表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/146

28.双生花

――『旧時の指針(グノモン)


カチッ


 どこかで鳴る音。


 空間が、一気に重みを増して。


(――来る!!)

「『光の関門(ムールス・ルーキス)!!!』」


 ノワと私を包み込む、金色の光。


 静かに詠唱したフォンセが片指を上げた、その次の瞬間――


ゴーンッ


 鐘の音。


 空中に現れる巨大な時計。


 その長針が一度だけ動く。


バキバキバキッ!!


「……っ!」


 ヒビが入る光の壁。


 周りを見れば、長針の示す先の空間が一直線に裂けていて。


(見えない攻撃……!

こんなの、どうやって対処すれば!)


 詠唱されるたびにこうして精霊術を展開していては、私の体力が持たない。


(――かといって)

「……ノワ!」

「ああ。

――『焔の神剣(ディヴィヌス)』」


バキッ!!


 時計を破壊し、一直線に突き進む青い炎。


 浮かぶフォンセの眼前に迫り、ドリルのように渦を巻いて襲い掛かるも――


「……」


 フォンセの指先が、静かにその先端に触れる。


――ジュッ!!


 煙を上げて消える炎。


「ふむ。

やはり、魔法単体では干渉されるか」

「そんな、どうすれば……!」


 絶望の表情で見上げれば、フォンセの背後には赤いバラが。


 花弁が徐々に開き始め、まるで鮮血のように周囲に広がっていき――


「――っリーナ、避けろ!!」


ドンッ!!


 突然、ノワに突き飛ばされる。


 何が起こったかもわからぬまま、地面に倒れ込むと――


「……」


――『炎の時針(アクス・ホーラリア)


カチッ


……


ボウッ!!


 燃える炎の音。


 けれどどこを向いても、赤も青も見えなくて。


「……?

ノワ、どうし――」


ジッ


「……え?」


 灰色の何かが、私の横スレスレをかすめる。


 炎が燃えるように、それはじわじわと広がっていき――


「触れるな!

その炎は――『時』に干渉する!」


 ノワの言葉通りに。


 色を失ったその炎が通るところは、みるみるうちに姿を変えていく。


(何が、起こってるの)


 大樹が枯れる。

 

 城壁が崩れる。


 川が干上がる。


 まるでそう――『時』を、その熱で強引に進めるかのように。


(……圧倒的すぎる)


 これほどの魔法をいくつも展開しておきながら、全くの消耗が見られない強さ。


(――これが)

「男神の、力」


 敵うはずがない。


 『格』が、違いすぎる。


「……」


――『焔の霎時モメンテュム


ゴーンッ


 鐘が鳴る。


 世界から一分が消失する。


「――っ!」


 反射的に身をかがめる。


 次の瞬間――


ドゴォッ!!


 消えた一分の熱量が、炎となって解き放たれる。


「……あつ、い……!

――『光の関門(ムールス・ルーキス)』……っ!」


ポウッ


 灯る光は、けれど弱々しい。


(……ダメだ。

もう、あんまり時間がない!)


 死。


 その一文字が、脳裏によぎる。


「……なんで。

なんで私が、こんなことに」


 勝手に日本に送られて。


 勝手にこの世界に戻ってきて。


(――自分の意思で選んだわけじゃ、ないのに)


 勝手に指をさされて。


 どこにいたって、笑われて。


(女神とか男神とか。

……どうだって、いいのに)


 勝手に巻き込まれて。


 勝手に、命を狙われて。


――『お嬢様』


「……大切な人すら、守れなくて」


 全部全部、私のせいで。


「……もう」

(全部捨てて、逃げ出したい)


――それなのに。


「――リーナ!!

無事か!?」


 私を呼ぶ声。


 破壊されていく魔国を見て、身体が勝手に動く。


「――っく……!!

『黄昏の神音クレプスキュリー』!!」


カーンッ!!!


 鋭く細い鐘の音とともに、金の光がフォンセを襲う。


「……!」


 揺らぐ瞳。


 その小さな動揺は、彼の足をかすかに後退させる。


「……お願い!

――届いて!」


 けれどフォンセは、両手を前に出して――


――『往時の鐘(プレータリトゥム)


ガーン!!


「……っ!」


 音と振動に、光が飲み込まれそうになる。


 彼の背後の薔薇が開くたび、その灰色の炎が世界を飲み込んで――


「……もう、だめ――」

「させるものか……!

――『獄炎ランフェール』!!!』


バンッ!!!

 

 弾ける赤。


 一直線にフォンセに向かったそれは、消えかける光と衝突して――


ピカッ!!


 混じり合い、不思議な輝きを帯びて向かっていく。


「……!」


 一歩、一歩と下がるフォンセ。 


 勝機が見えた、というその時に――


ブワッ!!


(――なに、この匂い!?)


 妙に甘いような、それでいて苦いような――強烈な香り。


 見上げれば、光と魔法を相手取るフォンセの背後で。


「……薔薇が、

開いてる!」


 大輪の花は、みるみるうちに広がって――


――『断罪フォンセ


ボーンッ!!


「――っきゃぁぁぁ!!」


 鼓膜を突き破るようにして、低い響きが広がっていく。


(い、たい……!)


 全身の穴という穴から血が吹き出ているかのような、猛烈な痛み。


「……っく!」


 ノワの表情もまた、苦痛に歪んでいて。


(――押さ、れる……!)


 指先の感覚が消えていく。


 必死に光を届けようともがくも、それは消えかけていて。


(……ああ。

ダメ、か)


 白く染まっていく視界。


 世界が、灰に沈んで――


――ふふっ


 ふわり、と広がる優しい香り。


 それは、いつも彼女と共にあった。


(……ああ。

そうだったのか)


 ようやく気がつく。


 その香りが――美しい一輪の薔薇から放たれていたもので。


 ずっとずっと、私を包みこんでくれていたものだったのだと。


「……セレネ」

『ふふっ、全く困ったものね。

せっかく成仏できると思ったら……親子喧嘩なんか始めちゃって』


 くすり、と。


 優しい微笑みが、周囲を照らす。


「親子喧嘩、って。

やっぱり、ノワとフォンセは――」

『さあ、どうかしら。

……ふふっ、でも――』


 ぼろぼろになった私の手を、そっと何かが包み込む。


『こういう時は、私の出番でしょ?』


 そうして。


ボーンッ、ボーンッ


 意識は、無理やり現実に引き戻される。


「……っく!

逃げろ、リーナ!!」


 私の前に立ち、攻撃を受け止めるノワ。


 膨大な魔力と魔力がぶつかり合う。


パチッ


 光は、もう完全に消えかかっていて。


 小さく火花を散らすだけのそれは、消えかかる希望のようだけれど――


「――っ、ノワ!!」


 それでも私は、手を伸ばす。


「……何をしている!

早く逃げろ、お前だけでも――」

「手を!!」


 ばっ、と右手を出しだす。


 いつの間にかそこには――金の薔薇の文様が。


「手を出して!!」

「――死にたいのか!?逃げろと言って!!

これは、命令――」

「早く!!

時間が切れる前に!!」


 必死に叫べば、ノワは戸惑ったようにこちらを見つめる。


「――ノワ」


――信じて


 一瞬のためらい。


 けれど、その直後――


「――ああ。

そうだったな」


 そっと微笑んで。


 片手を離し、私の手に重ねる。


 そこにあるのは――真っ黒な薔薇の文様。


「……ノワ、いくよ」


 見つめれば、頷きが返ってくる。


 勢いを強める灰色の炎を、まっすぐに見据えて。


『『――継神たる双極が命ずる!!』』


ポロンッ


 どこからか聞こえる、小さな音。


 触れればすぐに消えてしまいそうな光は、頼りなく揺らめいて――


「……」


 自身に向けすすむそれを、フォンセはさして興味もなさそうに見つめ――


――『時火(ファイア)


 灰色の炎が、光を飲み込む。


 一瞬で消えた、と思ったそれは――


カーンッ


「……!」


 けれど消えずに、その灰色を眩く包みこんで。


――ふふっ


『上出来よ、お二人さん』


 世界中から、鐘の音が重なる。


カーン

カーン

カーン


 やがて。


 世界そのものが楽器になる。


 空が鳴る。

 

 海が鳴る。


 大地が鳴る。

 

 そして。


 最後の一音。


『『日は既に落ち、月はまさに沈まん。


終わりを忘れし半身を、今一度導け』』


 重ね合わされた手が、光を放って。


『『双生花クローリナ』』


 ゴォォォォォン


「……!!!!」


 初めて。


 本当に初めて。


 その虚ろな瞳が、消えかける炎のように揺らいだ。


 その目に映ったのは。


 黒髪の少年。


 金髪の少女。


そして――


――ふふっ。


『あなた』


 かつて隣で笑っていた聖女。


「『炎の《ファイア・》』――」


 圧される身体を、無理やりに動かそうとして。


ポロロンッ


 黄昏が爆発する。


 それはもはや、光ではない。


 昼と夜の境界そのものが、偽りの神を飲み込んで。


――ドサッ


 墜落する身体。


 耐えかねたように、ノワが駆け出す。


 動かないその横で。


 側で膝を折り、かすかな呼吸を感じて。


「……フォンセ」


 後悔と絶望と、すべてが入り乱れて。


(――ノワ)


 俯いたその背中は、小さく震えていて。


「……俺さえ、いなければ」


 そして。


「すまな――」

「違う」


 懺悔を遮る、静かな声。


 弾かれたように顔を上げたノワの頬に、その手が添えられて。


「……ありがとう」


 その口元は、穏やかに微笑んで。


「ずっと、この時を待っていた。


――僕のノワール」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ