何しろ私に『受けてこい』って言った張本人ですからね!)
少し不審そうな顔をした後、ベルは小刀を収めた。
「ちなみに、この後私マオ先生のところに用事があるのですが。
ベル先輩、一緒にどうですか?」
「おや、それは好都合ですね。
ぜひご一緒させていただきたいです」
制服の乱れを直すその姿は、どこから見ても模範的な副生徒会長。
扉を開けた彼女に先導され、私もマオのところへ向かう。
「……はあ、しかしこれもレオの思惑通りなのかもしれませんね」
道中、腹立たしげに呟く彼女。
「思惑通り、って?」
「先日、レオにこう言われたのです。
『ああ、今年も武闘大会の優勝は僕のものだろうね。
君たち黒が勝ちたいなら、あの首席……リーナ君でも連れて来ることだ』――と」
「それはなんか……挑発されているのでは?」
「まあ、彼にとっては冗談のつもりなのでしょう」
むうっ、と両頬をふくらませるベル。冗談を言い合えるあたり、二人の付き合いは長いのだろう。
「しかし!我々にとっては冗談で済まされることではないのです。
……たとえ、彼の思惑通りだとしても。これは必要な犠牲です!」
鼻息荒く、そう叫ぶ彼女。結構熱い人なんだな、とか思っていると。
「ここ、ですね」
急に、彼女の雰囲気が張り詰めた。教室に到着したらしい。
「……失礼します」
ノック。
「入れ」
その言葉と同時に、彼女は扉に手をかけ中に入る。
(フェリス……は、いないな。もう帰っちゃったのか?)
一緒に呼び出しを食らっているはずの棍棒お嬢様の姿は見当たらず、教室にいるのはマオ一人。
そのマオは、何かを書きながらちらりとこちらを一瞥する。
「……お前、たしか副会長だったか。
何の用だ?」
「マオ先生。武闘大会について、少々提案をさせていただきたく」
「ほう、提案とな」
何やら威圧感を発するマオに、しかし彼女は恐れる様子もなくツカツカと歩み寄る。
「ここ4年間、黒は十八番とも言えるはずの大会において負け続けています」
「ああ、聞いている。何やら白の会長が、異様な方法で連勝しているとか」
「おっしゃるとおりです。このままでは、彼は黒の当主――魔王様しかなし得なかった、在学中の連覇を達成してしまう。
……ですので、その打開策として。リーナさんに、出場許可をお願いしたいのです」
どうかお願いします、と頭を下げるベル。
「異例の事態であることは理解しています。浅慮であるということも――」
「分かった、許可しよう」
こともなげに言うマオ。一瞬何を言われたのか理解できず、硬直するベル。
「そもそも一年生の出場が、禁止されているわけではないのだ」
「で、ではなぜ」
「最初のうちは、学業に集中し学園での生活に慣れてほしいから……と。まあ無言の圧のようなものだな」
そういえば、とマオは続ける。
「ちなみに、証拠として。
その魔王とかいうやつは、大会を6連覇したそうだぞ」
「6……!?と、ということは」
「ああ。周囲の反対と圧と友人からの文句を踏み倒し、無理やり出場したらしい。
……もっとも多少の配慮として仮面を被っていたがために、記録上は『5』なのだが」
少し楽しそうに笑うマオ。そんな彼を、ベルは驚愕の目で見つめる。
「な、なぜそれをあなたが。まさか――」
「話は終わりだ。この話は通しておくから安心しろ。
……だいぶ、時間が経ってしまったな」
そう言って、マオはこちらを向く。
「ハミルトン辺境伯令嬢。本当は、お前にも用があったのだが……」
「ひっ」
「今日はもう遅い。また、後ほどとしよう」
(良かったあ……)
ひとまず怒られることはなさそうだ。安心して、まだ呆然としたように立ちすくむベルの手を引いて扉へ向かう。
「し、失礼しました……!」
「ああ、そうだ。
ハミルトン辺境伯令嬢……リーナ」
扉が閉まる寸前、マオ――いや、ノワは笑って言った。
「そういうわけだから、大会に出るといって学業をおろそかにすることは許さん」
笑っているはずなのに、とてつもなく背筋が凍る。
「無事、進級できることを願っているぞ。
……それではまた、明日会おう」
パタン
扉が閉まる。
(このままだと進級が怪しい、ってこと……だよね?)
肝が冷えるとはこのことだ。流石にまずい。
(た、確か明日は小テストがあった気が……)
「ベル先輩!」
「ふぁ、はい!」
「ちょっと先に帰って勉強します!!単位欲しい!進級したい!」
「っあ、ちょっと……!」
「それでは!」
気分は風。本気のダッシュで部屋へと向かう。
(わからないところはアリスに教えてもらおう!よし!)
「ただいま!どうせ全部わからないからアリス教えて!」
「おかえりなさい……って、一体何を教えれば!?」
びっくりしたように、体は机に向けたまま顔だけこちらに向けるアリス。
「全部!わからないから!」
「……と、言われましても」
カーン、カーン
鳴り響く鐘。消灯が近い合図だ。
「……そういうわけですから、今日はもう寝ましょう」
「え、単位が……私の進級が」
「ほら、紅茶用意しましたから」
自分の将来を心配し涙目の私に、アリスは優しく紅茶を差し出す。
「……美味しい」
それを飲むと、一気に眠気が襲ってくる。
「うー、明日は早起き、する……」
「わかりました、できれば起こしますね。
……おやすみなさい、リーナ」
「おやすみ、アリス……」
(単位……単位……ああ夢に出てきそう、単位……)
――こうして私は、武闘大会より先に。
『進級』という最大の敵に、無謀な戦いを挑むことになるのであった。




