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29.『魔国の兄妹《くろ》』

「……ありがとう。


僕のノワール」


 そう言って。


 最後に小さく、彼の頬に手を沿わせてから。


トンッ


 力なく落ちる片腕。


 そこにはもう、何の生も感じられない。


(――そんな)


 その空間を、壊してはいけない気がして。


 私はただただ、側で立ち尽くすことしか出来ない。 


「――フォンセ!

目を覚ませ、お前は――!!」


 叫ぶノワ。


 けれど望む声は、もう聞こえない。


「……っ。


なぜだ……!なぜまた何も伝えられずに、お前は一人で――」


ポトッ


 伝い落ちる一筋。


 それは閉じた瞼に、薄く広がって――


ポウッ


「……え?」


 突然、2つの光が灯る。


 その不思議な輝きは、静かな闇をそっと照らして。


(……あたたかい)


 ふと下を見ると、私の心臓のあたりが小さく光っている。


 戸惑いとともに見つめていれば、それは急に輝きを増して――


ブワッ!!


(――っ!?)


 私の身体から、光が離れていく。


 不完全な半円のような、三日月のようなそれは――横たわるフォンセに向かっていき。


「……これは。

俺の魂――なのか?」


 ノワの身体からも、その光は離れていく。


ポワッ


 フォンセの心臓の上に集まった二つは、しばらく見つめ合うように静止してから。


……


………


ボワッ!!!


 まるで炎のように輝いて、一つに合わさる。


 放たれる眩い光に思わず目を瞑り、下を向いていると――


『……参ったなー、かっこよく退場するつもりだったんだけど。


どうやら、失敗みたいだね』


 のんびりとした低い声が、優しく私を包み込む。


(……この声は)

「――フォンセ」


 呆然としたようなノワの声。


 目を開ければ、そこにいたのは――炎のように揺らめく、フォンセの姿。


『いやー、これが幽体離脱ってやつなのかな?

さすがの僕も、経験するのは初めて――』

「っお前……!!


ふざけるな!!!」


 震える叫び声とともに、ノワが拳を突き出す。


 けれど拳は、いやにすんなりと炎を通り抜ける。


「……っ」


 行き場所を失った拳。


 ゆらり、と揺れる身体。


「……ノワ――」

「なぜ!

なぜ何も言わぬまま、お前一人ですべてを引き受けた!!」


ブオンッ!!


 佇む炎を掴もうとした腕もまた、虚しく空を切るだけ。


『……』

「お前はいつもそうだった!!

肝心なことははぐらかして、自分の正体さえも明かさずに」


シュッ!!


 炎に触れた拳の表面に、かすかに黒いものがつく。


(……炎に、焼かれて――


――いや、違う)


「……灰」


 答えないフォンセ。


 哀しげな灰色の瞳だけが、己の身体を突き抜ける拳を見つめていて。


「……フォンセ」


 急に、ノワの動きが止まる。


 目を合わせないまま、低い声でその名を呼んで。


「お前が知らぬはずはあるまい」

『……』

「――魔族は。

子を成せば、ほとんどの魔力を失う」


 その言葉を聞いた瞬間。


 フォンセの目がかすかに開かれ――小さく揺れた。


「……そうか」


 ほんの僅かな揺らぎを見逃さず、ノワはつぶやく。


「やはり、そうなのだな。

お前は、俺の――」

『……ノワ』


 ぼんやりと揺れる手が、ノワの手に伸ばされて。


『……』


 躊躇うように、その寸前で止まる。


「……旧神たるお前が、大英雄ごときに負けるはずはない。

この国だって、簡単に守れただろう」


 ふっ、と諦めたように笑って。


「――そう、全盛期のお前なら。

魔力を吸われるよりも前の姿だったならば」


――だから


「俺さえ。


この俺さえ生まれなければ、すべて――」

『――僕が。


たかが勇者ごときに負けると、君はそう言うのかい?』


 弾かれたように顔を上げるノワ。


 その黒髪に、そっと手をおいて。


『……違うよ、ノワール。


これは――僕が選んだことだ』

「何を、言って」

『争いのない世界を創りたかった。


誰もが共に愛し、誰もが手を取り合う――』


――『楽園』


 小さく笑う。


『……だけど、叶わなかった』


 そこには、ずしりとしたなにかがあって。


『だから僕は、せめて未来だけは守ろうと思ったんだ』


「……まさか。

『女神の壁』を作ったのは――いや、()()侵略から魔国を守り続けたのは」


 フォンセは答えない。


 ただ、静かに目を細めるだけだった。


「――愚かなことを!!

お前に出来ぬことが、誰に出来るというのだ!」


――それなら。


「……それならせめて。


お前だけでも、生きて――生き延びて、俺達と共に」

『できるさ。


……君なら。いや――』


――君たちなら


 初めて、その目線が動く。


 柔らかく微笑んで見つめる先には――立ち尽くす私の姿が。

 

『……美しい瞳だ。


――よく、似ている』


 目を細め、そうつぶやく彼に。


(……ああ。


そうだったのか)


 はらり、と。


 押さえきれない涙が、そっと頬を伝い落ちる。


「……っく……!」


 震えるノワの手が、ぎゅっと握られる。


 一陣の風が二人の間を吹き抜けて――


――フワッ


(――っぁ)


 解け始めるフォンセの身体。


(待って、まだ――)


 伸ばした手は、ただかすかな灰を掴むだけ。


『……時間のようだね』


 落ち着いた声。


 けれど対象的に、ノワは声を荒げて。


「待て!!!


また……また俺を一人、ここに遺して――」

『一人じゃない。


言っただろう、君たちならできる』


――ああ、そうだ


 優しく微笑んで、ノワの頭をそっと撫でる。


『……今度は。


君の手で――』


――還してくれ


「……っ!」


 その言葉を聞いて。


 すべてを理解したように目を見開いて――それでもノワは動こうとはしない。


「……できない。


俺にお前を焼くなど、そんなことは――」

『陽はまた昇る。


僕の魂だって――もう巡っているんだよ』


 はっとして見上げれば、そこには輝く一つの魂が。


『これはお別れじゃない。

継承だ』


――だから


 その大きな手もまた、ほとんど消えかかっていて。


 それでも声だけは、優しく微笑み続ける。


「……ノワ」


 彼の方へと、そっと歩み寄る。


 固く握られた拳を解すように、私の手で包みこんで。


「――リーナ」


 迷うように目を伏せたあと。


ギュッ


 力強く握り返される感覚。


 その瞳の奥には――決意の炎が、美しく燃えていた。


「「『太陽の導きにより、汝またこの地に生を受けん』」」


 知らない詠唱。

 

 けれどまるで魂に刻まれているかのように、ノワの声に合わせて私の口は動く。

 

「「『汝の罪を、日のもとに浄化せん』」」


 閉じられるフォンセの目。


 全てから解放されたような、穏やかな微笑み。


(――ノワ)


 見上げれば、彼は頷きかえす。


 重ね合わせた手を、前に出して。


「「――『炎の輪廻(サイクラス・フランマ)』!!!」」


ボウッ!!!


 勢いよく燃え上がる真っ赤な炎。


 その熱に思わず目を細めると、奥に見えるのは――


「……ふふっ。

遅いじゃない、あなた」

「――ああ」

「またそんな顔して。

魔王なんだから、もっとしゃんとなさいな」


 ほら、と言って楽しげに笑う彼女。


 ひとしきりフォンセの頬をつついたあと、彼女はこちらの方を向いて。


「……リーナちゃん。


――ノワ」


 その言葉を聞いた途端。


 重ね合わされた手から伝わってくる、かすかな動き。


(――ノワにも。


見えてる)


「……セレネ」


 震える声。


 一歩出そうとした足は、けれど半ばで止まる。


「――だめよ。


まだ、こっちには早いわ」


 やんわり微笑むセレネ。


 その奥にある悲しみを悟らせまいとするかのように、深く深く。


「あなた達のおかげで。


ようやく私達は、解放された」


(……ああ)


――良かった


 心の底から、安心する。


(セレネも。


……ちゃんと、救われてたんだね)


 視界がぼやける。


 頬を伝う熱いものに、けれど心地よさを覚えて。


「――ふふっ。

本当に、久しぶりね」


 手を取り合う二人。


 超えられない何かが、私達の間を阻む。


「あんまり早くこっちに来ちゃダメよ?そしたら私、怒っちゃうんだから!


――ちょっと、あなたもなんか言ってやってちょうだい」

「え、あ、ああ……


そうだよ、セレネは怒ると怖いんだからね。絶対に来ちゃダメ――」

「……そういうことじゃないわ」

「――っひいい!」


 セレネに睨まれ、縮こまるフォンセ。


「……何を見せられているんだ、俺達は」

「うん、心配して損した」


 目をそらすわけにもいかず、微妙な気持ちで見つめていると。


パアッ!!


 二人を包み込む、美しい光。


「――お別れの時間ね。


……大丈夫よ、私だって――ちゃんと、巡ってる」


 ぼやけていく輪郭。


 急速に声が遠ざかっていくような――懐かしい感覚がして。


 完全にその姿が消える直前に、二人の声だけが響く。


「「ありがとう」」


「「愛しい兄妹ふたり」」



静寂



……


ドン!!


 炎が弾け、草むらの上に投げ出される。


「っぎゃああ!!」


(やばい、早くも怒られるかも!!!)


 地面に落ちる、と思った寸前で――


トスッ


「……全く、最後まで雑な奴らだ」


 呆れたような声とともに、抱きかかえられる。


「……ノワ」

「怪我はないか?

……っと、これは」


 降り立った地上で輝くのは――一つの小さな球体。


 美しい輝きに思わず魅入られていると、それは少しずつ半分に分かれていき――


ポンッ


「……わ!」


 私とノワの胸の中へと飛び込んでいく。


 温かさが広がる感覚に、思わず再び泣きそうになっていると。

 

「……さて、随分と時間を食ってしまったな。

帰るとしようか」

「ノワ……。

いいの?もう少し、フォンセの側に――」

「良い。


……別れは、済んだ」


(――嘘だ。


もっともっと、フォンセに伝えたいことがあるはずなのに)


 なおも動こうとはしない私に、ノワは急に片眉を上げて笑って。


「それに。

お前のことだ、宿題も終わっていないのであろう」

「し、失礼な……!

もうほとんど終わってますよ!本当に!」

「ほう?アリスに手伝わせたとかではあるまいな」

「……うぐ」


 図星をつかれ、ぎこちない動きで目をそらす。


 笑って差し出された手を取り、しぶしぶ歩き出そうとして。


(――っぁ)


 突然立ち止まった私の手を引っ張る、ノワの優しい力。


「――待って、ノワ」

「……?

どうしたのだ、リーナ」

「――終わってない」


 不思議そうに私を見つめる瞳。


(……綺麗だなぁ)


 まっすぐそれを見つめていると、自然と笑みがこぼれてくる。


「宿題だよ。

……一個だけ、終わってないものがある」


(――ノワがいないと。

これは、終わらない)


 ぎゅ、と手を握る。


 溢れ出るすべてを、その言葉に込めて。


「……あのね。


私達の、家名なんだけど――」


◇◇




ポチャンッ


 なみなみと注がれたインクの瓶に、白いペン先がそっと浸かる。


「えー……っと、これで魔王城の修復は終わり、ですね!

次は――そうだ、フェリス!」

「アリス、なんですの?

わたくしは今、見ての通り新しい棍棒のテストに忙しいですのよ」

「テストってお前、俺様のこと殴ってるだけじゃねえか!!

治癒術師はサンドバッグじゃねえって――っぎゃぁぁぁ!!」


シャッシャッ


 白い紙の上に淀みなく紡がれていく、美しい文字達。


「フェリス、カルロスに新たな魔王軍の募集をお願いできますか?

反乱軍の鎮圧に人員を割いてしまいましたので、このままでは国防がおろそかに――」

「……アリス、こんな日も仕事ですの?

ちょっとはあなたも手を休めて、今日くらい楽しめば良いではありませんの」

「だめです!私達この前全然出番なかったんですよ!?

これ以上活躍しないと忘れられちゃいます!」

「……あー、いってえな……。

てかそれを言うなら俺様が一番影薄かったぞ!?名前すら出てねえって!!」


トプンッ


 小さく飛び散る黒。


 けれどその白い手袋には、一点の汚れも見えない。


「早くしろ、リーナ。

儀式の主役が遅刻とあっては、民に反乱を起こされても文句は言えまい」

「っぐぬぬぬ……。

うぁぁ、これどうやって着ればいいの!?これなんで穴三つあるの!?」

「……おそらくその穴の一つは、首を通すものだろうな」

「あったしかに。

――いや、それでも分からん!!なにこれ、黒の後継者の正装ってこんなんなの!?」

「安心しろじょーちゃん、たとえ素っ裸でもオレの幻影魔法でなんとかしてやるからさ」

「いや、そういう問題じゃないと思うな!?」


シャッ


シャシャッ


……


トンッ


 置かれるペン。


「……だが、魔王さんよ。

本当にいいのか?やっぱりもう一回、オレが魂に魔法をかけ直して――」

「――アミル。

民を欺き続ける者に、魔王たる資格があると思うか」

「……それは」


パサッ


 ぎっしりと文字がつまった紙の束の上に、その新たな一頁が追加されて。


「それに。

案外、この姿も――あいつが遺した姿でいるのも、悪くない」

「っ――。

……そうだな。そっちのほうがきっと――喜んでるぜ」


カタッ


 椅子から立ち上がり、本の山に目を留める。


「……まだか?リーナ」

「うぁぁぁ無理だ!!遅刻か全裸か――究極の選択すぎる!!


……たすけてぇぇぇぇ!!!」


――ふふっ


「本当に、困ったお方だ。


……死ぬことすら、赦してはくださらない」


一拍。


「まあ。

今さら、驚くことでもありませんか」


 そして。


「フォンセ様もフォンセ様ですよ」


 微笑んで、彼は歩き出す。


「こんなものを二つも押し付けて。


……全く、つくづく私は主に恵まれない」


 遠くで聞こえる騒がしい声に、目を細めて。


「仕方がありませんね。


……こうなったら、たとえ地の果てまでもお供しますよ」


 小さく息を吸い込んで。


「――()()()


コツッ、コツッ


 離れゆく軽やかな足音。


フワッ


 一陣の風が、机の上を吹き抜ける。


 積み上げられた本の山。


 その一番下だけ、妙に古びていて。


 対象的に、一番上には妙に真新しい1枚が。


パラッ


 風にめくられたその一頁。


 綴られた題名は――




『魔国の兄妹くろ






完結です!

なにぶん不慣れなもので、ご迷惑をおかけすることも多かったかと思います。そんな中でもここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました……!

「完結」という形にはなりますが、メモを見返していたら書こうと思って失念していたストーリーが結構見つかってしまいまして……いつかしれっと追加しているかもしれません。

その時は、またどうぞよろしくお願いしますm(__)m


皆さんのおかげで楽しく書き進めることができました……!本当の本当にありがとうございました!

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