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22.愛したのは

――ドンッ!!!


 軽く指先を動かせば、彼は壁に向けて吹っ飛んでいく。


(……んー、どういう原理なんだ?これ)


 両手からほとばしる金。


 これまでの経験から察するに、精霊術だろうとは思うのだが――


ガラガラガラッ!!!

「――っぐはぁ゙っ!!」


 ぐい、と軽く力を込めれば――その体は壁にめり込む。


 穴が飽きそうな程の勢いで陥没するそれと、軋む空気の音。


(うーん。

なんか……)

「……強すぎない?」


 呼吸をするように自然に、けれど強大な力が溢れ出す感覚。


 あまりの性能に若干引きつつも、気持ちを落ち着けるように少し指を握り込めば――


ドカンッ!!!


 弾け飛ぶ壁の一部。


――ヒュンッ!!


「――っと!」


 飛び出した破片が、私の横スレスレをかすめていく。


(危ない危ない、これ使いすぎると自爆しそうだな)


 慎重に、慎重に。そう思い、一旦深呼吸しようとして。


「――っ゙、くふ……クククッ!!」


 瓦礫の下から、くぐもった笑い声が聞こえてくる。


ガラガラッ!!


「ククッ……!素晴らしい、ああ……!

それこそまさに、女神の力――『光の精霊術』!!」


 瓦礫を押しのけ、ゆらりと立ち上がる影。


「やはり、やはりそうだったのですねぇ……ククッ!!

ああ、あなたにこの『素材パーツ』をつければ――」


グショッ


 彼の手の中で握られる、赤黒い心臓。


(うわ……。

気持ち悪いな、この人)


 全身の毛が逆立つような感覚と、過剰なほどの『女神』への信仰。


――『ネエ゙、わたし……き、レイ?』


 蘇るのは、明らかな異質さをはらんだその声。


――『……あの方の、ためニ゙!』


 けれどその信仰、いや狂信だけは本物だった。


――『メラクの、大事な……アルテミスさまっ!』


 既視感。


 目の前で笑う男に向け、静かに問いかける。


「……もしかして。

あんたも――」


――『月桂冠ローリエト


 ククッ。


 返事の代わりに聞こえてきたのは、やはりその不気味な笑い声。


「……そう、わかった」


 自然と、笑みがこぼれる。


――セレネ。


 彼が口にした人物は、数百年も前に魔王の傍らにいた『金髪の聖女』のはずで。


 私が知っている彼女と、同じかなんてわからないのに。


「……不思議だよね」


 どうして。


 どうしてこんなにも――怒りが湧いてきて。


「……ふふっ」

 

 どうして。


「――ああ。


この手で、あんたを地獄に送れるなんて――」


 頬が溶け落ちそうなほどに、笑いが止まらない。


「こんなにも。


――嬉しいんだろう!!」


 手の中の光を、彼に向ける。


 私の意のままに強さを増していくそれを見て――急に、妙な懐かしさを覚える。


フワッ


 頭に、暖かいものが触れる感覚。


 忘れもしない、かすかな花の香り。


(……セレネ)


 世界の誰よりも、安心する感覚なのに。


――『リーナちゃん!』


 世界の誰よりも、ずっと私のそばにいてくれた人なのに。


(それなのに)


 私は、彼女について何一つ知らない。


――『……せめてあなた達の前では、その姿で居たいの』


 きっとその姿すら、数あるうちの一つに過ぎないのだろう。


「神様、って」


 光を見つめながら、そっと呟く。


「誰かを。


たった一人を愛することって、あるのかな」


 人々に期待され、祈りを捧げられ、その願いを叶え続けて。


 そんな遠い存在であるはずの彼らが、私には――


(……どうしても。


そんなに『完璧』だったなんて、思えない)


 もっと彼らは、彼女たちは。


(たくさん笑って。

たくさん、泣いてしまうような)


 そんな脆い存在に思えて、仕方がないのだ。


「……ククッ。


そうですねぇ」


 ふと、その声が静かに答える。


「ワタクシは。

長らく、この世界を研究してきた」


――そして


「気づいた。

……この世界は、『完璧』には程遠いのですよ」


 争いが絶えず、人々の祈りは虚しく溶けていく。


「『壁』がなければ。

既にこの世界はきっと――争いの果てに滅びている」


 ククッ、と笑って。


「そんな不完全な世界を作る神だ」


――誰かを愛することくらい、あったかもしれませんねぇ


 ボウ、と。


 瓦礫の中に、小さな光が灯る。


「――ククッ。


だからこそ、ワタクシは女神を蘇らせなくてはならない」


――本当は。


「魔王を倒すことなど――あの日から。

どうでも良かったのかも、知れませんねぇ」


ガサッ


 彼の手の中から、小さく紙の音が鳴る。


 光に照らされ、薄く見えるそれは――遠目からもはっきりわかるほどに、古びていて。


「ククッ。


――魔王フォンセが、最後に握っていたものですよ」


 私の目線を受け、答える彼。


(最後に、握っていた?


……それって)


――『すまない、わかっていたのに』


 ノワの言っていた、魔王フォンセの――『遺書』。


「……単なる興味でした。


二度目の『敗北』により消えゆくその生命が、何を残そうとしたのかと……ね」


 そう思って。


 軽い気持ちで、読み始めたのに。


「……ククッ」


 その内容は、彼を絶望の底へと突き落とした。


「ワタクシは。

ずっと――女神アルテミスを、探し求めていた」


――それなのに


「その名はずっと。


あの男の、傍にあったのです」


クシャッ


 握りつぶす手は、小さく震えている。


「許せなかった。


なぜ、これほどまでに貴女様を愛するワタクシを見捨て」


 どうして。


「どうして。


宿敵であるはずの男神を――魔王を」


――愛したのか


「――ククッ。だから、これくらいは!」


ピカッ!!!


 彼の全身からほとばしる光――いや。


「明かりの、魔法」


 けれどそれは禍々しい魔力をはらみ、醜く渦を巻いていて。


(……ああ)


 彼こそが。


 歪んだ思いのままに、狂信の仮面を被っただけの。


――『駄作ディアナ


 激しい魔力の嵐の中、彼は叫ぶ。 


「貴女様の遺したものを……ククッ!!


その『最愛』の手に殺させるくらいは――」


「……それは」


――愛なんかじゃ、ない


ポロンッ


 どこからか聞こえてくるその音色に、嵐は止まる。


「ククッ。

何を言うのです?ワタクシのこの思いは間違いなく――」


 愛、と言おうとして。


ポロンッ


 優しい音。


 なにかに縛り上げられたように、その体が宙に浮かぶ。


「――っく!!!」


ガサッ!!


 苦悶の表情を浮かべる彼の手から、その紙が滑り落ちて。


 けれどその笑い声は、決して途絶えはしない。


「……ククククッ!では聞きますが……

人々の願いを叶え続けたのは、誰です?」


――飢えた者を救ったのは?

――絶望する者に光を与えたのは?


「ああ、全て!!

貴女様はやはり、『完璧』で――」

「……それなら」


――『ふふっ』


 優しくて、どこかおどけたような笑い声が蘇る。


「どうしてセレネは、笑っていたの」


 その問いに、彼は余裕の笑みで答える。


「ククッ……それはきっと、ワタクシたちの祈りが届いたのでしょう。

――『完璧』で、誰よりも美しく、誰よりも尊く――」

「じゃあ、なんで」


――『ごめんなさい』


 油断すれば、すぐにそうやって自分を責めて。


「泣いていたの?」


 それは確かに。


 彼女が、一人の『人間』であったことの証明で。


「……それは」


 一瞬、言葉に詰まる。


(――やっぱり)


 きっともう、彼はわかっているのだ。


(女神は。

『完璧』なんかじゃない)


 けれど。


 信仰から歪んだ憎しみは、後戻りを許さない。


「……ククッ。

それは、人々のため――」

「違う」


 滅びようとする国で。


 その瞳に溜まった涙は、ただ一人を映していて。


「あの人は。

そんなことじゃ、泣かない」


 だって。


 そうじゃないからこそ、そうでありたいと願ったからこそ。


「あなた達の前では。

『完璧』だったはずだから」


 その姿も、顔も、声すらも残っていないのだって。


 きっと――誰よりも『完璧』でありたいと、そう願ったから。


「……あなたに、何がわかると?

ワタクシは、何百年、いえ何千年も彼女を追い続けて――」

「じゃあ。

セレネが、何を好きだったか言える?」


――何を食べて


「どんな時に笑って」


――何を怖がって


「何を後悔してたか。


あなたには、答えられ――」

「言えませんよ」


ブオンッ!!


 禍々しい光は、尾のようにしなって襲い掛かる。


「好きな食べ物を知らなければ愛ではないと?」


ガンッ!!!


「泣く理由を知らなければ想いではないと?」


(――っ)


 飛び散った瓦礫が、私の行く手を阻む。


「ならばお前は!

彼女の何を知っている!!」


 叫び。


 それは、私の心に深く突き刺さる。 


「……そうだね。

私だって――何も知らない」


ずっとずっと。


知らずに、ただ助けられてきた。


(――だけど)


「私は知りたかった」


 あの人が、何を好きで。


「何を怖がって。

何に泣くのか」


 ずっとずっと、知りたかった。


「神様じゃなくて。

――セレネとして」


 その瞬間、『明かり』が小さく揺れる。


 憎しみに満ちた目が、私を捉えて。


「それが!!

それが、何だと――」

「セレネが、『女神』じゃなかったら。


本当に、『愛していた』と言えるの?」


 返答はない。


 けれどそれこそが――私にとっては、一番の答えで。


(……そうだよね)


「だって、あんたが見ていたのは」


 完璧で、誰よりも美しくて、誰よりも尊い。


「『女神アルテミス』だから」

「……っ」


 ただただ、私を見つめ返す彼。


――『それが、あなたの幸せなら』


 そう呟く彼女は。


 いつもいつも、どこか哀しげだった。


「そうやって」


 何度彼女は、人々の願いを聞き届けてきたのだろう。


「英雄だって、『壁』だって。


……今回の勇者だって、そうだよ」


 何度も何度も。


 ある時は『ルナ』として、ある時は『アルテミス』として。


「結局、あなた達がやって来たことは。


――『完璧』の型に、彼女をはめただけ」


 指先を、下に向ける。


ドゴッ!!!!


 地面にのめり込む彼。


「違う、違う違う違う――


ワタクシは、ワタクシは確かに!!!」


 けれどその禍々しい『明かり』は、少しずつ影に飲み込まれていく。


「――どれだけやったって、あんたに『本物』は作れない」


ドゴッ!!


「……っくふ!!」


 光が、禍々しい『明かり』を飲み込んでいく。


「どうしてか、なんて。


……そんなの、簡単だよ」


 必死に抵抗しようともがく彼に向け、私は静かに告げる。


「……あんたの『愛』が望んでいたのは。


自分で作った『女神』だから」


ピカッ!!


 光が弾ける。


ポトッ


 何かが落ちるような音。


 ゆっくりと歩み寄り、私はそれを拾い上げる。


ガサッ


 何度も何度も折られ、もう字が読めないほどしわくちゃになったそれ。


「――ッ」


 ふと、何かが聞こえる。


 穴の空いた地面の下、そこにいたのは。


「違う……」


 かすれた声。


「ワタクシは……確かに……」


 何かを掴もうとするように手を伸ばし。


 けれどその指先は空を切る。


「――ククッ……」


 そう言おうとして。


 喉から漏れたのは――


「……チュウッ」


 小さな小さな、鳴き声だけだった。

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