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2.魔国の学園へ

「ブラン。俺は許さんが」


 低い声。


「……ノワ」


 こちらへ歩み寄ってくるのは、我が兄であり魔王――ノワ。


「良いか?この国の学園……テネブラエは単なる教育の場ではない」


 不機嫌そうに、ノワは続ける。


「貴族の後継者が集い、その権力を誇示し、あわよくば勢力を広げようとする場でもある。

……その醜さを、体感することにもなるのだ」


 吐き捨てるように言う彼。


「ノワ……」

「そんな危険な場に、リーナを行かせることはできん」


 権力の渦、その頂点にいるからこそ何度もそんな争いを見てきたのだろう。


「第一、リーナは魔法が使えない。半魔であっても力があれば認められるが、これでは」

「ノワ。あなたの魔力を、使えば良いのでは?」

「なっ……」


 ハクが平然と言ったそれに、言葉をつまらせるノワ。


「あるでしょう、魔力封じの指輪が。先代――フォンセ様の時代から受け継いでいるはず」

「……しかし!あれはそれほど多くの魔力を込められるものでは」

「あなたの魔力なら、不可能ではないでしょう」


 押し黙るノワ。不思議に思った私は、カルロスに小声で問いかける。


「ノワの魔力って、他の魔族のとは何か違うの……?」


 答えるカルロスも、ひそひそ。


「違う、というか……密度が段違いなのだ。同じ魔力量でも、おそらく陛下ならば他の魔族の最低10倍は強い」

「じ、じゅう!?」

「それでいて、魔力量も圧倒的。陛下に敵う魔族などおらんだろうよ」


(なんと……!!)


 薄々勘づいていたが、やはりノワは魔族のなかでも桁違いらしい。


「ノワ、それに学園に潜入することが出来れば様々な情報も得られます」

「情報、とは何だ。そもそもあの学園には魔王派の貴族の後継者しか入れはせぬ」

「……あなたも分かっているでしょう。表面上は従っていても、裏では何を考えているか分からない。それが貴族と言うものです」


 それを聞いて、顔を背けるノワ。


(……そっか、学園に行って私がそういう人たちの情報を少しでも集められるなら)


 役に、立てるのかもしれない。


「とにかく!俺は認めないからな、絶対にリーナは――」

「……っノワ!」


 ノワの言葉を遮って、彼の近くに駆け寄る。


「……どうしたリーナ、顔が赤いようだが暑さにやられたか?」


 心配そうに私の額に手を当てるノワ。


(……迷惑は、かけたくないけど)


「ノワ。私。


……学園に、行きたい」


 しっかりと、彼の目を見つめて言う。


 驚いたように開かれる目。


「何を、話を聞いていたのか!?あそこは危険すぎる――」

「行ってみたいの。もっと世界のことを、この国のことを。……ノワのことも、知りたい」


 そして。


(力に、なりたい)


 そう言ったら、止められるのだろう。


「ノワ。私からもお願いします。

お嬢様を、学園へ。もっと広い世界を、見せて差し上げるべきです」


 私とハクの言葉を聞いたノワは、しかしまだ黙っている。


 すると陽気な、だが真剣な声が聞こえてきた。


「陛下、信じてやっても良いんじゃねぇですか。

あなたの後継者……いや、妹さんをよぉ」


 カルロスの言葉を聞き、ゆれるノワの瞳。


 やがて、ため息と共に呟いた。


「……わかった。許そう」

「や、やった……!」

「ただし!」


 怖い顔をして、ノワが言う。


「どんな時も、自分の安全を第一にして動け。

何かあれば必ず、俺に伝えろ」

「……でも」

「だから、その遠慮は必要ないと言っているだろう。

俺は……お前の、兄だ」


 思わず胸が暖かくなる。


「……わかった。

ありがとう、ノワ!」

「うむ」


 まだ少し不服そうではあるが、ノワは小さく笑って私の頭を撫でる。


「では私は、魔力封じの指輪とお嬢様の荷物を用意して参ります」

「荷物、ってそんなに必要なの?」

「ああ。寮制なのですよ、テネブラエ学園は」


(寮……!?)


 驚いたように固まる私。


「だから行かせたくなかったのだ。長くここから離れることにもなる」

「まあまあ、いざとなればすぐにでも飛んでいける距離です」


 不満そうなノワと、なだめるハク。


「お嬢様がノワの後継者というのは、一部の者しか知りませんから……そうですね、適当な辺境伯の後継者、とでもしておきましょうか」

「辺境伯?」

「基本的には、貴族の令嬢しか入学しませんので。ごく稀に、特待枠で入る平民の子もおりますが」

「しかしブラン、辺境伯とは。リーナが舐められて苛められたらどうする気だ」

「ノワ、あなたは心配しすぎです。高すぎては嘘であることが露見し、さらに苦しい立場に追い込まれるのはお嬢様ご自身ですよ」

「うっ、それは……」


 またも言葉につまるノワ。どうやら口喧嘩ではハクの圧勝らしい。


(うーん、身分制とか良くわかってないんだよなー……)


 公爵が偉い、くらいが知識の限界である。


「お嬢様、その顔……さては、あまりこの国の身分制をご存じありませんね?」

「うっ、な、なぜそれを……!!」


 突如、ハクの矛先が私を向く。


「ほら、明日までに基礎的なことを叩き込んでいただきますよ!!」

「うわぁーーー!勉強嫌だぁぁぁ、ノワぁぁぁ」

「……うむ、それは流石に知っておいたほうが良かろう。

頑張れ、リーナ」


ずりずりずり。


 ハクに引きずられ、私は抵抗もむなしく城へと引っ張られてゆく。


(……でもそっか、学校か)


 実感が湧かない。けれど。


(ああ)


 青い空に向けて、私は笑顔で呟く。


 不安もある、それでも。


「……楽しみだなぁ」


――この時はまだ、知らなかった。

その学園が、どれほど危険な場所なのか。


そして――そこで起こる「事件」のことを。


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