25.黄昏の記憶
「……解除したのか。
俺の魂の――『嘘』を」
魔力のほとばしる己の手を見つめ、ノワは静かに呟く。
(フォンセは、魔法に干渉できるんだよね。
……でも、解除って――一体何を?)
見たところ、ノワは何か攻撃をされた気配はない。
(むしろ――)
「強く、なってる……?」
チャッ
少し離れたところから聞こえるのは、フォンセの持つ剣が構え直される音。
「リーナ。
――今のうちに、あいつを倒し切る」
ゆらりと魔力が動き、ノワが立ち上がる。
私を見つめるその目は――彼を苦しめてきたはずの、美しい虹の色をしていて。
(……どうして。
それじゃまるで、フォンセが――)
「ノワを、助けた?」
理解できない。
膨れ上がる力に揺らぐ空間で、私は呆然と立ち尽くす。
コツッ、コツッ
私を置いてフォンセに歩み寄ろうとする彼に、必死に手を伸ばす。
「……待って!
魂って――『嘘』って、どういうこと!?」
(そんな言い方、まるで)
これまでの彼の魂が、偽られていたかのようではないか。
「……リーナ。
ブランと会ったか」
「――っ」
(――ハク)
詰まる言葉。
思わず俯いて答えられずにいると、ノワは何かを察したようにしばし沈黙して。
「……そうか。
――あいつは、なにか言っていたか」
コツッ、コツッ
フォンセの方へと歩み寄りながら、静かに問いかける。
――『あのバカを、頼みましたよ』
「……っ」
じわり、と溢れそうになる涙を押し殺して。
「ノワのこと。
頼む、って」
「――ははっ。
俺にあれだけのことを言っておいて……本当に、図々しいやつだ」
そう言って笑う彼は――けれどその拳を、強く強く握っていて。
「……ノワは。
何、話したの?」
「俺か?
そうだな、いつも通り散々な言い草だったが」
彼の表情は、その背中に隠れて見えない。
「どうやら、あいつによれば。
――俺は、半魔らしい」
「……は?」
思考が止まる。
半魔。
その言葉の意味を、私は知っている。
(それって――)
キンッ!!
鋭い音とともに、炎をまとったフォンセがノワに斬りかかる。
ガキッ!
そばに落ちる木片を掴み、刃を片手で防ぐノワ。
(半魔、って)
「ノワ、それってどういう――」
「ふむ、直接触れては無効化されるのがオチか」
バキッ!!
木片が砕け、迫る刃。
素早く飛び退ったノワは、私の傍らに軽く着地する。
「あのーノワさん、説明を……。
……聞いてます?半魔って――」
「リーナ、すまないがその術を俺にかけてくれ」
「やっぱ聞いてな――
……え?」
「先程の光の壁だ。
魔法で防御しては、あやつに干渉されるからな」
まじまじ見上げれば、至って真面目な表情で私を見つめるノワの姿。
「……で、でも。
魔族にとって、光の精霊術は有害なんじゃ――」
「お前が大丈夫なのだ、今の俺に出来ぬはずはあるまい」
「いや、どういう理論よ。
……言っておくけど今の私、見ての通り魔族じゃないからね」
そう言って、風に少し浮いた長い金髪を見せる。
「光――女神の力、なんでしょ?
いくらノワでも、ただではすまないんじゃ――」
――『炎の太刀』
ボワッ!!
フォンセの声とともに、巨大な炎の剣が空間を埋め尽くす。
「……っあつっ!?」
「理屈はあとで説明する、とにかくやってくれ。
……俺を丸焼きにしたいのならば、別に構わんが――」
「ああもうわかった!わかりましたって!」
どうにも説明する気はないようなので、半ば諦めの気持ちとともに手を彼の方に向け――
「――『光の関門』!!」
パァァッ!!
二人の身体を包み込む、美しい金の光。
「上出来だ。
……さて、これで思う存分戦えるというものよ」
笑ってそう呟いた瞬間――空間がぐにゃりと歪む。
(っなにこれ……!
魔力が、一斉に動いて――)
「……」
ガンッ!!
フォンセの剣が動くと同時に、大剣も一斉にノワめがけ襲い掛かるが――
「遅い。
――『神火』」
ドゴゴゴゴ……
波のように広がったその炎は、あっという間に大剣を飲み込む。
「――っ!
ノワ、大丈夫!?」
轟音と振動の中、耳を押さえながら叫ぶ。
「光の精霊術、たぶん解除もできるけど――」
ぼんやりと見える金の光は、落ち着いて答える。
「問題ない、しばらく使わせてもらうぞ。
――ああ、それと」
ジュワッ!
波が引き、開ける視界。
「……」
チャッ
波を防ぐように構えた剣の奥――フォンセは変わらずに立っている。
(やっぱり、これだけじゃ倒せないのか……!)
圧倒的な強さを前に、私は小さく唇を噛む。
(さっきの魔族との戦闘では、わけも分からず力使っちゃったからなー……)
感情の高ぶりによる一時的なものだったのか、それとも力を使い切ったのか。
どう頑張ろうと、今の私にできるのは壁の生成だけ。
「……っ」
役に立てない。
その無力感だけが、私の心に影を落としていく。
(……せめて。
せめて私にも、なにか攻撃手段があれば――)
「――『黄昏の神音』」
「……え?」
ノワの口から放たれたその単語に、思わず目をしばたたかせる。
「な、なんて?」
「さあな、俺にもさっぱりだ。
だが――お前なら、わかるかもしれんと思ってな」
カンッ!!
素早い動きで剣を打ち込むフォンセ。
応戦しつつ、ノワはちらりと私の方を振り返る。
「これを俺に教えたのは、とある金髪の聖女だ。
……いや、魔王城にいる時点で聖女ではないのかもしれんがな」
カンッ、トンッ!
空を切る剣。
2つの黒が、拮抗する。
(魔王城の――金髪の、聖女?)
「それ、って」
「今でも、あやつが何者なのかは分からん。
……だが、俺の前で一度だけ――その力を見せてくれたことがあってな」
――『こ、このお城の妖精さんよ!!守り神、的な!』
(……まさか)
当たり前だ。
大英雄の混乱のさなか、静かに息を引き取った彼女は。
「俺が幼い頃、半魔王派の襲撃から――俺を守るために。
最初に俺が見た光の精霊術というのは、実はそれなのだ」
当然、ノワの側にも長くいたはずで。
「――ああ、ちなみに」
カーンッ!!
フォンセの手元から、錆びた剣が弾け飛ぶ。
「……」
無言で新たな炎を生成しようとするフォンセ。
それを止めるでもなく、ノワは懐かしげに笑って。
「コツは。
――『そこはなんか……勘よ!!』だそうだ」
それを聞いた途端。
――『行くわよ、リーナちゃん』
ふふっ、という笑い声が聞こえた気がして。
「ほんっと、テキトーなのは。
ずっと変わってないんだね」
(そんなんじゃ、何もわからないって)
苦笑しつつも、私は手を前に向ける。
ふ、と肩の力を抜いて。
「……行くよ。
――セレネ」
ボウッ!!
燃え上がるフォンセの炎の横、その名を聞いたノワの驚いたような顔が照らされる。
「守られてばっかりじゃ、ハクに怒られちゃうからね。
――『黄昏の神音』」
ポロンッ
静かな響き。
次の瞬間――
カーンッ!!
鋭い鐘の音とともに、世界を光が包みこんだ。




