表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/146

27.創世の残火

「俺の魂を書き換えたとするなら。


――フォンセ以外に、ありえないのだ」


 虹の瞳が、揺れる炎を映し出す。


(ノワの半魔の魂を……フォンセが、アミルに書き換えさせた?)

「……そうだとしても。

何のために、フォンセはそんなことを――」

「さてな、あいつの真意は分からんが。

少なくとも黒の当主が――魔族の王が人との『混ざりもの』というのは、穏当な状況と言えないのは確かだろう」


 少し遠くを見つめ、呟くノワ。


(……そっか。

私も最初、色々言われたもんな)


――『半魔ごときが』


 学園で私に向けられる奇異の目には、確かに蔑むような色が混じっていて。


 人との戦いの最中の魔国では、その目線はなおさら厳しいものだったろう。


(フォルテでの扱いよりマシだったから、私には耐えられたけど……)


「――優しいね、フォンセって」


 思わずそう呟くと、ノワは不思議そうに私を見つめる。


(……だって)

「確かに、そういう政治的な理由もあったかもしれないけど。

私は、それだけじゃないと思うよ」

「……ほう、どういう意味だ?」

「半魔だから、って理由でノワが苦しい思いをしないように――だったんじゃないかな。


ノワが、私にしてくれたみたいに」


 そっと見上げれば、驚いたように見開かれた瞳。


「――それは」


 何かを言いかけるように開かれた口は、けれど半ばで止まって。


「……そうかもな。

――今となっては、知るすべはないが」


 ふ、と目線を落とす。


「……俺は、あの二人のことを何も分かっていなかったのやもしれんな。

わからないままに――大英雄の混乱の中、あやつは倒れて」


 ちらり、と炎を見つめてから。


「……セレネも。

突然姿を消したきり、戻ってはこなかった」


 哀しげな瞳。


 置いていかれた者のつらさと、言葉にできない思い。


(あの魔族の言葉を信じるなら。

……セレネは、きっと)


 その亡骸からだも何もかも、憎むべき敵に奪われて。


 女神を蘇らせるための狂った実験の果て、『駄作』へと作り変えられた。


「……ノワ」

「――ああ、すまない。

怖い思いをさせてしまったか?」


 暖かい手が、私の金の髪をそっと撫でる。


(セレネは――)

「――っ、」


 喉元まで出かかったその言葉は、なにかに引っかかったようで。


(……言えない)


 きっとノワは、かすかにでも信じているから。


 記憶の中の彼女が――まだどこかで微笑んでいると、そう。


「そういえば、リーナは」


 押し黙っていると、そんな私を気遣ってか優しく問いかけられる。


「セレネのことを、どこで知ったのだ?

まさかブランではなかろう、あいつはその存在を知らなかったはずだからな」

「――それは」


(……どう伝えればいいのかな)


 導かれた精霊と一緒に消えた、と言えば――きっとノワは察してしまう。


(……よし。

とりあえずは――)


「えっと……前に、数百年前の魔王城に誘拐されたことがあったと思うんだけど」

「ほう、さてはあの魔法の空間か?」

「そうそう、『時の番人』――」


カチッ


「――」

(……え?)


 言葉を発しようとしても、私の口は言うことを聞かない。


(……どうなってるの)


ズリッ


(……っ)


 何かを引きずる音。


ズリッ


ズリッ


 木陰から伸びるのは、黒く焦げた指先。


(なに、あれ)


ズリッ


 折れた骨が地面を削る音。


チクッ


タクッ


チッ


チッ


(――ひっ)


ズリッ


 半ば這うようにして現れたそれは。


「……っあははっ」


(ネロ……!?

どうして……!棺から出てきたフォンセに――あの時、殺されてたはずじゃ!)


 潰れる音と、折れる音。


 死の直前の私の脳裏に焼き付いたそれは、確かに本物だったはずなのに。


ズリッ


(まさか、生き還っ――

……っえ?)


 思考が止まる。


ズリッ、ズリッ


 時を刻むそれに交じるのは、やはり異様な音。


コツッ、コツッ


 私を守るかのように、前に出るノワ。


「……ほう。

随分と――」


――無様な姿だな


 眉をひそめた彼が、嫌悪の表情で見つめる先には。


チクッ、タクッ


チッ、チッ


チクッ、タ……タタッ、チタククチクタッチクッッッタクッッ……!!!


「――あははっ」


(――っひ!)


 あらわになるその全容。


 なにかに焼かれたような肌は黒く焦げつき、その両の目は黒く落ち窪んで。


 折れて剥き出しになった骨は、彼の喉を突き破っている。


(――なんで。

なんでそれで、生きて――)

「……っあはは、ふしぎ、そう……だね」


 途切れ途切れの声には、ひゅーひゅーという異音が交じっていて。


「っはは、僕からしたら、君がここにいるほうが、おどろ……きだけど」

「……どういう意味だ。

リーナに何をした?」


ブワッ!!


「……っく」


 広がる殺意。耐えきれなくなったのか、白い骨が見える片膝をついて。


「……っふふ、僕が――なにかしたわけじゃ、ないよ。

だって僕は――」


 笑おうとして、焼けただれた頬がくぼむ。


「フォンセ様を、本当の魔王様を――。

その亡骸から、復活……させた、だけだもの」

「――っ!」


 見開かれるノワの目。


「……あははっ、僕は――君に、感謝してるよ?

本来は、その炎で……還すべきところを、君は――」


――焼かなかった


 心底愉快そうに、声は笑う。


「……あははっ、おかげで――僕は。

こうして、フォンセ様を……っぐふっ!!」


ボウッ!!!


「――黙れ。

言ったはずだ、今後リーナにまた関わるようなら――俺はお前を」

「……っあ、はは。

本当……嫌になる、よね」


ズリッ、ズリッ


 火だるまは、それでも這って前へと進む。


「フォンセ様、も。

君にだけは――ずっと、特別、で」


ズリッ


 その赤が向かう先は――もがくように燃え続ける、金の炎。


(っ、あっちは――


フォンセが!!)


「……く!


炎龍ドラクニス』!!」


――グルァ゙ァ゙ァ゙!!!


「……あ、ははっ。

僕のこと、なんて――見て、くださらなかった」


グシャッ!!


 飛び出した炎の龍は、確かにその無惨な姿を砕くも。


ズリッ、ズリッ


 原型を留めぬ肉塊は、それでも前進し続ける。


「――っあははっ。

僕は、もう――」


ズリッ


「……っだから。

フォンセ、様……」


ズリッ、ズリッ


――ズッ


 ついに燃え盛る炎の前にたどり着いた彼は、必死に片手で身体を起こす。


 祈るようにその中を見つめ、手を伸ばして――


「最後、くらい。


あなたさまの、ため、に」


バキンッ!!


 歪な体重に耐えきれなくなった骨の一本が、砕け散る。


「……」


 沈黙。そして――


ボッ!!


 金の光の間を練るように漏れ出る、一筋の禍々しい黒。


(まだ、動けるの……!?)


 その黒は、ネロの方へと伸びていく。


「……ふむ。

最後の悪あがき、と言ったところか」


 その様子を見たノワは、片手を前に出して。


「今、まとめて楽にしてやる。

……リーナ、下がっていろ」


――『焔の神剣(ディヴィヌス)


バキッ!!


 空間が砕ける音。


 すべてを破壊しながら、一直線に青が飛んでいき――


「……あは、はっ。

さいご、は――」


――僕の、勝ちだ


カチッ


 壊れかけた巨大な時計が現れ、青を受け止める。


ピキピキッ、ピキッ……


 みるみるうちにヒビの入る針。


「……無駄なことを。

その程度で俺の魔法を防げるとでも――」

「っノ、ワ!!」

「……リーナ。

どうした?」


 うまく動かない口を、必死に動かして。


「あ、れ。


見、て――」


 ぐにゃり、と。


 禍々しい黒が、ネロの方へと伸びていき。


「……っな――!!!」


バキッ!!


 壊れる時計。


 勢いそのままに伸びる青が、その黒へと届く寸前。


「……


『大罪』――」


――『暴食グラ


グジョッ!!


 湿った音とともに、黒はネロを飲み込んでいく。


「……あ、」


チクッ、チクッ


チッ、チッ


チ――


――


バキンッ!!


(――ネロを。


取り込んだ……?)


 それを合図に、世界は再び動き出して。


「――っ……!」


ゴウッ!!


 彼を覆っていたはずの金の炎が、一瞬で砕け散る。


 ずしり、とのしかかる圧。


(息が、出来ないっ……!!)


コツンッ、コツンッ


 燃え残ったネロの衣の端を踏みつけ、黒は一歩一歩と進んでいく。


 そこには――先程までのぎこちなさが消え、圧倒的な王の風格すら漂っていて。


「……」


 すっ、と右手を前に出す。


(逃げ、なきゃ)


 それなのに。


 私の身体は、縫い止められたように動かない。


(なんで、もう魔法だって溶けたはずなのに)


 焦りと恐怖の中、ただただその姿を見上げていると。


「……」


 小さく、彼の口が動いて。


――『時の番人(ネロ)


ゴーンッ!!


世界が震える。


「――っう、ぁ!!!」


(なに、これ……!!)


 視界に火花が散る。


 思わずよろけ、倒れかけると――


「――大丈夫だ。

俺がいる」


 そっと抱き寄せられる。


 優しい声は、けれど次の瞬間厳しい調子に変化して。


「……やはり。


ブランの予想通りだったようだな」


「……」


 黒を纏うフォンセ。


 その背後に展開されるのは、巨大な時計と――そして。


「――薔薇?」


 それは。


 フォルテ王家の紋章にも刻まれた、女神ルナの象徴。


 金色の薔薇に、どこか似ていて――


(――違う)


 けれど、その色は――


 血を流したような、真紅だった。


「……戻ってきたか」


ゆっくりと細められる虹の瞳。


「魔王――いや」


 一拍。


「世界の半身。


……男神フォンセよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ