26.虹色の証明
カーンッ!!
鐘の音が、空間を切り裂く。
光が広がり、やがてうねりながら一筋へと収束して――
(そのまま――)
「前へ!!!」
叫んで、その手を力いっぱい振り下ろす。
ピカッ!!
私の声に合わせるように、フォンセへと向かって行く光。
「……」
ザッ
初めて、その足が動く。
迎え撃つように、その背を少し低くして――
――『炎龍』
「グルアァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」
鋭い牙。迫る光を砕く勢いで、それはギラリと輝いて。
――ドンッ!!
「……っ!」
光を介し、私の手に伝わってくる力。
両者の間で、金と赤がぶつかり合う。
「――くぬぅっ!!!」
両手を前に出し、必死に踏ん張るも。
(つよい、なんかすごい力つよい!!)
ぷるぷると震え始める私の腕。
伝い落ちる汗が、私の目に入る。
「……」
ドッ!!!
ぼやける視界の中、私の目に映るのは――平然と魔法を撃ち続けるフォンセの姿。
「っぐぬぬぬにににに……!!!」
ズリッ
地面にめり込んだ私の足が、徐々に後ろへと下がっていく。
(負ける、もの……かぁぁぁ――)
「……」
――『炎の審問』
フォンセが小さく呟いた、次の瞬間。
バンッ!!!
「……は?」
加わる力が、鉛のように重くなる。
(なにあの魔王、魔法追加した!?
そんなおかわりみたいに……!!!)
涼しい顔で魔法を展開するフォンセを見て、もはや怒りすら湧いてくる私。
「女神の、力は……っ!!
魔法に……強いんじゃ、なかった、っけ!?!?」
ズズッ!!
息も絶え絶えにそんなことを叫んでいる間にも、確実に後ろへと押されていく。
「ちょ、これ……以上、は――」
だんだん、視界が真っ暗になっていく。
カチャッ
(――っ!)
遠くの彼が、剣を構える音。
顔の高さに持ち上げられたそれは、次の瞬間――
ブオンッ!!
(……あ、終わったこれ)
迫る刃に、死を覚悟したその時。
「――俺が見た時は。
もう少し、美しい術だったのだがな」
カキンッ――!!
宙を舞う銀の光。
「……ノワ!!」
「まあ、お前らしいと言えばお前らしい。
……良くやった、リーナ」
――これで、届く
笑みを含んだ声が、静かに唱える。
「――『炎神の審判』」
チリッ……
――ボワァァッ!!!!
燃え盛る炎が、フォンセを包み込んで。
「……」
ふっ、と消える力の圧。
「……っはぁ、はぁ……。
き、きつかった……!!!」
「息も絶え絶え、と言ったところだな。
日頃の運動不足が祟ったか?」
「余計なお世話です!!
てかほら、早くトドメ指してきてよ!魔法解除されちゃうんじゃ――」
「その心配はない。
お前の光に俺の魔法を混ぜたからな、少なくともしばらくは動けまいよ」
良くやった、と言って私の頭を撫でるノワ。
「下手にこちらの手の内を晒すのも危険だろう。
これで片がつくと良いのだが」
「……ちなみに、これ以上精霊術使ったら筋肉痛で倒れそうなんだけど――」
「早いな、やはりもう少し動いたほうが良いのではないか?
1日中ケーキやら何やら食ってばかりでは、そのうち歩くことすら――」
「わかったから!刺さるからやめて、ね!?
……ってか、やっぱり――」
(さっきの、ノワの反応。
そうとしか思えない)
フォンセを取り囲い、燃え続ける炎。
その赤に照らされた横顔を見つめ、私は問いかける。
「――セレネを。
知ってるんだよね」
虹の瞳が、小さく伏せられて。
「……ああ。
あやつの――セレネの存在を知っているのは、俺とアミルと」
そして、と言って。
燃え盛る炎を見つめ、そっと呟く。
「一番側にいた、フォンセくらいなものだったろうな」
(やっぱり、そうだったのか)
私の胸に、何かがすとんと落ちる。
魔王の傍らの、金髪の聖女。
(普通なら、ありえないことだ)
けれど、それは。
数百年前、あるいは数千年前から、ひっそりと深い黒に隠され続けて。
「ノワ」
飛び散る火花が、パチリと音を立てる。
「聞かせてくれる?
ノワの前での彼女――セレネのこと」
「……ああ」
しばし、目を瞑って。
「俺が生まれた頃には、既にセレネは魔王城にいた。
……いや、『いた』というのは正確ではないかもしれんな」
「住んでたわけじゃない、ってこと?」
「ああ。
俺の――今はリーナが使っているあの部屋に、セレネは突然現れるのだ」
「現れる?
……えっと――来る、とかじゃなくて?」
(それじゃまるで、幽霊かなにかみたいじゃ)
けれどノワは、少し笑って頷く。
「本当に、そうとしか表現しようがなくてな。
ふと目線を上げたら、少し部屋を離れて戻ってきたら――あやつはそこに立っているのだ」
してやったり、といった表情でな――と苦笑いするノワ。
――『……ふふっ』
いたずらっぽい笑い声が、懐かしさとともに蘇る。
「魔王城に現れる金髪の、それも光の精霊術を扱う聖女。
良く考えればすべてがおかしいのだが――あやつがあまりに自然なものでな」
特に疑問にも感じず受け入れていた、と笑うノワ。
「そうして尋ねてきたあやつは、幼い俺の世話をしたり添い寝をしだしたり。
途中からフォンセも加わりだすゆえ、本当に大変な思いをしたものよ」
「フォンセも?」
「セレネが来る時は、たいていフォンセも俺の部屋に来るのだ。
……止めれば良いものを、楽しそうに二人で語り合うものだからどうしようもなくてな」
(――ああ、それで)
私の部屋にあった鏡やら化粧台やら、女物の家具。
(ノワは使わないから、不思議に思ってたんだけど)
その話から察するに、セレネが使っていたものだったのだろう。
「なんか。
すっごい、自由だね……」
素直にそう口にすれば、ノワは深く頷いて。
「ああ。ある時は、俺を驚かせようと棚の上に登って――そのまま落ちかけてな。
幼な心ながら、随分と呆れたのを覚えている」
そう言って、楽しそうに笑ってから。
「――だが。
あいつは、決して――」
――部屋の外には、出なかった
「フォンセもフォンセで、セレネがいるときには決して部屋に誰も近づかせなかった。
……今思えば、あやつの存在を隠そうとしたのだろう」
「隠す、って――誰から?」
「あの頃、人と魔族の争いは激しさを増していてな。
……大英雄が召喚されたのも、そのわずか十数年後だったように」
暗い顔で、そっと目を伏せる。
「敵である人間が信仰し、彼らが使う精霊の女王でもある女神。
その化身とも言える、金髪のあやつは――」
――魔族の手によって。
「危険にさらされることは、間違いなかったのだろうな」
(……そっか。
ずっと前から、人と魔族は争ってるから)
壁で隔てられた時代しか知らない私には、その時のことはわからないけれど。
(――きっと。
魔族だって、たくさんの同胞を失っていて)
人間への感情が、良いものであったはずがない。
「……リーナ。
先程俺は、この魂が――半魔だと言ったな」
「――っ、うん。
で、でもそんなことありえるの?だって魔族って、魂見たら半魔ってわかるんじゃ」
「ああ。
……俺自身も、そう思ってきたのだが」
ちらり、と視線を送る。
その先には――そっと岩の上に寝かされた、アミルの姿。
「……『リアム』としてのあいつに出会った時。
俺について、あいつはこう言った」
『怪しまれないようにできる』と言うソータの言葉を受けて。
――『……出来なくはねえ。
ブラン様の方は、確実に出来るだろうな。だが――』
「『――あんたは、もう無理だ』とな」
(無理、って。
……ノワに、魔法がかけられないってこと?)
そんなことがあるのか、と戸惑っていると。
「知っての通り、あいつの魔法は幻覚だ。
……魂すらも対象とするその魔法は、しかし――」
とん、と自分の胸を叩いて。
「同じ魂には。
――『一度しか、使えない』」
「……それって」
「俺の魂に、既に魔法がかけられていると。
そうとしか考えられないだろうな」
(それなら。
本来は半魔のノワの魂を、アミルが魔法で純粋な魔族のものに偽って)
けれど、と私は思う。
「誰が、何のためにそんなことを?
……アミルが自分からしたとは、思えないのに」
「その通りだ。あいつは『証人』、自らなにかに干渉するようなことはない。
――たった一つの例外を除いてな」
(例外?)
ゆっくりと、ノワの目線が横を向く。
ゴウッ!!
その目に映るのは、燃え盛る赤。
「たった一人だけ。
『空音の証人』に命令を――いや、『頼み』をできる存在がいた」
バキッ
炎の檻の一部が軋む。
(……まさか)
奥で、赤い瞳が煌いて。
「そうして俺の魂を書き換えさせたとするなら。それはあいつ――
――フォンセ以外に、ありえない」




