24.嘘の終わり
「お前ら。
フォンセ様を――」
バンッ!!
――頼んだぜ
弾ける炎。
そのまま彼――アミルの身体は墜落していく。
(――え)
彼の槍に貫かれたはずの男の身体は、いつの間にか傷が塞がっていて。
「……ノワ。
あれが。あの人が――」
「ああ。
俺の先代の魔王にして当主――フォンセ=クローリナだ」
ゴウッ!!
燃え盛る炎。
赤い光に照らされ、その黒髪の奥の表情があらわになる。
「……いや。
正しくは、その亡骸を使っただけの――傀儡と言ったところか」
呟くノワの隣、私は衝撃で立ち尽くす。
(……そんな)
「――どうして」
私は。
その赤い瞳を、知っている。
(夢……いや、あれは)
「過去の――私が生まれた時の、記憶?」
ゆりかごの中の私に微笑みかける、優しい金髪の女性。
その声は確かに、私がよく知るセレネのもので。
「……」
その側に立つ男は、今目の前にいる魔王と――同じ姿をしていた。
(あれが、フォンセ。
……それなら)
――『どうして。
宿敵であるはずの男神を――』
数百年も前、滅びゆく魔国で。
女神を信仰し続けた、彼が見たものは。
――『魔王を。
……愛したのか』
(本当、だったの?)
何かが、繋がり始める。
(セレネは。
魔王を――男神を倒したとされる、女神)
それなら。
――『頼んだわよ。
あなたの――』
その二人の、最期の記憶を持つ私は。
その手に抱かれて、異界へと送られた私は。
(一体。
だれ――)
「……『炎龍』」
感情の読めない、低い声。
それに呼応して現れるのは――
「グルアァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」
建物を優に覆い尽くすほどの、巨大な炎の龍。
「――!」
舞い散る火の粉に、思わずたじろぐ。
(……っ今は、そんなこと考えてる場合じゃない!!)
「――ノワ!!」
周囲の金の光を感じながら、私は叫ぶ。
「私は大丈夫!!
自分の身くらい、自分で守れ――」
ボコッボコッ
泡が弾けるような、けれどそれにしては重い音。
(なに、この音。
水なんて、どこにも――)
ジュッ!
その音とともに、足の裏にぐにゃりとした感覚が伝わってくる。
慌てて下を見れば、そこには――
「……ひゃぁっ!?
なにコレ、なんか地面が……っマグマ!?」
ボコボコ音を立てて溶けゆく、私の足の下。
「――っ、
『光の関門』!!」
パアッ!!
私の周囲を取り囲むように、光の壁が展開される。
ドッ
押し寄せるマグマの波は、見えないそれに阻まれて動きを止めて。
(――よしよし。
これで焼け死ぬことはな――)
「……っわ!?」
ゴポポポポ……
「いややばい、沈む!!死ぬ!!うわぁぁ!!!
マグマで溺死とかすっごくいやだぁぁぁ!!!」
沈みゆく身体、真っ赤に埋め尽くされていく視界。
(セレネのばか!
もうちょい光の精霊術、教えといてくれてもいいのに!!)
涙目でジタバタもがいていると、急に私の視界を黒が覆い尽くし――
「――リーナ、下がっていろ」
「ノワっ……!!
え、えでも溺れてるから下がれな……え、ちょっと待っ――」
「――『熱雲』」
ドッ!!!!
「っきゃぁぁぁ!!!」
凄まじい熱と光とともに、天から炎の濁流が流れ落ちる。
(すごい力……!!
これがノワの、本気……なの?)
ドゴゴゴゴッ!
「――っ」
振動と轟音が、私の鼓膜を揺らす。
必死に耳を塞いで見上げると、それは一直線に空中のフォンセへと向かい――
ドサッ!!
あっという間に、その姿を覆い尽くした。
「……っわ!」
同時に、すぽんっと地面から抜ける私の身体。
(良かったぁ……。
地面、戻ってる)
しっかりとした足裏の感触に安心し、そのままへたり込んでいると。
「すまない、久しぶりに使ったものでな。
……怪我はないか、リーナ」
差し出される手。
心配そうに私を見下ろすのは――先程の魔法を放ったらしいノワ。
「大丈夫、ありがとう。
……でも、さすがだね。こんなにあっさりフォンセを――」
「――いや」
ノワの瞳が、細められる。
「……まだ、終わっていない」
ボウッ!!
それを合図にしたかのように、私の周囲を取り囲む青い炎。
「っ何!?
――ノワ!!」
伸ばした手は、けれど二人を遮るその熱に阻まれて。
(まずい、炎に囲まれてノワの姿が見えない!!)
周囲一帯を焼き尽すほどのその熱に、空間までもが歪んでいる。
「……仕方ない!!
――『光の関門』!!」
パアアッ!!
(早く。
壁が消える前に、ノワのところに――)
「……っ熱っ!?」
壁を貫通し、私の頬に当たる火の粉。
(何この魔法……!
これまで見てきたどんなものとも――格が違う!!)
この分では、壁が破壊されるのも時間の問題だろう。
必死に歯を食いしばり、熱に耐えながら手探りでノワを探す。
「ノワ、どこ!?
……大丈夫!?」
ゴウッ!!
炎の音にかき消され、思うように声も広がらない。
ピキッ
(――壁が!!)
ヒビの入りゆく光に、時間がないことを悟る。
「……ノワ――」
「――リーナ、無事か!?」
答える声。
けれど、そこには焦りの色が混じっていて。
「……ノワ!!
良かった――」
「っ来るな!!
あいつは、他人の魔法に干渉――」
バンッ!!
ノワの言葉が途切れ、弾けるような音が響き渡る。
「……ノワ!?」
シュッ
同時に、その青い炎が消えて――
(……え?)
ドサッ
目の前に現れるのは――錆びた剣を地面に向ける、虚ろな瞳のフォンセと。
「――くっ!!」
ギギギッ……
首元に迫るそれを、ギリギリのところで押さえるノワの姿。
ポタッ
剣を押し返そうとするその手のひらから、血が伝い落ちる。
「なん、で――」
「……っ、聞いていた以上の理不尽だな。
本当に、防御魔法を無効化してくるとは」
ははっ、と苦しげに笑う間も――剣はどんどんとその手をえぐっていき。
その鈍い銀の光は、ついに彼の首元に届き――
ザンッ!!
「……ノワッ!!」
思わず、目を瞑る。
数秒の沈黙の後、聞こえてきたのは――
「――フォンセ?」
少し戸惑ったような、ノワの声。
恐る恐る目を開けると、そこには――
「……っぐ」
己の握る剣を、もう片方の手で掴むフォンセの姿。
虚ろな瞳は、相変わらず何の感情も写しはしないけれど。
(どう、なってるの?)
「……」
まるでそれは、ノワを傷つけようとする自分を止めるかのようで。
「――まさか。
自我が、残っているのか?」
目を見開くノワ。
答えないフォンセは、しかし剣を握る手を素早く離し――
トンッ
「――っ!?」
ノワの心臓のあたりにそっと触れてから、素早く後ろへと下がる。
「――え?」
一瞬だけ、その口元が――優しく笑った気がした。
(……気のせい?
っいや、今はそれよりも――)
タタタッ
「ノワ!!」
(何か今、フォンセにされたんじゃ!)
駆け寄る私。
「っ大丈夫!?
どこか痛いとか、違和感とか――」
「――された」
「……え?」
ゆっくりと、ノワの顔が私の方を向く。
「な、何……」
思わず、息を呑む。
その瞳は――先程までの赤ではなくて。
(……同じ。
セレネと、私の――)
虹色。
「どう、なって」
ブワッ!!
呆然と見つめ返す私の前、突然ノワの魔力が膨れ上がる。
(……っ!)
ただその場にいるだけで、吹き飛ばされそうなほどの圧。
カチャッ
「……」
遠くでそれを見つめていたフォンセは、警戒するように剣を構え直す。
その瞳には、もう一瞬だけ見えた揺らぎは見えない。
「す、ごい……。
こんな力、どうしていきなり――」
膨大な魔力で、蜃気楼のように揺らぐ空間。
圧倒的だったはずの実力差が、一気に埋まっていく感覚。
「これは」
己の手を見つめ、ノワは静かに呟く。
「……解除したのか。
俺の魂の――『嘘』を」




