18.覚悟に応えて
「リーナさん、お越しいただき感謝します」
私の前で、丁寧にお辞儀をする副生徒会長――ベル。
「ベル先輩、頭を上げてください。そんなに手間でもありませんから」
「……では、失礼して。リーナさんも、そちらにお座りになってくださいな」
手で示された椅子に座りながら、私は辺りを見回す。
ここは、学園の女子寮の管理人室。その責任者である、ベルの部屋でもある。
(……ずいぶんと、ゴツい部屋だなぁ)
壁一面にかけられた鍵をぽかんと見つめていると、ベルはくすりと笑った。
「おかしいでしょう?かなり昔は、こんなものはなかったそうなのですが。
……とある事件が、起こってしまって。それ以来、この鍵を管理人が扱うことになったのです」
少し俯いて言うベル。
(確かに、この学園の寮……ちょっと変だよな)
もちろん、各部屋には内側から締められるようになっている。
そしてその鍵は、私たち部屋の主が持っている……のだが。
「その鍵って、私たちが持っているものじゃなくて」
「……はい。私たち管理人が責任をもって、消灯時刻にすべての部屋を。
――外側から、締めています」
そう、この学園には内側から締めるものの他に――外側から、締める鍵が存在する。
(消灯時刻過ぎたら、外出られないんだよな……)
まるで、生徒を内側に閉じ込めるかのように設置された鍵。
(その、発端となった事件か。
……気になる)
しかしベルの顔を見る限り、あまり触れてほしくない話題のようだ。
それを裏付けるかのように、彼女はすぐに話題を戻す。
「……それで、リーナさん。
今日ここにあなたをお呼びしたのは、朝も申し上げた通り」
深呼吸して、彼女は急に立ち上がる。
「あなたに、武闘大会に出ていただきたいのです。
……この、通りです!」
そう言うと、彼女は頭を下げた。
その美しい黒髪が地につくのにも構わず、深く深く。
(ち、ちょっとちょっと……!?)
「頭を上げてください、ベル先輩!」
「お願いします……!」
(ど、どうしよう……)
必死に訴えるも、彼女は一向にやめる素振りはない。
「わかりました!わかりました出ますから!」
「……本当ですか?」
「出ますよ!」
(魔王にそう言われちゃったし!!)
半ば自暴自棄にそう言うと、ようやく彼女は頭を上げてくれた。
「ありがとうございます。もし出ていただけないのでしたら、腹を切ってでもお願いするつもりでおりました」
「えそんなに!?なんで!?命かけるほどのことなの!?」
決まりきった覚悟に少々恐怖を感じていると、ベルは安心したように小さく一息ついて再び座り直す。
「……ご存知の通り、この学園では精鋭が集い学年を問わず競い合う――『武闘大会』が行われます。
力を強みとする我ら黒は、現魔王様――黒の当主様が5年連続優勝を果たしてからずっと、その映えある優勝者の座に輝いてきました」
そこで、ぐっと奥歯を噛みしめる。
「しかし。
……ここ4年間ずっと、我らは優勝を逃しているのです」
その表情には、心底悔しさが滲んでいた。
「理由は単純です。
彼が――レオが、強すぎるのです」
「レオ……先輩?」
(あの爽やかイケメン生徒会長、で合ってるよな。たしかに白髪だから白の系統か)
あの人そんなに強いのか、とか思って聞いていると。
「入学して、2年生になってはじめて大会に出場してから。
……そう、四年前からずっとレオは優勝しています」
「そんなに!?」
(中2の段階で、学園で一番強かったってことだよな……)
凄まじいな、なんて思っているとベルは小さく頷く。
「もちろん、我らも対策を考えました。
……あらゆる固有魔法には、弱点が存在します。それを研究しようと、何度も何度も彼の試合を見ました」
しかし、と彼女は続ける。
「……そもそも、彼の固有魔法が。
わからなかったのです」
ぽつん、とつぶやくベル。その表情には、深い困惑がうかがえる。
「彼と相対した生徒は、みなそろってこう言うのです。
『手も足も出なかった。魔法を使う動作もないのに、気づいたときには負けていた』――と」
「魔法を使う動作もないのに、負ける……?」
「ええ。こちらも魔法を撃とうとしても、それができずに終わったのだと」
そして、再度ベルは立ち上がる。
「このようなことを、あなたにお願いするべきではないのはわかっています。
……けれど、今年も彼が優勝してしまえば5連覇――我らが魔王様しか成し得なかった偉業が、彼の、白の手に渡ってしまうのです」
「ベル先輩っ――」
「これでは、当主様に。陛下に、そして黒の同胞に申し訳が立ちません!
どうか、どうか武闘大会に出て、我らの優勝杯を――奪還しては、くださいませんでしょうか!」
必死の形相で、頭を下げる彼女。
(……黒とか白とか、私にはよく分からないけど)
ここまで必死にお願いされて、断るというのは。いや、「ノワに言われたから」で受けるというのも――なんだか、情けない。
(それに、あの出来事が私の実力なのかどうかも確かめられそうだし)
入学試験の出来事。「魔道具に細工がされていた」か、私が「魔王級の才能を持っているか」のどちらか。
「顔を上げてください、ベル先輩」
覚悟を決めよう。私の全力を、出し尽くすつもりで。
私は、彼女の目をまっすぐに見つめて……宣言する。
「改めて、そのお話。
――お受けします」




