8.仮面の教師と仮病の限界
「アリス……」
「はい?どうしましたリーナ」
「な、なんかお腹痛くなってきたかもー……き、今日は早く戻って寝たいなーなんて……」
はは、ははは。引きつった笑みを浮かべながら、私はアリスに助けを求める。
(逃げよう、一旦ここから逃げよう)
教室に入ってきた新任教師、謎の仮面イケメン。
凛とした美しい立ち居振る舞いに、その声。
(まさか、いやあまさかねえ……)
汗もダラダラ。そんな私を見て、アリスはすぐに心配してくれる。
「た、確かに魔王様に出会ったような顔色の悪さですね……!」
「は、はは顔色悪いだけだったら良いんだけどね、ははは……」
(まじであれ魔王だったらどうしよう、本当にどうしよう)
落ち着け私。他人の空似の可能性だって。
「と、とりあえずそういうことだから私はこれで――」
「マオ先生!リーナが体調悪いみたいで……」
(い、いやぁぁぁぁぁ!!!!いやぁぁぁぁ!!!!)
心のなかで絶叫する私。アリスの優しさと常識人っぷりが仇になった。
「……ほう。そうなのか?ハミルトン辺境伯令嬢。
先程までは、なんとも無かったようだが」
仮面の奥の赤い瞳が、まっすぐに私を捉える。
「は、はいちょっといきなり……ははは……。
そ、そういうわけで今日は早くお部屋に戻りた――」
「おや、それは大変だな。入学試験で快挙を成し遂げ、魔王の卵とすら言われるほどの天才も体調不良には勝てんか」
ドッと湧く教室。
その教師――マオの口角も上がってはいるものの、目が全く笑っていない。
(怒ってる、多分これは怒ってる)
いや待て待て、まだ決まったわけではあるまいし。
「……もしかして、リーナとマオ先生ってお知り合いですか?なんだか距離感が」
「はは、知らない。お願いだから知らない」
「だ、大丈夫ですか!?言葉まで怪しく……!!」
深刻そうな表情のアリス。うん、確かに本当に体調不良になりそうだ。
「まあ、体調が悪いのならば仕方あるまい。退席を許そう」
「やった……!!」
すぐにでも退出の用意をし始める私。
(やけにあっさり許したな、やっぱり他人のそら――)
「倒れでもしたら、この学園が焼き払われるやもしれんからな」
なんだか聞き覚えのあるセリフ。
その一言で、再び教室はざわめく。
「さ、流石首席……!そこまでの力が」
「本当に、魔王級の力があるということか」
(……あの目、見間違うはずもない)
しかしそんな中で、私は確信を持つ。いや、持ってしまう。
(絶対あれ、ノワだ。そして多分、焼き払うのもリアル魔王だ)
何がどうしてそうなったのかわからないが、我が兄(魔王)はこの学園に新任教師として赴任したらしい。
(……しかも)
「ああ、だが残念だな。今日は魔力適性を測ろうと思っていたのに」
「ま、まりょくてきせい……?」
「困ったな。必須事項なんだが……」
はあ、と憂いを帯びたため息。しかし、そこに隠された毒気を私は見逃さない。
「だ、大丈夫ですかリーナ!!今度はヘビに睨まれた蛙みたいな顔をしています!!」
「うん、蛇だったらまだマシだね。ははは」
(厳密には魔王が睨んできてるんだよな)
一刻も早くこの場から逃げ出したい。今にも走り出しそうなところを懸命に抑える。
「そ、それは申し訳ないですがとりあえず退出――」
「ああ、そうだ」
何かを思いついたように、わざとらしく顔を上げるマオ先生。
「ちょうどいい、今日は確かこの授業で終わりだったはず。
放課後、またここに来い」
「……は?」
ピタリ。私は硬直する。
「魔力適性を測る、と言っているだろう。ついでに手伝ってほしいこともあるからな。
魔王に匹敵するほどの天才が戦力になってくれるとは、なんとも心強い」
「……あのー」
「体調が心配だ、早く部屋に戻るが良い。
……ああ、ちなみに医務室はそこの廊下を右に曲がってすぐだ」
ニコニコ笑顔のマオ先生。何人かの女子がその美しさに顔を赤くしているが、私は別の意味で心臓が止まりそうである。
(……まずい。これはキレてる)
そりゃ、初日からここまで目立ってしまったのだ。ノワとしてはお怒りどころでは済まないだろう。
さーっと血の気が引く。しかし、そんな私を彼はわざとらしく心配する。
「どうした?あまりの体調の悪さに動けないのであれば、俺が医務室まで付き添――」
「大丈夫です!一人で行けます!!行かせてください!!」
「元気そうで安心した、その様子ならばそこまで重症でもあるまい」
風の速さで扉まで到達する私。教室から出て、扉を閉めようとしたその時。
「ではまた、放課後に」
その口が、小さく「リーナ」と動いた気がした。
◇◇
「なんでだ!!なんでノワがここにいるんだぁぁぁぁぁ!!!!!」
(絶対に怒られるやつだ。しかも、普通の説教じゃ済まない気がする)
二段ベッドの上でじたばた。枕を叩きゴロゴロと転がっては落ちかけるその姿は、体調不良ではなく精神不良を疑われるだろう。
(おかしい、そんなことノワは一言だって)
言ってなかった、と思いかけて私は静止する。
『……お嬢様。もう一度仰っていただけますか?』
『だ、だから指輪に込められたノワの魔力使って、えーいってやったら試験の板が壊れちゃって。それが魔道具で、なんか快挙だとかなんとかで』
『それで?』
『首席で、合格しちゃいました……』
昨日の入学試験が終わった後、私は一度魔王城に戻り事情を説明していた。
『い、いやこれはでもノワの魔力のせいだと思うんだよ。っていうか詠唱とか良くわからないし……』
『お嬢様』
『はい……』
必死に言い訳するも、ハクの無言の圧には勝てようはずもない。
『どうしますかノワ、これでは目立ちすぎです。
……このまま入学すれば、きっと危険も多いでしょう』
大きなため息とともに、ノワにそう問いかけるハク。
『……俺の魔力が?いや、しかし』
『ノワ?』
しかし当のノワは何かを考え込んでいる様子で、一向に返事は返ってこない。
『はぁ……それで、お嬢様』
『は、はい』
『ノワは見ての通り、上の空といったところ。お嬢様の入学を取り下げる、とは言っていないわけです』
するとハクは、いたずらっぽく笑う。
『学校。行きたいのでしょう?』
『行きたい、けど』
(……でも)
相変わらず思考に沈むノワを、私は迷うように見る。
(絶対、心配かけることになる)
しかし、ハクは笑顔で囁いた。
『では、行ってらっしゃいませ。
……大丈夫ですよ、ノワは私が説得します』
『ハク……!』
『ですから。
ちゃんと、楽しむんですよ』
そこまで回想してから、私は最悪の結論に至る。
(あの時、何か考え込んでたのって……)
「まさか、私を連れ戻すために!?」
(そのためだけに、わざわざ仕事ほっぽりだして学校の教師になる魔王なんて……!!!)
いるはずない、と言いかけて私は思いとどまる。
「……うん、ノワならやりかねない」
(私の学園生活、初日で終わる予感)
すべてを諦めスン、と真顔でベッドに座っていると。
「リーナ……!!大丈夫でしたか!?」
足音とともに勢い良く部屋の扉が開く。
「体調は大丈夫だよ、心配ありがとうアリス」
(そして、これまでありがとう……)
短い間だったけど、と心のなかで涙する私をなおも心配そうに見つめる彼女。
「なんだか魂が抜けたような顔ですが……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。それで、魔力適性ってどんなことしたの?」
話をそらしたい一心で、そう問いかける。
「固有魔法を測るための魔道具に、自分の魔力を通すのです。実技で受けている人たちの中には、既に把握している方も多かったですが……」
「固有魔法を、なるほどね。それで、アリスの固有魔法は…………っ!?」
突然、ヒヤッとしたものが額に当たって驚いた。
「何……って、氷?」
「正解です!私の固有魔法、氷らしいですよ!」
よく見ると、どうやら氷水をアリスが当ててくれたらしい。
「もしかしたら熱でもあるんじゃないかな、って思って……ご迷惑でしたらごめんなさい!」
上目遣いで私を気遣い、もはや神々しいオーラすら感じさせる美少女っぷり。
(……天使か?)
優しすぎる彼女に涙が出そうになりつつ、私はふと気になったことを聞いてみる。
「アリス。氷、って結構良くある固有魔法なの?」
「多い方……だとは思いますが、どうかしましたか?」
「あ、いや知り合いに氷が固有魔法の人がいて」
「そういうことでしたか!それはお揃いですね」
(……もちろん、ハクのことなんだけどね)
アリスは純真無垢な笑顔で、私に説明してくれる。
「固有魔法は、その人の性質や魔獣時代に由来するものが多いですから……水とか火とか、そういう自然に近いものほど多くなります」
「はえー、そんな法則が」
「もちろん、同じ魔法であっても本人の実力によって差が生まれますけどね。
リーナの固有魔法は、何なのでしょうか。放課後にマオ先生のところで測るのでしょう?」
「うげっ、そうだね……」
嫌なことを思い出してしまった。思わず顔をしかめていると、アリスが私の手を取って言った。
「ほら、まずは夕食です!リーナ、行きましょう!」
はしゃぐアリスに手を引かれながら、私は考える。
(私の固有魔法、か)
当然ながら、私に魔力はない。固有魔法など、測る以前に存在しないだろう。
「……でも」
(もしも、あるなら)
私は、そっと思う。
(炎が。
――ノワと、一緒がいいな)




