4.入学試験
「ではリーナさん、こちらへ」
「は、はい……」
飛び交う木片や石片、涙目の私はある一室に案内される。
「実技試験は少々危険ですから、衣類などをお着替えになる場合はここで」
カーテン付きの小さな部屋。更衣室ということだろう。
(やっぱり、やっぱり危険なんじゃないか……!!!)
ますます泣きかける私。
「……緊張していますか?」
心配そうに私のことを覗き込んで聞いてくれるのは、案内役の黒髪の少女。
聡明そうな瞳と身につけている制服からして、この学園の上級生なのだろう。
「は、はい少し……いやすごく……」
「皆さんはじめはそんな感じですよ、ここで少し心を落ち着ける方も多いくらいなのですから」
では、と言ってそのカーテンは閉められた。
(……ど、どうしよう。着替えなんて持ってきてない)
しかし、このまま出るのはな……と思っていると。
カツン
スカートに突っ込んだ手に当たる、硬い感触。
「……あ」
(危ない危ない、忘れるところだった……!!)
焦りつつ取り出したのは……緋色の宝石が埋め込まれた、小さな指輪。
『これはノワの魔力がこめられたもの。これで、魔力がないお嬢様でも魔法の使用ができるはずですよ』
そう言って、ハクが渡してくれたものだ。
(ノワの魔力、か)
なんだかじんわりとした気持ちになりながら、その指輪を右手の薬指にはめる。
(……わっ!!)
ぶかぶかかな、と思っていた指輪はしかし、私の小指に綺麗にフィットした。
「……よしっ」
心細さが、すこし和らいだ気がする。
「リーナさん、準備の方は」
「大丈夫、です。終わりました」
シャー
カーテンが開けられる。私の様子を見た彼女は、驚いたような顔をした。
「あの、服装が変わっていないようですが……」
「だ、大丈夫です!心の準備をちょっとしてただけで!」
少し不思議そうな彼女。それでも一応は先頭に立って歩き出した。
(ハク……!もっと手順とか教えておいてくれてもいいのに……!)
恨めしい気持ちになる私。いや、貴族社会の常識すら覚えられなかった自分のせいでしょうとは良く分かっているのだが。
「この場所に立って、指示をお待ちください。
では、私はここで」
案内されたのは、訓練所のようなところの一角。横には私と同じように受験生が1列に並び、緊張感あふれる空間だ。
ふと前を見ると、少し遠くに弓道の板のようなものが並んでいる。
(こ、これは完全に実戦だ……!!)
滝汗を流す私。案内役の彼女は、そんな私を勇気づけるように小さく笑顔を作る。
「……頑張って!」
そして、手を振ってその場から立ち去った。
「んじゃー、これで全員揃ったな。始めるぞー」
先程の誘導係の男性の一声。
「まずは自己紹介だな。俺は魔法実技科の統括をしている、アドルフという。
まあなんだ、まだ受かるかわからんから『先生』はつけないでいいぞ」
どっと沸き立つ場内。結構本気で不合格の未来が見えている私には、全くもって笑えないジョークである。
「さて、知っての通りここは魔国一の学園、テネブラエだ。その歴史は数百年とも言われ、現在の魔王様もこの学園で学んでおられたとされる。そんな映えある――」
ざわつく場内。どうやら、ノワが表に出ないというのは本当だったらしい。
「魔王様まで……!?」
「お姿は拝見したこと無いけれど、さぞかしお強いお方なのだとか……!お近づきになりたいわ!」
「ああ、きっと筋骨隆々でたくましいお方なのだろう。我らが黒の当主様でもあるのだから……!」
「獅子よりも勇敢で、戦場では戦神のようにその魔法で敵を蹴散らす――」
魔王様に関する根も葉もない噂を聞きながら、私は苦笑する。
(うーん、強いのは合ってるけど……)
イメージとは、ひとりでに暴走していくものであるらしい。
「ほらほら、静まれ!
早速、試験を始めていくぞ」
その一言に、しんと静まる場内。
(いよいよか……!)
私も前方の板に向き直り、指示を待つ。
「んじゃ、早速。
お前ら、あの板に傷をつけろ。もちろん、魔法でだ。形式ややり方は特に問わん」
(やっぱり、そう来るか……)
場内には、うろたえるものも焦るものも誰もいない。
「この組では、最初にぶち抜いたやつから順に次の試験に臨めることになってる。
よーい……どん!」
厳かな合図とともに、一斉に動き始める。
「雷よ、我が声に――」
「『水の触手!!』」
そこらで聞こえる魔法の詠唱。
(あ、無理だこれ落ちたわ)
詠唱とか知らない私、結構真面目におしまいである。
(ハク……ごめん……)
涙目で、撤収の準備を始めていたその時。
「はあ、はあ……!なんでだ、なんで割れない!!」
「おかしい、くっ……!」
場内を次第に埋め尽くす、焦りとうめき声。
すると、アドルフがにやっと笑っていった。
「おう。いい忘れてたがその板、単なる板じゃないぞ」
その言葉に、再び静まる場内。
「魔法で強化が施されている――
『魔法具』だ」
どよめきが走る。
「こ、これがテネブラエ……!たかが入学試験に、魔法強化の魔道具だと……!?」
「くっそ、レベルが違う……」
諦めている者、それでもなお歯を食いしばり魔法を打つ者。
しかし、私の脳内はハテナでいっぱいである。
(魔道具……なんだ……?)
すごいんだろう、うん、きっとすごいんだと思う。
(……でもなあ、お城なんなら空間全部が魔法でできたところもあったしなあ)
どうやら、私の周囲の魔法関連のレベルは非常に高かったらしい。
「おい、お前打たないのか?一発でも打っときゃ、少しは欠けるかもしれないぞ」
すると、隣の黒髪メガネの少年が息を切らしながら話しかけてきた。
(あ、ちょうどいい)
「すみません、さっきからやってるその呪文……みたいなのどうやるんですか?」
「は?」
唖然とした表情をされてしまった。
「何いってんだお前!?詠唱無しでの魔法は、有りの魔法と比べて威力は雀の涙。
それができないで、どうやってここに入るつもりだったんだ!!」
「あ、そうだったんですね……」
詠唱しての魔法を、ノワもハクもあまり使用しない。これは初耳である。
「……えっと、じゃあ一応詠唱しなくても魔法は使えるんですよね?」
「そうだけど……お前、まさか!!」
(なら、やってみるか)
目をつむり、雑念を振り払う。
(……でも)
これ、本当に大丈夫なんだろうか。
周りの魔法とは、明らかに何かが違う気がする。
(……まあ、いっか)
なくても良いというのなら、なしでやってみるのみ。
(集中、集中……)
深呼吸をして、右手を前に出す。
(……そう言えば、この指輪を渡す時)
『お嬢様、これはノワの魔力です。
くれぐれも、扱いにはお気をつけて』
ハクが、そんな気になることを言っていた。
(……気をつけて、って言われても。何かあるのかな?)
わからないことは考えても仕方がない、とりあえずやってみよう。
指輪に力を込めるイメージで、それを前方へ――
「てやあああ!!」
ズドドーーーーン!!!!
巨大な爆発音。そして、先程まで板があったところには――
「やった……」
(……のか!?)
巨大な、空洞があった。
(これはどうなんだろう、なんか傷つけるって言うより消滅してるけど!?)
内心焦りながら、少し疲れを感じてだらっとしていると。
「……お、おまえ」
隣のメガネくんが、口をあんぐり空けて静止している。
「いまの、どうやっ」
「おい!!!」
すると、背後から聞こえる太い声。
「……これは、お前がやったのか」
アドルフだ。しかし、先程までは余裕の笑みを浮かべていたその顔は、今や驚いたように汗すら浮かんでいる。
「えっ、あっえっ!?」
「だから、これを……本当にこれほどの力を、自分で制御して使ったのか」
テンパる私。不合格の危機を感じる。
「わ、私ですねすいません弁償……」
「……いや。
合格だ」
何故か、深刻そうな表情で言われる。
「合格……いや、それより弁償は!!」
「だから、なくていい。そもそも傷をつける課題だ。
……本当に、ここまで大破されるとは思っていなかったが」
「よ、良かった……!」
ひとまず弁償しなくて良さそうで、安堵のため息をつく私。
(……ん?)
「……って、合格!?」
脳が遅れて情報を処理したようだ。嬉しいような、拍子抜けするような気持ちになる。
「ああ。……通常なら、この先の試験も受けてもらうところだが。
こんなことは異例だ、お前はこのまま合格でいい」
「は、はあ……」
状況が理解できず、私はただ頷くばかり。
「おい、あいつ……!」
「嘘だろ、どうやって」
「そんな、しかも半魔だぞ……!?」
ざわつく空間。
「……他の受験生の試験が終了するまで、外で待ってろ」
背中を押されるがまま、私はその場から退出する。
扉を締めたアドルフが、小さく何かを呟いた。
「……これは。
大変なことに、なりそうだ」




