表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/93

18.それでも、あなたは

「フォンセは、俺がこうなることを……知っていたのだ」


 戸惑ったような顔で、ノワは打ち明ける。


「知っていた……って」

「遺書が、あったんだ」

「遺書?」

「ああ。英雄がすぐそこまで迫ってきていたのか、殴り書きのようなものだったが」


 自身の後継者の敗北の報告、迫りくる敵。


 失われていく、数々の同胞の命。


 そして――自身の首にも刃が届く寸前、魔王は何を思ったのか。


「……何枚か、書いていたようだが。

あいつの懐から見つかったそれは、あいつ自身の血で汚れていて」


 読み取れたのは、最後の一枚だけ。


 震える手でその一枚を拾い上げた彼は、魔王の最後の一言を目にした。


「『すまない、わかっていたのに』……と」


(……わかって、いた)


 後悔と、けれどそれだけでは説明のつかない……深い深い、何かを感じた。


 何も言えずにただ黙っていると、ノワは少し笑って続ける。


「おかしいのはわかっている。

俺が満月に悪夢にのまれるようになったのは、その英雄との戦いの夜が最初だった」

「そ、それならなんでフォンセは『わかっていた』なんて」

「……わからない。何も、わからないのだ」


 それは、諦めの表情にも見えた。


「それでも。俺があの時、止めを刺せていたなら」


 もっと早く。満月が昇るよりも早く。


「俺がこうなるより前に、決着をつけられていたなら」


 救えた命が、今も笑う同胞が。


 それ以上の言葉はない。けれどその伏せられた目と、握りしめられた拳が。


 ――全てを、語っていた。


「……そうして悪夢から覚めた俺は、荒れ果てた魔国にて即位し魔王となった」


 ノワは、ネロの方を見て呟く。


「あいつから見れば、『敗北』とされていた俺が無傷で帰還したのだ。

……裏切りにも、見えるだろうさ」


 そして、自嘲するような笑みを浮かべた。


「……そんな」

(こんな気持ちで、何百年もずっと)


『ノワのせいじゃない』 


 軽い気持ちで、そう言うことは出来る。けれど。


(そんな、安っぽい慰めなんて)


 きっと、意味がないのだろう。


 彼にとっての真実、それは。


『あの時、こうしていれば』


 そんな後悔と、同胞への届かぬ謝罪。


 たった、それだけなのだから。


「……ノワ」

(何か、言わなきゃ)


 そう思っても、私の口からはどんな言葉も出てこない。


 すると、ノワはまたもや自嘲するような笑みを浮かべた。


「リーナ、これが真実だ」


 そして私から手を離し、壁にもたれ掛かった。


「どうだ、失望したか?」

「ノワ……」

「こんな俺が兄では嫌だろう、今ならまだ間に合う」

「ノワ」

「安心しろ、どこかで幸せに暮らせる手配くらいは――」

「ノワ!!!」


 私の急な大声に、ノワの焦ったようなその言葉は途切れた。


「……リーナ?」

 

(数百年の重みなんて、私にはわからない)


 前世を合わせたとて、その足元にすら及ばないだろう。


(……だけど)

「それは、違う!!」


 まだ涙の乾ききっていない目で、彼を正面から睨む。


「それだけ苦しんで、それでもこの国のために働いて」


 なら、答えは決まってる。


「ノワは、誰よりも……!」


 涙が溢れてくる。おこがましい奴だと、お前ごときがと、嫌われたらどうしよう。


(それでも、言わなきゃいけない)


 深呼吸して、私の全てをぶつける気持ちで叫ぶ。


「魔王、だよ!!」


 それを聞いたノワの、瞳が揺れた。


 そして戸惑ったように、自分に言い聞かせるように呟く。


「……だが、俺は救えなかった。そんな俺が、魔王に相応しいはずが」


 ノワの手を握る。強く、爪が手のひらに食い込むほどに強く握られたそれを、精一杯包み込む。


「それは、違う」

「何故だ、俺は誰一人として」

「ううん」


 そっと、その手を私の胸に当てる。


「救ってくれたよ」


 異質で、異物だった私。


 不幸を呼ぶと言われ、虐げられ、誰にも愛されなかった黒髪の王女を。


「……はははっ」


 突然笑い出すノワ。 


「え、何……?」

「ははっ、はははっ……!」


 なおも笑い続けるノワ。一人置いていかれた気分になる私に残されるのは。


(は、恥ずかしいっ……!!)


 雰囲気に呑まれ、とても恥ずかしいことを言っていた自覚である。


 急速に上がってゆく顔面温度。


(穴があったら入りたい!!)


 そういえば、ちょうどさっき自分で創造した大穴があった気が!とか思っていると。


「そうだな、お前はそういうやつだ。

……だから、俺は救われた」


 なんだかしみじみとした声で、ノワが呟く。


(救われた……?)

「え、誰に?」


 キョトンとして返す私を見て、なぜかまたもや笑うノワ。


「リーナ。お前に、だ」

「……ふぁ?」


 何を言われているのかわからない、という顔の私をノワは抱き寄せて言う。


「ちょ、ノワ」

「……この瞳は、俺にとっては罪の証であり『異物』の証明。

己の運命と共に、何度も呪った」


 こうでなければ。何度も何度も、後悔した。


「でもリーナ、お前は違った」


 初めて、同じ瞳をした少女に出会った。


 その国では『異物』で、虐げられるはずの黒髪の少女。


 それなのに、と彼は続ける。


「……それなのに、お前は前を向いていた。

見知らぬ誰かを助けるために、戦った」


 前を見据えて戦う、虹色の瞳。


 初めて、そう初めて。


「綺麗だと。


……そう、思ったんだ」


 ふ、とノワの口元が緩んだ。


(……良かった)


 彼の笑顔には、もう先程のような影はなくて。


 その様子に、心底安心して……嬉しかった。


「リーナ。お前は自分が精霊術を使えないことで悩んでいるのだろう?」

「んあっえっあっ」


 急に話を振られ、テンパる私。


 またもや面白そうに笑いながら、それでも彼は優しく私の髪を撫でる。


「分かっている。それで、俺に引け目を感じていることも。


……それでも、良いのだ」


 打ち明けられない、満月の夜の秘密。


 言い訳に使ったのは、「光の精霊術」だった。


「……本当は、ただ俺の側に置いておきたかっただけだ。

お前を見ていると、少しだけ」


 そう言って、彼は微笑む。


「俺自身を。 

……許せる、気がしたから」


 どれだけの時間を重ねてきたのか、私には想像もできない。


 それでもその微笑みと言葉には、確かに。


 助けと、許しを求める響きが……こもっていた。


「……ノワ」


 返事がわりに、私は彼の名前を呼ぶ。


 私の、家族になったその人の。


「……帰ろう。

私たちの、家に」


 それを聞いた彼は、少し驚いたように目を見開いてから。


「あぁ。

……そうだな」


 そう、笑って答えた。


「日の出も近い、俺の力が戻るのもすぐだろう。

そうしたら、すぐにここから出るとしよう」

「うん!

……え、日の出?」


 その言葉を聞いた途端、私の脳内を駆け巡るのほほーんとした声。


『リーナちゃん、あなた明日にでも死ぬわよ~』


(あっ)


「ノワさん」

「ん?どうした、だから敬語は」

「私、今すぐここから出ないと死ぬかもしれません」

「……は?」


 ノワが止まった。そして――


「なぜ!!なぜそれを早く言わないのだ!!」

「い、いたいいたいそんなに掴まないで!!」


(言い出せなかっただけ、なんだけど……)


 しかし、ノワは飛び上がるように起き上がると、つかつかと塀の方へ歩いていく。


「……ノワさーん?」

「下がっていろ。今すぐ破壊する」


(今すぐ……!?!?)


 たしか、満月に近いほど力が弱まっていくのではなかったか。 


(ここ、多分かなり強力な魔法だよね……)


「あの、ノワさん無理はしちゃ――」

「炎よ、我が手に集い――」

(あ、ダメだこれ聞いてないわ)


「……『破滅の火炎(エクシティウム)』」


ノワがそう唱え、塀に触れた途端。


ドッカーン!!

ガラガラガラ……


「わーお……」


 爆音と共に、城とそれを囲う塀が崩れ始めた。


(……これで、一番力弱いのかぁ……)


 破壊した本人を見ると、特になんでもないことのように平然としている。


「リーナ、こっちだ」

「は、はい……」

「だから敬語は――」


 改めて魔王の力、というやつを思い知らされた。


(敬語脱出までの道のりは、まだまだ長そうです……)


 なんて思っていると、ノワに抱き抱えられる。


「う、うぉっ!」


 そして襲い来る浮遊感。下を見れば、崩壊する偽の魔王城。


「あぁ、そうだ」


 すると、ノワが思い出したように呟く。


「これで、俺はかなり力を使ったからな。

……その、あいつを殺す力は残っていなさそうだ」


 少し目をそらして言う彼。あいつ、というのは当然ネロのことであろう。


「あとで適当な魔族を派遣して、捕らえさせる。まずはリーナを連れて魔王城へ――」

「ノワ!!」


 思わず、彼の腕のなかから名前を呼ぶ。


「……ありがとう!」


 その言葉を聞いた彼は、驚いた顔をして。


「……ああ。始めての、お前からの『お願い』だからな」


 そう、言った。


 もう影も、曇りも、自嘲の色もないその言葉を聞いて安心した私。


「ふぁぁ」

(……なんだか、眠い)


 目をつむり、うとうとしていると。


『……ふふ。

リーナちゃん、お疲れ様』


 いつの間にか、真っ白い空間にいた。


「……その声は、妖精さん?」


 目を凝らせば、ぼんやりと光る人影。


『ええ。

ノワを救ってくれて、ありがとう』


 その人影は、長い髪をした女性のように見えて。


(……綺麗だなぁ)


 夢見心地に、そう思った。


『お城は消えたわ。だからあなたは、もう大丈夫』


 そう言う彼女は、しかし少し悲しそうだった。


「妖精さん……?」

『そして。

……お別れよ』


 少し、震えているような声。


『私もまた、過去の存在。

あなた達の……未来の枷に、なってはいけない』


 すぅ、と彼女の光が消えてゆく。


『……最後に、一つだけ』


 声も、まるで霧の中のようで。


『リーナちゃん』


 私の意識も、溶けてゆく。


 彼女の口が、最後の言葉を――


「……い、やだ」


 消えゆく意識に、逆らうように呟く。


 あの時言えなかった、伝えられなかった言葉を。


「泣か、ないで」


 それを聞いた彼女は、驚いたように一瞬光を強めて。


『……ええ、そうね』


 そして、私の意識が光に包まれるのと同時に聞こえたのは。


『リーナちゃん』


 彼女の、笑顔の言葉。


『ふふっ。



……愛してるわ』




◇◇




「……………ま」

(……んー?)

「お嬢様!!」


 ふと目を開けると、そこには白髪イケメン。


「ハク……!!」

「ご無事で良かった、本当に……!!」

「当然だろう、この俺が救いに行ったのだ。無事以外にありえん」


 そしてそう答えるのは、私を抱えたノワ。


(……良かった)


 その瞳は、昇る太陽と同じ赤色。


「歩けるか?」

「た、多分……」


 そっと地面に下ろされると、そこには見慣れた魔王城。


「帰って、来たんだね」


 じんわりと暖かなものが、私の胸を満たしていく。


(……なんだか)


 目の前の魔王城が、いつにも増して。


「ねえ、ノワ」

「なんだ?」


 こんなことを言うのは、きっと少しおかしいのだろうけど。


「魔王城、何か変わった?」


 私の問いかけに、ノワは少し考えてから。


「ああ」


 目を瞑って、静かに答える。


「そうだな、きっと動き出したのだろう」


 そこで、一拍置く。


 何かに向き合うように、その重みから――前へ、進むように。


「――時が、な」

これにて一章は完結となります!

重めの内容もありましたが、如何でしたでしょうか。

作者としては、とても楽しく書き進められて満足です。これも全て読んでくださる皆様のおかげ、感謝の気持ちでいっぱいです。

まだまだ書きたいことは沢山ありますので、お付き合いいただけますと嬉しいですm(_ _)m

本当に、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ