19.残された願い
「待て!
まだお前には――」
――ガラガラガラッ!!
氷は、瓦礫の中に沈む。
行き場を失った炎は、所在なげに揺れるだけ。
「……っ」
(どうする。
瓦礫を破壊し、あやつを追うこともできるが)
だが、と魔王は思う。
――頼みましたよ、ノワ
全てから解き放たれたような微笑み。
(まるで。
助からない、と分かっているかのような)
かの白の王が、そう判断したのなら。
「……っく!!」
ガンッ!!!
歯を食い縛り、そばの瓦礫に拳をぶつける。
「なぜだ、ブラン」
初めて口から零れたその名は、瓦礫の中に消える。
砕け散る石を、荒い呼吸で見つめてから――
「――っ」
ふ、と息を吐いて。
コツッ、コツッ
瓦礫に背を向け、歩き出す。
(あやつは最後まで、俺に何も言わなかった)
肝心なところで、曖昧な微笑みを浮かべて。
(いつもそうだ)
数百年間、ずっと隣にいた白き王。
「……だが」
同時に、ノワは思う。
「あいつは。
根拠のないことを――軽々と口にしたりはせん」
だからこそ。
その言葉は、誰よりも重くのしかかる。
(――半魔、か)
受け入れられようはずがない。
すべての魔族の頂点、代表たる『魔王』が――
そのような『異物』であるなど。
(あってはならぬことだ)
けれど同時に。
そう考えるだけで――すべての欠片が繋がってしまう。
(魔族は。
子を成せば、その大半の魔力を失う)
命を削るに等しい行為だ。
竜のように強大な一族でも、その定めからは逃れられない。
(そうだ)
たとえ、それが。
神に等しい力を持つ――
――『魔王』であっても
「……ははっ」
暗い空を見上げる。
太陽も月も――もはや厚い雲の下に隠れていて。
――裏切り者、と。
その声が、再びこだまする。
「確かに俺は。
お前を殺したのやもしれんな」
――お前さえいなければ、フォンセ様は今でも……
「よっ、魔王のガキ。
辛気くせぇ面してどーしたんだ?」
思考を遮る、陽気な声。
パラパラパラッ
ページをめくるような音とともに現れるのは――深い紫の瞳。
「……アミル」
「んお、なんだありゃ。
あんたの城、崩れかけじゃねえか」
「お前なら知っているのだろう」
「あ?」
「俺が何者なのか」
ぴたり、と。
アミルの動きが止まる。
「――数百年。
俺は民を、皆を騙し続けてきたのか?」
静かな問い。
「――おい。
それって……」
――沈黙。
揺れる黒い耳飾りが、ゆっくりと3往復した頃に。
「……そうか。
気づいちまったか」
「――やはり。
お前がこの半魔の魂を、魔法で偽って――」
「おっと」
ぴ、と人差し指をノワの口元に立てる。
「……何をする。
質問に答えろ、『空音の証人』――」
「ああ、そうだ。
オレは『空音』――『嘘』なんだよ」
だから、と言って。
ふっと微笑んで、右手で先を指し示す。
「あんたが。
直接、聞いてこいよ」
彼が示す方向には――
ゴウッ!!!
「……っあれは!!」
立ち上る炎。
あっという間に街を溶かし尽くすその熱に、顔を強張らせる。
(同じだ。
あの『悪夢』と)
けれど。
「――アミル。
ならば、やはり」
その悪夢――いや現実を見せているのは、女神などではない。
――お前の主は。
今、どこに居る?
その問いに。
白の後継者は、微笑んで答えた。
「――玉座に。
フォンセが、いるのだな」
大英雄の折、一度滅びたはずのその太陽は。
今、この国を焼き尽くしながら――再び昇ろうとしている。
「なぜ、と聞いたとて。
お前はきっと、答えを示しはしまい」
「流石、わかってるじゃねえか」
からからと笑って答えてから、急に真面目な表情に戻る。
「……でもな。
今回ばかりは、オレも関わらないわけにはいかねえんだよ」
「ほう?」
「『遺言』が。
残されたものが、あるんでね」
よっと、と言いながら彼は瓦礫を飛び越える。
「んじゃ、オレは先に行ってるぜ。
準備が出来たら、お前も来いよ」
「――準備?」
「……相変わらず鈍感だな、あんた」
ため息をつきながら、紫の瞳はしかとノワを見据える。
「時間を稼いでやる、って言ってんだよ。
あんたが――あいつと合流するまでな」
「……っ!
リーナは、無事なのか!?」
途端に詰め寄るノワを面白そうに見つめながら、アミルは答える。
「良く考えてみろよ。
あの白の当主様が、自分の主を死なせるわけねえだろ」
「……だが。
あやつは、俺を裏切ってフォンセの側に――」
「あのな。
これだけは、言わせてもらうぜ」
真剣な光を帯びた瞳は、まっすぐにノワを見上げる。
「あれが、本当にフォンセ様なら。
――こんなことには、なってねえよ」
そう言ってちらりと見る先には、炎の渦の中で燃え盛る街。
「……さっきも言ったが。
俺の魔法は所詮――『空音』だ」
姿も形も声も、魂の形すら無理やり上書きできたとしても。
「足りねえんだ。
――あれは、フォンセ様じゃねえ」
だから、と彼は続ける。
「あの方が――ブラン様が仕えて、誰よりも忠誠を捧げてた存在は。
もう、どこにもいねえんだよ」
そう言って、踵を返す。
止めようと伸ばされたノワの手を、軽く振りほどいて。
「……信じてやれ。
それに気づかねえバカじゃねえだろ、あんたの右腕は」
――じゃ、そういうことだから
小さく手を振って。
ゴウッ!!
炎の中に、その姿は消えていく。
「あいも変わらず、気楽なやつだな。
――そもそも、戦闘は苦手だと言っていただろうに」
(今頃炎の中で泣いていても、俺は知らんぞ)
呆れた目で、彼が消えていった炎を見つめてから。
「……だが。
今は、感謝するほかあるまい」
コツッ
背を向けて歩き出す先には――崩壊寸前の魔王城。
夢のとおりなら、そこには彼がもっとも恐れる現実が待っているはずで。
コツッ、コツッ
けれどその足取りに、迷いはない。
彼がもっとも信頼する白き星は――まだ輝いているはずだから。
「すまないな、フォンセ。
もうしばらく待っていてくれ」
一度だけ振り返る。
崩れゆく空。
燃え盛る街。
そして――
「久しぶりの再会だ」
不敵に笑って、魔王は告げる。
「せっかくなら、俺一人ではなく」
――『兄妹』で




