10.放課後のお呼び出し
「ノワ、でしょ?」
心臓の音が、やけに大きく響く。
数秒の沈黙、そして。
「なんだ、分かっていたのか」
仮面が外れる。その下にあるのは、見慣れた彼――ノワの顔。
(よかった、合ってた……)
安堵でへなへなと座り込む私。しかし、すぐにあることに気づいて静止する。
(『なんだ』って……まさか)
「……ノワ、ばれてないと思ってたの!?」
「ブランの助言で、なるべく腰を低く話したつもりなのだが」
「あれで!?あれで低かったの!?」
我が兄ながら、あまりにも演技が下手すぎやしないだろうか。
呆れていると、ノワはいきなり私を抱き寄せ自身の膝の上に座らせる。
「ちょ、何を……」
「だが、そうか。気づいてくれたのか。
……嬉しいものだな」
優しく頭を撫でられる。本当に嬉しそうなその様子に、なぜか私の心までほんわか。
しかし少しくすぐったく感じつつも、私の心に差し込みだすのは一筋の希望。
(こ、これはまさか怒られないパターンでは……!)
しかし、そんな私の期待は一瞬にして崩れ去った。
「ところでリーナ。
……いや、首席の天才令嬢殿」
「ひいっ……!」
撫でる手は止まらずとも、一気に空気が重くなったのを感じる。
「俺は、安全第一に目立つことは慎めと言わなかったか?」
「……お、おっしゃってました」
「で?これは一体、どういうことだ?」
ひんやーりと冷めゆく空気。おかしい、この人の固有魔法は炎ではなかったか。
(……う、仕方ない)
「すいませんでしたぁぁぁ!」
ノワの手を振りほどき、その場で素早く土下座。
「……はぁ。本当にお前というやつは」
「いかなる処遇でもお受けします。退学でも――」
「いや。
……今回のことは、俺にも責任がある」
そう言って、ノワは片手を差し出した。
「責任がある……って?」
その手を取り、立たせてもらいながら私は問いかける。
「指輪の魔力だ。急いでいて、良く確認せずに注ぎ込んでしまったからな」
「やっぱり、ノワの魔力だから――」
(あれだけ、規格外の力が)
そう言おうとすると、ノワは静かに首をふる。
「……いや、それだけではあるまい。
放たれる魔法の強さを決めるのは、二つの才能だ」
「二つの……才能?」
「ああ。もちろん努力も影響するのだが、残酷なことに限界はある」
そう言うと、ノワは片手に赤い炎を出した。
「まず1つ目に、魔力だ。量や質、固有魔法……要するに『力そのもの』だな」
「そういえば、ノワの魔力って密度が高い……みたいな」
「その通りだ、まさしく質だな。量は――長く生きたら増えていくが、これもまた生まれつき差は出る」
(なるほどね、確かにそれは才能だな)
「そして、もう一つ」
もう片方の手に、青い炎が灯る。
「こちらは表現が難しいのだが。そうだな――
『筋』とでも言おうか」
「筋、って『筋がいい』みたいな?」
私の知っている言葉で言うなら、『センス』のようなものか。
「ああ。魔力がいくら大きかろうが、それを扱えるだけの感覚がなければ意味はない」
「んーでも、それって努力でどうにかなりそうなものだけど」
(たくさん練習して、その感覚とやらを身につければ)
しかし、ノワは軽く首を振って言う。
「リーナ、お前は俺と最初に会った時に光の精霊術を使っていたな」
「うん、あの魔人?にぶつけようとして、外したけど……」
「そういうことだ」
(……はい?)
こともなげに言うノワ。しかし、私の頭にははてながいっぱいである。
「お前の投球の体勢を見ていたが、あれはなかなかひどい。努力して改善するものでもなかろう」
「……なんか、ボロクソ言われてる気がするんですが?」
「事実だろう」
(た、確かに前世でも運動は大の苦手でしたが!!)
言われてみれば、いくら練習しようが一向に改善する気配はなかった。
少し涙目になる私に、ノワは容赦なく言い連ねる。
「そういうことだ。お前はあの時『光の精霊術』という強大な力……才能を持ちながら、投球という『筋』がなかったがために――」
「もういいです!!大丈夫ですわかりましたから!!」
(リーナのライフはもう0よ!)
必死の思いでノワの言葉を遮る私。やはり怒っているのだろう、今日は言葉のナイフがいつ日もまして研がれている。
すると、ノワは切り替えるように小さく咳払いをした。
「……とにかくだ。リーナ、お前は無詠唱であの魔道具を破壊したそうだな。
それも、鍛錬も年月もなしに。固有魔法もないのだから、おそらく単に魔力をぶつけただけだろう」
「そう、だけど……だってそれは、ノワのその強大な魔力を使ったからで」
「いや、そうではない」
そう言うと、ノワは私に赤い炎を差し出した。
「俺がお前に貸したのは、指輪に込められた魔力だけだ」
そして、その炎を勢いよく握りつぶす。
「……数百年前。俺がこの学園の入学試験を受けたときも、同じ試験内容だった」
「そういえば、ベアトリス校長が言ってたような。
……ノワも、あの魔道具を破壊したんでしょ?」
「ああ、お前と同じく無詠唱で、魔力をぶつけただけだ」
「ほへえ……」
(流石、数百年前から格が違うな)
感心していると、ノワはなぜか頭を抱える。
「いいか?いくらこの俺の魔力であろうと、単に貸しただけではあの魔道具をあそこまで破壊することなどできない」
「え、そうなの……!?」
「ああ。ブランでも、真っ二つにするくらいがせいぜいだろう」
「ハクでも!?」
(……いや、にしても真っ二つって)
冷静に考えたらそれも十分すごいのでは、とか思う私。
「……この場合、考えられるのは二つだ。
1つ目は、リーナの試験に使われた板のみ何らかの理由で魔法が解除されていた、もしくは弱まっていた」
「そんなこと出来るの?」
「不可能ではない。固有魔法というのは俺も把握できないほどに多様、たとえば幻覚や錯覚に特化した魔族もいるくらいだからな」
「なるほど、そういう弱体化とかを固有とする魔族もいるかも、と?」
(本当に、随分と魔法って不思議だなあ……)
不可能なんてないんじゃないか、とすら思える。ネロも『時』そのものだったし。
「そういうことだ。……そして、2つ目」
ノワは、もう片方の手を出す。
そこにあるのは、美しく揺れる青い炎。
「リーナ」
炎が、燃える。
ためらうような一瞬の沈黙と、そして。
「お前が。
……俺に匹敵するほどの、才能を持っている場合だ」




