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1.日常と、外の世界への一歩

私がここ、魔王城に来てから1年が過ぎた。


「よし……っと、これで中庭は終わりでいいかな」


 汗を拭き、満足気に小さなスコップを土に刺す。


(喉乾いたな)


 一旦お城に戻り、水でも取ってこようかと立ち上がった途端。


「よっ、お嬢ちゃん。順調か?」


 聞こえてきたのは、陽気な太い声。


「カルロス!」


 手を振りながら近づいてくる声の主は、魔王軍総指揮官カルロス。


 立派な黒い髪と髭、そして背中に担いだ大剣が特徴の、魔王軍きっての武闘派だ。


「おう、今帰ったところだ。全く、アリスタルが片付いたと思ったら今度はフォルテに行けだぁ?陛下も人使いが荒すぎるってもんだ」

「な、なんだかそれはすみません……」

「おん?お嬢ちゃんが謝るこたぁねえよ」

「それは、そうかもしれないけど」


(一応その『陛下』、兄なんだよなぁ……)


 半年前、戦の後処理がようやく片付いたらしい。


 それに伴い、彼――カルロスを始めとする多くの配下が戻ってきた……のだが。


「あの、カルロス。

……それで、フォルテの方は」


 王家への反乱が各地で広まった、フォルテ王国。


 一旦は反乱は鎮圧されたようだが、王家の権力は弱まり混乱が続いている。


(それだけなら、まだ良かったんだけど)


 王国に侵入する魔物、王家はそれを押さえる力すら持たずに暴れる……なんてこともしばしば。


 その処理のためにも、彼らはまたもや派遣されることとなったわけである。


「ああ、お嬢ちゃんフォルテから来たんだっけか。なら気になるよな」


 うーん、と難しい顔をするカルロス。目を迷うように動かした後、少し屈んで小声で私にささやく。


「一旦は落ち着いた、表面上はな。

……ただ実は、あいつらがフォルテの実権を握るために動いてるなんて噂もある」

「あいつら?」

「おう。反魔王派最大の組織……確か、名前は『月桂冠ローリエト』だったか」

「ろ……ろお、りえと……」


 ダメだ、全く覚えられる気がしない。


(でもそっか、やっぱり魔国も割れてるんだな……)


 ノワの下につく魔族も多い中、やはりそれに反抗して色々と画策する者もいるようで。


 魔王のもとに皆一つ!とは、なかなかならないらしい。


「フォルテは長い間、女神の壁の影響で魔族の手が全く届いてなかったからなぁ」

「壁が壊れた今、フォルテを掌握して力をつけるチャンス……みたいな?」

「そういうことだ。まあ、今回はブラン様が先手を打ったし大丈夫だと思うがな」


 そう言うと、カルロスはその大きな口を開けて笑う。


「ほら、お嬢ちゃんも気をつけろよ?魔法使えねえんだろ、あいつらに見つかったらひとたまりもねえ」

「み、見つからないように頑張ります……」

「ガハハ、その意気だ。

まあ、お嬢ちゃんが後継者だってのは俺達限られた重臣しか知らねえし……なにより」


 そこで、カルロスは言葉を切ってまたもや小声で言う。


「あの陛下のお嬢ちゃんへの過保護っぷりじゃ、お相手さんも手出しは出来ねえだろうよ」


 それを聞いた私は、引きつった笑みを浮かべる。


(やっぱりこれ、過保護なのか……)


 ネロによる誘拐。もう1年が経つというのに、あれからノワは一歩たりとも私に外出を許さない。


(いや、別にいいんだけど!!もともとすごくインドアだから不満はないんだけど!!)


 そう、不満はない。ただし。


(……罪悪感、というか)


 バカ魔王なんてハクに言われているものの、おそらくノワはけっこー有能である。


 有力魔族との謁見や、帰ってきた重臣たちとの会談。「人手不足だから」と直々の外仕事。


 もはや、いつ寝ているのかと心配になるレベルで働いている。


(なのに。なのにですよ?)


 私ときたら、魔王城でだーらだら。


 流石に罪悪感の一つや二つ、生まれてくるというものだ。


 すると突然、カルロスが感心したような声で呟く。


「にしてもお嬢ちゃん、これ全部一人でやったのか?」


 彼の目線の先には、先程まで私が植えていた数々の花々。


「あっ、はい。こういうのは得意で……」


 言葉を濁す私。


(得意というか、やむにやまれずというか)


 前世、日本にて天涯孤独の孤児だった私はお金には苦労した。


 そこで近くにある土と言う土には全て、野菜の種やら何やらを植えまくっていたのである。


 究極の食費節約術、これをなぜ私が魔王城にて始めたのかと言うと。


「……私には、これくらいしか出来ることがないから」


 そう、罪悪感軽減のためである。


 魔力無し。精霊術も結局は使い方分からず。


 そんな私は、せめて何かお役に立てればと思い魔王城のガーデニング係を買って出た。


『……もし外でリーナが倒れたら、俺は花壇を焼き払うことになるが』

『まあまあノワ、お城の中なのですし……これくらい、良いではありませんか』


 渋い顔、いやもはや怖い顔をするノワをハクがなだめ、私はようやく仕事をゲットしたわけである。


(……こんなので、受けた恩が返せるとは思わないけど)


 暗い顔をする私に、カルロスは豪快に、されども優しく笑いかける。


「そんなことねえよ、お嬢ちゃんのお陰で魔王城が華やいだ。

俺も明るい気持ちで戦に出られるってもんさ、ありがとよ」

「カルロス……」

(なんて、なんていい人なんだ……!)


 ブワッ。涙が溢れかける目元を、私はそっと衣服の袖で拭う。


「そういえばお嬢ちゃんって、何歳くらいなんだ?見た目だと……9とかそこらだよな」

「この前、12になりました!!」

「じゅうに!?」


 愕然とされてしまった。なんだかこの光景、既視感がある。


(成長期がね、まだ来てないだけなんでね!!)


 期待と祈りを胸に必死の慰めをする私に、カルロスはなにかを思い付いたように問いかける。


「フォルテで見たが、12っていうとそろそろ学校に入る頃じゃねえか?」

「学校……」


(そういえば、そんなものもあったか)


 フォルテで生まれたとは行っても、ボロい塔で生活していただけの私。そこら辺には疎いのである。


(前世で言うと……。

ああ、確かに中学入るくらいか)


 そこで思い付いた疑問を、私は彼にぶつけてみる。


「そういえば、魔国にはないの?学校みたいな」

「ございますよ、お嬢様」


 突然背後から聞こえた声。


「ハク……!いつの間に」

「カルロスとお話なさっていたので、邪魔しないようにと控えておりました」


 そう言うと、ハクは私に水の入った瓶を手渡してくれる。


 瓶を手に持つと、カラン……という音。ハクの魔法の氷だろうか。


ゴクゴクゴク。


「うまい……!!」


 流石は有能執事。とても気が利く。


「それは良かった、あまりご無理をなさってはいけませんよ」

「分かってる、それで」


 感謝の気持ちと共に、彼に瓶をお返ししながら私は問う。


「魔国にも学校があるって、本当なの?」


 魔族というのは、見た目で年齢が測れない。特に高位であるほど、その命は永世に近しい。


(同年代の子達が一緒に学ぶ、って難しそうだけどなぁ……)


 しかし、ハクは頷いて説明してくれる。


「ええ。魔獣から進化してしばらくは、基本的には人とほぼ同じ速度で成長するのですよ」

「ほう。ってことは、ある一定になったら成長が止まる……みたいな?」

「その通りです。止まる年齢はバラバラですが、基本的には二十歳前後でしょうか」

「まぁ俺たち魔族はもともと魔獣として生きてた頃があるからなのか、進化してすぐでも人の6つくらいの知性と姿はあるがな」


(なるほどね、6歳スタートで成長が止まるまでは人と同じで育つってことか)


 それなら確かに、同世代で学ぶことはできそうだが。


「でもハク、誰がその学校の費用を払うの?

たしか魔族って、子供作らないんじゃ」

「厳密には、『危険すぎるから作らない』が正しいですね」

「危険?」

「えぇ、不可能ではありませんが……実子が生まれた途端、親の魔族は殆どの魔力を失います。

最悪、死に至ることもあるのですよ」

「死にっ……!?」


(確かにそれは、危険すぎるな……)


 よくよく考えたら、何もせずとも魔獣から進化していく生き物なのだ。


(寿命も長いし、別に子孫を残す必要もないものね)


 納得している私に、ハクはさらに教えてくれる。


「ですから殆どの魔族、特に貴族は、力のある幼い魔族を後継者……義理の子とするのですよ」

「お嬢ちゃんと陛下みたいに、だな。

そんで、そいつら後継者に魔力の扱い方やら、教養やら色々と教えるためにあるのがこの国の学校ってわけよ」

「そういうことだったのか……!」


 その方法なら、危険は犯さずに力のある家柄を維持できるというものだ。


(考えられてるなぁ……!)


 謎に感心モードに入っていると、ハクが驚きの提案をしてきた。


「そういえば……ちょうど、中等部の入学試験が明日行われるはずです。

受けてみますか?」

「……え、わ、私!?」 


 私にとって学生生活。それは、前世の『バイト三昧』のイメージである。


(リベンジ、かぁ)


 もちろん、憧れはある。行けるものなら行ってみたい……のだが。


「……でも」


 そこで言い淀む。


 頭に浮かぶのは、たった一人。


 ――そして。


「俺は、許さんぞ」


 背後から、低い声。


 ――その一言で、場の空気が凍りついた。

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