15.月下の調べ
「――っく……!!」
カランッ
背後で揺れる、9つの尾。
一つ一つから放たれる圧倒的な魔力は、周囲の森を妖しく照らす。
(――見つけた。
アリオトはああ言っていたものの……メラク様のお力は、やはり必要不可欠です)
ガサッ
遠くからその光を眺めるのは――氷王、ブランシェ。
単独で魔王の撃破に向かったメラクを連れ戻しに、彼は静かに森の中を進む。
「……それにしても。
この気配は、一体」
フワッ
彼の目の前で、金の光が瞬いては消えていく。
(何やら力のようなもの。
魔力でないのは確実ですが……)
「――嫌な気配ですね」
光に向けて手を伸ばそうとした途端、本能がそれを避けようとする。
目を細めて奥を見やれば――
ガキッ!!!
鋭い音とともに、妖艶な魔力とその金の光が衝突する。
「……メラク様?」
慎重に歩み寄りながら、その違和感に気づく。
ポロンッ
かすかに聞こえてくるのは、暗い森に似合わぬ弦の音。
(……てっきり、魔王と戦っているのかと思いましたが)
近づいて、木の陰に身を隠す。
ポロンッ
「……っ!」
放たれる光を、メラクの鉄の扇が寸前で受け止め――
ガキッ!!
彼女の艶やかな着物の隙間から見えるのは――対象的な薄い金の衣。
そこから伸びる白い足は、驚くほど軽やかに彼女の周囲を舞っていて。
「……ごめんなさいね」
(――誰だ?)
囁く声と同時に、淡い光に魔力が圧される感覚。
直視することをためらっているうちに――
「――『導月』
プツッ
糸が切れるような音。
「っ、わっち、は……」
ドサッ
何かが崩れ落ちるような音とともに、魔力が途切れる。
(――何が、起きた?)
木の陰から、ブランシェは動けない。
冷たい汗が額を流れ、地面に小さくシミを作る。
(……途切れたのは、確かにメラク様の魔力だ。
だが)
『妖后』――メラク。
アリオトに次ぎ、長きの間『七星』の座を守り続ける実力者だ。
(あのお方が、誰ともつかぬ者に負けるはずが――)
「……そこのあなた」
ピンッ
弦を爪で弾いたかのような、鋭い音。
さくり、と草を踏む感触が、地面を通して伝わってくる。
「――あなたも、魔王に仇なす者かしら?」
木の陰の反対側に、その声は回り込む。
背後に感じる力に圧されていると、視界の端で小さく揺れるのは――
(――金髪)
「……あら?
そのきれいな白髪。もしかしてあなた――」
――『白』
ふわり、とほどける力。
「……っ!」
自由になった呼吸で、彼の身体は必死に酸素を取り込もうとする。
「あの人が、あなたの世話になったとか。
……ごめんなさいね、そして――」
――ありがとう
遠ざかる声。
かすかに交じる楽器の音が、その月に妙に美しく合っていて。
「……っ、待ちなさい!
あなたは――」
「久しぶりだね、ブランシェ」
バサッ
(――!!)
上空から感じる、圧倒的な魔力。
それまでの儚い色など、一瞬で塗り替えてしまうほどの。
「……魔王――フォンセ!!」
見上げた先のその顔を見るやいなや、ブランシェの表情が一気に固くなる。
ガキッ!!!
その手に現れるのは、鋭い氷の剣。
「……あれ。
もう終わったのか」
怪訝そうに、倒れるメラクを見下ろす。
「……魂が見えない。
この力――」
一拍。
「そうか」
――セレネか
ドンッ!!!
炎と共に、フォンセは舞い降りる。
先ほどとは打って変わり――その様子はまるで、『戦神』にふさわしい。
「ところで」
一瞬で距離を詰めた彼は、見たことがないほどに硬い表情でブランシェを見つめ――
「ここで。
……何を見た?」
ゴウッ!!!
瞳の中の炎が、ブランシェの思考を焼き尽くす。
「――っ」
バサッ!!!
素早い動きで翼を展開し、上空に舞い上がるも――
「こらこら、待てって言っただろう。
……いや、言ってないっけ?」
首を傾げるフォンセの隣、ブランシェに向けて火球が飛んでいき――
バンッ!!
破裂音とともに、背後の翼が焼き切れる。
(まずい、落ちるっ……!!)
ボチャンッ!!
咄嗟に地面に氷を放ち、炎で溶けたその柔らかな水の中へと落ちる。
「うんうん、その頭脳にその圧倒的な魔力。
前に見た時から変わってないどころか、ますます成長しているね」
目を輝かせ、感嘆したようにそう呟くフォンセ。
「……良く言いますね。
これほど私を圧倒しておいて――嫌味ですか?」
ぽた、ぽたと水滴を垂らしながら立ち上がるブランシェ。
その背後の翼は、いつの間にか美しい白へと戻っている。
「嫌味?」
困ったように眉をへの字に曲げ、フォンセは首を傾ける。
「僕は魔王だ。
……守るべき民より弱い王が、一体何を守ると言うんだい?」
コツッ、コツッ
歩み寄ってくる彼の姿には、あいも変わらず殺意も敵意もなくて。
「ブランシェ。
今日僕は、君に――お願いがあってやって来た」
「お願い?
私の首をよこせ、でしたらさして苦労はしないことと思いますが」
「……相変わらず、冷たいな。
――そうじゃなくて」
トンッ
少し屈んで、ブランシェと目線を合わせる。
「君の力を、貸してほしいんだ。
……僕の『理想』のために」
差し出された右手が、ゆっくりと開かれる。
そこにあったのは――白い手袋。
「ブランシェ。
僕のために――白の後継者に、なってくれ」




