9.夕食時のお誘い
「美味しかったぁ……!こんなに豪華な食事が出るだなんて、流石は魔国一の学園ですね!」
夢見心地な表情で呟くアリス。そんな彼女の前にあるのは、空になった大皿。
学園の夕食はビュッフェ形式となっており、彼女の言う通りどれも豪華で味も一級品……なのだが。
「リーナ、やはり元気がありませんが……大丈夫ですか?」
あまり食べない私に、アリスは心配そうに問いかける。
「だ、大丈夫だよ!ほら私、少食で」
嘘である。普段の私であれば、アリスの二倍は食べていたであろう。
そんな私が、なぜサラダを二口三口食べるだけの草食動物と化しているのか。
(あぁどうしようノワに絶対怒られるぅぅぅ。ただの説教どころじゃないだろうしうわぁぁぁぁ……)
そう、この後に控える「マオ先生」――おそらくは我が兄、魔王ノワによる「お呼び出し」のせいである。
「食事が終わった生徒は、各自消灯まで自由に過ごして良いそうです。私たちもそろそろ部屋に――」
「ねえ、そこの君。ちょっといい?」
突然アリスの言葉を遮り近づいてくるのは、白髪に紫の瞳をした見るからに好青年。
(うぉぉ、こりゃまたイケメンな。
……で、誰だこの人)
しかし、その疑問はすぐに解決することとなる。
「レ、レオ様……!!」
「やあ、首席と次席の二人に会えて光栄だよ」
爽やかな笑顔で挨拶するレオ様とかいう人。アリスの隣にいると、勝手に色々と情報収集できてありがたい限りである。
すると、ざわめきとともに聞こえてきたのは。
「きゃあ、レオ様よ!今日もお美しいわ……!」
「容姿端麗で成績も優秀、おまけに公爵家の跡取り……ああ、完璧だわ!」
(そ、そうなんだ……?)
周りの女子たちの黄色い喚声に気圧されつつも、私はアリスに小声で尋ねる。
「……この人、有名なの?」
「有名もなにも、高等部の生徒会長ですよ!入学式のときに挨拶なさってました。
……まさかリーナ、覚えていないのですか?」
「い、言われてみればそんな気も」
(あの時は自分の挨拶で手一杯で、余裕なかったんだよなー……)
良く見ると彼の胸元には、金のバッジが輝いている。生徒会の証だ。
「レオ様、もしやリーナを生徒会に勧誘しにいらしたのですか?」
「え、えっ……!?私!?」
「はは、確かにリーナ君にはその権利がある。首席だからね」
(あ、そんなこと言ってたな……!!)
ベアトリス校長が、合格発表の際に色々と首席の特権とやらについて話していた。
(なんだっけ……入学式挨拶と、生徒会と。あとは奨学金?)
頭をフル稼働させていると、彼は爽やかに笑って言った。
「今日はその事じゃなくて、君に用があるんだよ。
……アリス君」
(……なんで、アリス?)
私のその反応は、アリスも同じだったらしい。きょとんとした表情で、レオに聞き返す。
「私……ですか?」
「うん、ちょっと提案を……ね」
レオはアリスの手を取り、椅子から立たせる。
「なによあいつ、平民の分際で!」
「レオ様に触れないで、汚らわしい……!」
とたんに周囲から上がるブーイングの声。お貴族様、それも女となると恐ろしい。
「で、でもこれから部屋に。リーナも体調悪そうですし――」
当のアリスは、どうやら私を気遣ってレオの手を振りほどこうとしている。
「大丈夫だよ、どうせ私はこれから呼び出しだから」
(魔王にね……!!)
ゲンナリした気持ちになりつつも、アリスにそう答える。
「だそうだ、行こうかアリス嬢」
「あっ、ちょっと……!」
足早にその場を去る二人。
(なんだか、お似合いだなぁ)
完璧にヒロインのアリスと、完璧な生徒会長のレオ。さぞかし美しい恋愛ストーリーが始まることだろう。
「……さて」
よっこらしょ、と私も椅子から立ち上がる。
(行きますか……うわぁぁ行きたくない……)
当然向かう先は、先程の魔法実技の教室。
「……たしか、ここをまっすぐ行ってすぐだったよな」
廊下を歩いていると、ふと窓に目が行った。
(……ん?)
広い校庭の木の下、そこに小さな人影が見える。
(あれって、確か。
……あ、カイルだ!)
入学試験で、さんざん私とアリスをからかってきたあいつである。取り巻きの二人はいないようだ。
(……たしか、カイルも公爵家の跡取りなんだよな)
先程のレオと比べ、同じ公爵子息でもこんなにも差が出るものなのかと呆れた思いでいると。
「っ……!?」
(誰!?)
いきなり、背後から誰かに目と口をふさがれ持ち上げられてしまった。
「むー!!むー!!」
(誰か、助け)
人生二回目の誘拐か!?と思っていると。
パタン
扉が閉まる音と共に聞こえてきたのは。
「静かにしろ、取って食おうと言うわけではない」
聞きなれた、美しい声。しかしその一言で、空気が一気に張り詰めた。
そして次の瞬間、ふさがれていた視界と呼吸が突然自由になった。
「ぜえ、ぜえ……」
息を切らしながら見上げると、そこには机に座って足を組んだ男。
「さて、まずは呼び出しに応じてくれたことに感謝しよう」
昼ぶりの、仮面をつけた彼――マオだ。
全く感謝などしてなさそうな口調で、彼は続ける。
「まあ、来なかったら寮を破壊してでも連れてくる気でいたのだが。被害が少ないに越したことはあるまい」
「ひっ……!」
全身から放たれる威圧感と、それを懐かしいとすら感じてしまう私。
(……やっぱり)
意を決して、私は口を開く。
「……あの」
「なんだ、ハミルトン辺境伯令嬢。まだ具合が悪いのか?」
「……リーナで、お願いします」
深呼吸して、その赤い瞳を見つめる。
「あのさ。
……ノワ、でしょ?」
その瞬間。
空気が、ぴたりと止まった。




