14.探し求めたもの
「……チッ。
呼びつけておいて、全く礼節の欠片もない」
魔王フォンセの突然の来訪から、はや数十年が経過した。
何事もなく過ごすうち、ブランシェの心からだんだんとその赤い瞳は消えていって。
カラン、カラン
少し苛立ちの色が見える彼に、涼やかな足音が聞こえる。
「――メラク様」
豪奢な赤色の着物。
その隙間から覗くのは――ふわり、と揺れる尻尾。
「主さん。
何やら浮かぬ顔、わっちに手伝えることがあれば遠慮なく言っておくんなんし」
頭上についた狐の耳が、優雅にぴくりと左右に動いて。
「……では、失礼して。
メラク様、アリオトの居場所をご存知ありませんか?」
「アリオト?」
「東方の魔王軍の掃討が終わりましたので、その報告をと思ったのですが……姿が見えず」
うんざりしたような顔のまま、彼女に向けて事情を説明する。
艶やかに紅を引いた口元に少し笑みを浮かべ、首をかしげて聞いてから。
「あいも変わらず、野暮な男。
――存じありんせん、わっちもちょうど今帰ってきたところでありんすよ」
「そうでしたか、失礼しました。
……さて、どうしましょうかね」
気だるげに見つめる先には――氷の船に乗せられた、大量の魔族の姿。
(全く、これほど魔力を集めて。
……まだ、あの気味の悪い研究を続けるつもりなのですね)
動かない彼らから発せられる氷のような冷気を感じながら、小さくため息をついて。
「――ククッ、クククッ!!」
外から近づいてくるその笑い声に、眉間のシワが増える。
「……外に出るとは珍しいですね、アリオト。
一体、どこに行って――」
「クククッ……ワタクシとしたことが!!
なぜ、もっと早く気づかなかったのでしょう!!」
バッ!!!
狂気的な笑みを浮かべながら、天に向けて両手を突き出す。
「……」
「諦めなんし、あれではわっちらの言葉を聞いてはござりんせん」
着物の袖で口を隠しながら、メラクは気の毒そうに呟く。
その言葉通り、ブランシェの言葉など全く耳に入らない様子のアリオト。
「ククッ。ああ、いますぐに彼女を――
……おや、あなたたち。いつからいたのですか?」
「ずっと控えておりましたが。
随分と興奮して、お気に入りの死体でも見つかったのですか?」
嫌味たっぷりの言葉を気にするそぶりもなく、アリオトは彼の方へと軽く目線を向ける。
「良くわかりましたね、流石は『氷王』……ククッ」
「……それは、どういう――」
「ククッ。けれどいまは、それどころではありませんよ」
ゴトッ
鈍い音とともに足元に落ちるのは――無惨にも口を開けたまま絶命した、一人の魔族。
その血走った目とこびりついた赤茶色が、彼の最期の苦しみを感じさせる。
「……アリオト。
わっちの記憶が正しければ、これは魔王軍総指揮官の――」
「ククッ、ええ。
せっかく蘇ったワタクシの『実験』を、随分と使わせられてしまいましたよ」
「話には、聞いてござりんしたが。
本当に、死体を蘇らせているとは……わっちには理解できんせん」
愉しげに笑うアリオトを、心底気味悪そうに見つめるメラク。
一歩引いたところからそれを見つめていたブランシェは、ふとその違和感に気づく。
「しかし――その総指揮官を、何故あなたが?
普段は中央で軍務を執り行っている、と聞いていますが」
「ああ、それは。
……ククッ、この地に――」
――魔王が、攻めてくるから
「――っ!?」
息を飲む。
軽い口調で告げられたその言葉は、ブランシェの記憶の蓋を静かに開く。
(魔王――フォンセ)
柔らかな笑顔の奥、底知れぬその力。
自身をまっすぐに捉えた赤い瞳を思い出し、かすかに指先が震える。
「……ククッ、まだここに到着するまでは少しの時間がある。
その間に体勢を整え、この拠点から迎え撃てば……」
「――わっちに。
わっちに、魔王を……殺させておくんなんし!!」
カンッ!!!
高い下駄の先が、勢い良く地面をえぐった。
その様子を見て、ブランシェは冷静に声をかける。
「メラク様。
危険です、ここは一度アリオトの言う通りに――」
「……わっちの育ての親は、魔王軍に入って。
人間との戦いから、帰ってこのうござりんした!」
ぴんと立った両の耳が、小さく震える。
「あの魔王がこの国を治める限り、わっちのような児は増え続けるでありんす!
……この森は、わっちの住み処。守りの濃い魔王城を離れ、こちらに出向くいまこそ――」
――魔王を殺す、絶好の機会!!
今にも駆け出しそうなその様子を見て、ブランシェは再度止めようとするも――
「……いいでしょう、ククッ。
メラク、あの男のところへ行くことを許可します」
「っ……!」
「――アリオト!!
あなた、何を考えて――」
「ただし、一つだけ……『条件』があります」
「条件、でありんすか」
ごくり、とメラクの喉が動く。
「なに……あなたになら簡単なことですよ。
もし、かの魔王のそばに――金の髪をした人間の女がいたら」
ククッ、と笑って。
「その女を、なるべく傷つけずに殺して。
その死体を、ワタクシのところに持ってきなさい」
「……人間?
魔王のそばに、それも金髪――っいや」
困惑を飲み込んで、決意の色を瞳に浮かべる。
「……ありがとうでありんす。
必ずや、この手で――」
――その首を
鮮明な着物の赤が、小さく揺らいだと思った次の瞬間には。
彼女の姿は、もうどこにもなかった。
「ククッ。
……まあ、そう簡単にはいかないでしょうが」
「――アリオト。
何のつもりですか」
スタスタと建物の中に入ろうとする彼を、小さく目を細めて呼び止める。
「金髪の人間。
……それは、女神の化身――『聖女』だけです」
(――ですが)
そんな存在が、魔王軍にいるはずがない。
「少なくとも、そのような報告は一度も受けていません」
「ククッ……そうでしょうねぇ」
そう言いつつも、その瞳には迷いがない。
まるで。
その金髪を、自らの目で見た者のように。
(……もし万が一、それがあり得たとしても)
「その死体を使って。
――今度は、何をするつもりですか」
「……ククッ。
そうですねぇ、ワタクシは思ったのですよ」
ぴたり、と歩みが止まる。
表情は見えないけれど、その身体には――瘴気のような黒が、染み付いていた。
「人間だって。
ネズミと、さして変わりはしない」
ククッ。
それなら、彼らだって。
「膨大な魔力を注入すれば。
同じように――蘇るはずです」
そう、仮にその存在に名前をつけるとするならば。
――魔人
「なっ……!
そんなことが、許されるとお思いか!」
(そこは。
我らが手を出していい領域では、ない)
本能的な恐怖に顔を歪めるブランシェに、アリオトは楽しそうに告げる。
「――許す?
ククッ、これは『進化』ですよ」
コツッ、コツッ
暗い室内に、彼の姿が溶けていく。
「……ククッ。
『女神の化身』……ですか」
もし、それが本当なら。
ククッ。
クククッ。
「なるほど」
暗闇の中。
落ち窪んだ瞳だけが、怪しく輝く。
「ようやく――」
――『材料』が、見つかった




