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23.心なき炎

ドォォォンッ!!!


 舞い上がる粉塵。


 その中から現れるのは――真っ赤に渦を巻く、一柱の炎。


「――ッチ!

近づけねえ!!」


 舌打ち。


ヒュンッ!!


 煙の中を風のように走り抜ける、一匹の狼。


 深い紫の瞳が、光のように一筋の残像を残す。


「よしよし、いい調子だぜ!

このまま足元まで……!!」


 それは迫る火球を華麗に躱し、素早い動きで敵へと迫るも――


――『ファイア


 無機質な、低い声。


 それを合図に、小さな火種が狼の足元に現れて。


ゴウッ!!!


「っ!?」


 その全身が、炎に包まれる。


「っあっち!!

……死ぬ、これは流石に死ぬ!!」


 尾を振り回し、叫ぶ狼。


 こころなしか毛深い顔に焦りの色すら見える彼は、その次の瞬間には――


ボンッ!!


「……くそっ!!」


 そこに立つのは、本を片手に舌打ちする一人の魔族――アミル。


「魔法解除まで同じなのかよ!

全く……死んでもバケモンとかどうなってんだ」


 呆れと絶望の入り混じるため息とともに、静かに見上げた先には――


「……久しぶりだな。


――フォンセ様」


 答えはない。


 燃え盛る炎を纏い、アミルを見下ろすその真っ赤な瞳は――ただただ空虚で。


「参ったな。

……オレが、あんたのところに行くと思ってたのによ」


(あんたのほうが、こっちに来ちまうだなんて――)


 帽子を押さえ、そっと呟く。


「……最悪だぜ」


 そんな彼のことなど気にもとめない様子で、低い声は詠唱する。


――『炎の吐息(イグニス)


バンッ!!!


 空を覆い尽くすほど、膨大な量の火球。


 それはまるで、太陽が地上を焼き尽くそうとしているかのよう。


「久しぶりに見たが。

やっぱり、格がちげえな」


 顔に当たる熱波を感じながら、困ったように眉を寄せて。


(まずいな。

直撃したら、確実にオレは持たねえ)


 かといって。


 周囲を見渡しても、魔法を凌げそうな家屋は既に焼き尽くされている。


「……時間を稼いでやる、とか。

かっこいいこと言っちまったが――」


パタンッ


 手に持った本を、静かに閉じる。


「やっぱり向かねえな。

オレに、戦いってのはよ」


 やめだやめ、と言った途端。


ゴウッ!!!


 一斉に、火球が動き出す。


 周囲の草も、かすかに残った瓦礫も、空間すらも焼き尽くして――


「……へっ」


 真っ赤な光に照らされたアミルの口元が、小さく歪む。


――なーんてな


グシャッ!!


 火球に押しつぶされ、彼は跡形もなく消え――


「ほらほら、こっちだぜ。

――やっぱお前、フォンセ様じゃねえな」


 陽気な声。


「……」


 初めて、空中に浮かぶ彼は視線を動かす。


 その瞳が映すのは――少し離れた場所で手を振る、無傷のアミル。


「忘れちまったのか?

オレは『空音』――『嘘』なんだよ」


 にやり、と笑って。


「理解できねえ、って顔してやがるな。

教えてやる。あんたが見てるのは――」


――幻影、だぜ


 ぱらり、手元のページがめくられる。


「……」


 警戒するように、少し細められる赤い瞳。


「あんたがフォンセ様なら、オレはぜってー負ける。

……こればっかりは嘘じゃねえぜ?百パーセント、疑いようのねえ事実だ」


パラッ


「――それでも」


パラパラパラッ


 夢を思わせる深い紫が、虚ろな赤をまっすぐに見据える。


「……オレは。

あんたを止めなきゃいけねえ」


キラッ


 光を反射し、輝く黒い耳飾り。


――『アミル。


この耳飾りだけは、肌見放さずつけておいてほしい』


 まだ彼が、『証人』と呼ばれるよりも前の頃に。


 穏やかな低い声は、そう言って彼に手にそれを握らせた。


『なんだこれ。

告白か?気持ちわりいな……』

『恥ずかしいじゃないか、アミル。

……でも、君がそのつもりなら――』


 もじもじしながらそう答える魔王。


 少し上目遣いでパチパチとまばたきをする彼から、アミルはそっと離れて。


『だから気持ちわりいって言ってんだろ。

……ってか本当になんだよ、これ』

『んー、お守りみたいなものかな』

『はぁ?

こんなのが、何の役に立つってんだよ』


 眉をひそめ、その石を見つめるアミル。


『まあまあ、とりあえず持っておいてほしい。

僕からの、ささやかな気持ちだとでも思ってくれ』


『……ますますいらねえな』


そう言いつつも、彼は渋々と言った様子でそれを耳につける。


嬉しそうに笑って見守るフォンセに、アミルは呆れたように肩をすくめた。


『……本当に、何なんだよあんた』

『魔王だよ。

……それ以上でも、それ以下にもなれなかった者さ』


 そう答えたフォンセは、少しだけ目を伏せる。


『君たちを守るために、僕はいる』

『……』

『だからね』


ポウッ


 彼の手に宿る、小さな青い炎。


『もしも僕が。


その役目に反して、君たちを害することがあったならば』


シュッ


 炎を握り潰して。


『僕を。


――殺しなさい』


 深紅の瞳は、アミルをまっすぐに見つめて。


(何を、言ってやがる)


 その底にある重いものに、言葉が出なくなる。


『幸せを生まない嘘を、僕は愛せない。


――アミル』


 夕焼けの空の下、耳飾りが小さく光る。


『忘れてはいけないよ。

君の嘘は、みんなを幸せにできる』


 だから。


『その手で。


必ず、僕を――』


「はー……。

せっかくの再会だ、辛気臭えのは嫌なのによ」


 紫の瞳が、小さく揺れる。


「……ほんっと。

死んでも面倒なやつだぜ」


ボウッ!!


 炎が弾けるたび、彼の服の裾が焼け落ちる。


 それでも『空音』は、まっすぐに前を見つめて。


「良く聞け。

お前は――フォンセ様じゃねえ」


 どれほど同じ姿をしていても。


 どれほど同じ魔法を使っても。


(たとえ――

オレの魔法で、魂すらも偽ったとしても)


「それでも。

お前には――『心』がねえんだよ」


バンッ!!


 弾ける炎。


 頬に当たった火の粉が、パチリと音を立てる。


「ま、そうは言っても強さは同じ。

……いや、手加減してねえ分――お前の方が強いだろうな」


 全く動かず、巨大な魔法を展開し続ける様子を見て。


「オレには、お前は倒せねえよ」


(――だけどな)


パラッ


 本を握る手に、力が籠もる。


「あの方が遺したもんは。


――お前を、超えるぜ」


ブワッ!!


 溢れ出す膨大な魔力。


「『大地よ、その力を以て天を砕け』」


 アミルの足元に、巨大な魔法陣が展開される。


「……」


――『炎龍ドラクニス


「グルワァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」


 激しい咆哮と共に生成された龍は、優に集落を覆い尽くすほどの大きさで。


 大きな牙は、アミルめがけ一直線に進むも――


バンッ!!


 触れる寸前、その魔力にかき消される。


「『我が音、今ここに響かん』」


 いかなる炎も熱も――今の彼には届かない。


「『深紅の偽りを、その空音にて穿て』」


 集約する魔力。


 それは炎の中心の彼に向け、槍のように研ぎ澄まされていき。


「これは、見たことねえだろ?


あんたが消えてから、オレが自分で作った魔法だからな」


 そう言って笑って。


 本を片手に、彼は呟く。


――『真正リアム


ドスッ!!!


 重い音とともに放たれる、一筋の魔力。


「……」


――『ファイア


 展開される炎の壁。


 膨大な魔力は、それとぶつかりあい――


「――そっちじゃねえよ」


ドンッ!!!


「……!」


 衝撃。


 ゆっくりと目線を下げた彼は、自身を貫く炎の槍を見つめて。


「あーあ、せっかく教えてやったのによ。

オレの言葉なんか、信じるもんじゃねえぜ」


 にやり、と笑う彼の手に握られるのは――


ピカッ


 その槍を作り出す、小さな黒い耳飾り。


「……」


パチンッ!!


 けれど、それは平然とした様子で小さく身動ぎし――


バキンッ!!


「――っと。

やっぱ、これじゃ無理か」


 折れた槍を見つめ、舌打ちするアミル。


 そうしているうちに、魔力の光線は尽き――


「っと。

逃げようってか?」


 くるり、背を向ける炎。


 けれど――


ガキッ


「……?」


 動かない足。


 そこに絡みつくのは――もう一つの耳飾りから伸びる、炎の縄。


「……へへっ。

思ってたより、役に立つじゃねえか」


 笑って言う彼に、しかし虚ろな瞳は何も答えない。


「ま、オレに出来るのはここまでだ」


ピキッ


 耳飾りに、小さくヒビが入る。


「あとは頼むぜ。


――お前ら兄妹ふたりにな」


バリンッ!!


「……ああ。

任せろ」


 迫る2つの足音。


 割り込むのは――鮮烈な赤。


コツッ、コツッ


「さて、始めるとしよう」


 その笑みは、神すらも恐れない。


ゴウッ!!


 濁った炎を、その赤は塗り替えて。


「――最初で最後の、親子喧嘩をな」

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