17.黒の継承者
「……っく」
ガキンッ!!
交錯する2つの光。
圧されるのは――赤。
「ノワ、だからあなたは――」
――足りない
白く舞う剣先に、もはや迷いはない。
「……っ」
キンッ!!!
迫る細い刀身を、間一髪で受け止めるノワ。
ギリギリギリ……
2つが押し合う、重い音。
片方は攻めの姿勢で、そして片方は――
「ノワ。
守るばかりでは、失うだけですよ」
ドンッ!!
軽い動きで力を受け流し、ノワを押しやる。
ガラガラッ!!
「――くっ!!」
壁に叩きつけられるノワ。一瞬で距離を詰めたハクは、その首元に切っ先を向ける。
「……あまり私を舐められては困りますよ、魔王様」
「ほう?
別に俺は、手加減などしておらぬが」
ボウッ!!!
素早く間合いを取り、その手に炎を宿らせる。
「……ぬるい」
まるで見せつけるように燃えるそれを見て、ハクは失望したように呟く。
「魔法も使わない、剣筋も甘い。
……まだ、私が隣にいるとお思いか!!!」
声を荒げ、氷の剣を握りしめる。
それはうねるように刀身を伸ばし、やがて――
ガンッ!!
「――っ!!」
ノワの横すれすれを飛び、背後の壁にぶつかって砕けた。
「……何故だ、ブラン」
舞い散る破片が、その頬に傷をつける。
伝い落ちる血よりも更に赤く、瞳はまっすぐにハクを捉えて。
「数百年。
俺は、お前を信頼して――」
「――それは。
私も同じです」
白い息が、溶けるように闇に消えていく。
「満月の頃、あなたはいつもいなくなる。
まるで――」
――何かを、隠すように
見開かれるノワの目、揺らぐ剣先。
ガキッ!!
「――っ」
一瞬の隙を見逃さず、ハクはその剣を叩き落とす。
「ノワ。
あなたは、フォンセ様以前の魔王をご存知ですか」
「……あいつ以前の魔王?
知らんな、それが何だというのだ」
「そうですか。
……私も、誰一人として知りません」
燃えようともがく小さな火は、氷の霧の前にあっけなく霧散する。
「私が白の後継者となったのは、千年よりはるか昔のこと。
けれど――その時既に、魔王はあのお方だった」
「――何が言いたい」
「わかりませんか?
どれほど長命な魔族に聞いても、どのように尋ねても。『魔王』の名は――」
――フォンセ
距離を取ろうとするノワに、しかしハクは油断なく攻撃を仕掛ける。
「前任の魔王が倒れた時に、白と黒の後継者が魔王の座をかけて争う。
……この『慣習』を、私はあの方から聞きました」
――『何代にもわたって受け継がれてきたものだ』
ブランシェに向かって、そう言いながら。
その口元には、何かを隠すような曖昧な笑みが浮かんでいた。
(思えば。
当主や魔王、後継者――これらの知識は全て、あの方が仰っていたものです)
ハクを始めとする配下たちが、無条件に信じ込んでいたもの。
けれど良く考えれば――それを裏付けるものが、なにか一つでもあっただろうか。
「……あなたが現れてから、フォンセ様はほとんど表に出なかった。
その代わりにずっと――あるものをお書きになっていたのです」
ピキッ
ノワの炎に焼かれた剣に、小さな亀裂が走る。
「ずっとこの魔王城の地下に。
書庫に眠っていたそれ――『歴史書』」
バキッ!!
弾け飛ぶ氷を気にする素振りもなく、ハクはもう片方の手に槍を生成する。
「確かに、そこには全てが書かれていました。
建国から、『月桂冠』との争い――小国だったフォルテとの戦」
――けれど
どこを探しても、何を見ても。
「見つけられなかったのです。
フォンセ様以前の魔王の名を、一度たりとも」
ドンッ!!!
「――っ!」
壁に突き刺さった槍は、正確にノワの右腕を貫いていた。
痛みに顔を歪める魔王を見つめ、無表情で呟く。
「どうしてかそれらに紛れる、たった一つの『神話』。
……それは、竜の一族の始祖が書いたものです」
彼はもう、この世にいないのだろう。
誇り高き血を伝えるため、実子を成す彼らは。
それ故に力の大半を失い、命を落とすことすらあるのだから。
「そこには、こう書かれています」
キーンッ
涼やかな氷の音とともに、動けないノワに向け刃が突きつけられる。
「彼ら竜の一族は。
はるか神代に、龍としてこの地上を支配していた」
――むかーしむかし。
その一文で始まる神話を、彼らは今でも守り伝えている。
「けれどある日。
この地上に、膨大な魔力が溢れたのです」
ポトッ
刃を突きつけられた首元から、血が一筋垂れる。
「そして彼らは――龍から魔族へと、『進化』を遂げた」
地上の支配者たる龍を、一度に進化させるほどの魔力。
そのきっかけとなったのは――
「『女神の手によって倒された男神は、しかし死を知らなかった』」
まるでそう――燃え盛る太陽が、また昇るように。
「『故に。
地上へと、堕落したのだ』」
神話をなぞる無機質な声とともに、その首元にどんどんと刃が食い込んでいく。
「『男神――いや、旧神たる彼は』」
ぐっ、と。
刃を握る手に、力が籠もって。
「『魔王へと、覚醒した』」
――ブシュッ!!!
ハクの背後で、壁が真っ赤に染まる。
「……魔力が絶えた。
あっけないものですね」
感情の読めない表情で、その刃を収めようとして。
「――ブランシェ。
一つ聞こう」
――ピュールィッ!!
鳥の鳴き声のような、不思議な音。
(やはり――)
全てを焼き尽くす獄炎も。
「死を拒む、その力も」
――受け継がれていたのですね
ボウッ!!!
翼のような形をした炎の中、ゆらりと立ち上がる影。
目を細めてそれを見やるハクの瞳には、何かを悟ったような色が浮かんでいて。
「お前の主は。
今、どこに居る?」
(――主)
剣に手をかけ、少し微笑んで。
「……そうですね。
――玉座に」
バリンッ!!!
次の瞬間。
ハクの手の中の剣は、粉々に砕けていた。
「そうか。
良く分かった」
ザンッ!!!
衝撃と、心臓が脈打つ音。
(……ああ)
そっと見下ろせば――己を貫く、真っ赤な炎の刃。
「――かはっ」
白い手袋に、赤色の模様が浮かび上がる。
(……困りましたね。
せっかくお嬢様に新調していただいたのに)
溶けようとする意識を、必死に手繰り寄せる。
「――ノワ」
かすれた声が、けれど少し怒ったようにその名を呼ぶ。
「私は、別に。
あなたが魔族かどうかなど……どうでもよかった」
「――何が言いたい」
「ノワ。
あなたは半魔だ」
静かに告げられたその言葉に、ノワは眉を寄せる。
「……何を言っている?
この魂は、魔族のものだ。いかなる魔法を以てしても、魂を偽ることは――」
ふと、そこで言葉が途切れる。
「……アミル」
魂すらも偽る、その魔法。
ずっとフォンセの、ノワの傍らにいた『空音』。
「……まさか。
そんなこと、ありえるはずが――」
「ありえますよ」
氷が、ゆるやかに溶けていく。
「魔族が半魔として生まれる方法は、一つしかない」
あまりにも大きすぎる代償ゆえに避けられてきた、その方法。
「自らとは異なる種と番い――
実子を成すこと」
狼狽の色が、赤い瞳に浮かぶ。
月の光に照らされた横顔を見て、ハクは静かに思う。
(……きれいでしたよ)
虹色のその光は、確かに魔族にとっては異質だけれど。
「私が怒っているのは。
あなたがずっと、隠し続けていたことです」
トンッ
静かな足取りで、ゆっくりと後ろに下がる。
「――待て、ブラン!!
動くな!!」
無意識にか、ノワは叫ぶ。
ザクッ!!
傷口から溢れ出す血。
「それ以上の血を――魔力を失えば、お前は!!」
「わかっていますよ。
……私を、誰だとお思いか」
少しいたずらっぽく笑って、その必死な表情を見つめる。
「……ああ。
やはり、似ている」
ピチャッ
赤い水たまりの上を後ろに下がりながら、ハクは微笑む。
「あなたが現れた時。
フォンセ様は何も仰らなかった」
ただ一言。
――その子には手を出すな
「……不思議だったのです。
あの方は、誰に対しても平等だった」
どれほど有能な配下も、どれほど大切な民も。
(――そう。
たとえそれが、白の後継者であっても)
「特別扱いなど、なさらなかった」
けれど。
「あなただけは、違った」
ぐらり、と揺れる視界。
必死に伸ばされる手を、避けるようにして。
ガンッ!!
最後の力を振り絞って、天井に残る瓦礫に魔法を放つ。
ガラガラガラッ!!
何かを叫ぶノワ。
耳鳴りと瓦礫の音にかき消され、その姿すら見えなくなっていく。
「……あなたになら。
『理想』を――実現できるはずだ」
ふと、瓦礫の中に光るものを見つける。
深い闇のような、けれどかすかに金に光るそれを見つめて。
「頼みましたよ、ノワ。
フォンセ様の全てを受け継いだ――『黒』よ」




