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13.歪んだ色

「ククッ……そうですか、魔王がここに」


ブクブクブクッ


 不気味に泡立つ緑色の液体を手に、その男――アリオトは笑う。


「それで、ククッ……。

倒せたのですか?」


シュワッ


 アリオトが瓶を触ると、それは一瞬にしてまばゆい金色へと変化する。


「ううん〜……逃がしちゃったの。

僕、全力で追いかけたのに」

「ククッ、ドゥーベでも追いつけないとは。

やはり、魔王フォンセという男……面白い、クククッ」


コトッ


 瓶を置き、彼はブランシェの方へと向き直る。


「さて、頼んでいたものは――」

「……アリオト。

あなたは、知っていたのですか」

「ククッ、知っていた……と。

一体、何をですか?」

「とぼけないでください。

魔王フォンセが――」


――不死身であること


 使い慣れぬその三文字が、妙にざらついた感触で残り続ける。


(フェクダ様の攻撃を受けた、あの時。

確かに魔王は、その息の根を止めていた)


 魔力探知に優れたブランシェの目も、確かにその動きが止まったのを捉えて。


(――それなのに)


 真っ赤な炎と、真っ黒な灰の中から。


 まるでそう――不死鳥のように。


「……ありえないことです」


 答えないアリオトを前に、ブランシェは一人呟く。


「死者を蘇らせるなど、不可能なはず。

それは――」

「神の領域。

……ククッ、果たしてそうでしょうか」


 暗い部屋の中、瓶の中の液体だけが怪しく光る。


「小さなネズミの死体に、魔力を注入する。

……クククッ、さあ――」


――どうなる?


 そう言って、アリオトはドゥーベを指差す。


「えっ。

え、えと〜……」


 突然自身に向けられた問いに戸惑いつつも、こてんと首を傾げ必死に考える彼。


「動物に、魔力をあげたら…魔物に、なるけど。

でもでも死体だったら〜……」


 うーんうーんと唸り、しばらくの後に。


「……う〜……

わかんないやぁ」


 しょんぼり、肩を落とす。


「ククッ、では少しヒントを――」

「アリオト」


 周囲の気温が、一気に下がる。


 感情の読めないその表情。しかしその周りで弾ける小さな氷は、明らかに不満げだった。


「……クククッ、全く気の早いことですねぇ。

仕方がない。では、答え合わせといきましょう」


バサッ!!!


 彼の側の布が勢い良く持ち上げられ、その中身が露わになる。


「キ、キャ……

ギャぁあァ゙!!!!」


 不気味な鳴き声。檻の中の虚ろな双眸が、息を呑んで見つめるドゥーベを捉える。


「……これが、あなたの言っていた。

死体に魔力を与えたネズミ、ということですか」


 返事を待たず、ブランシェは冷静にその観察を始める。


(……魔力を感じる。

心臓も全身の機能も、問題なく動いていますが)


 けれど。


「……っ、これは」


 その最奥に光るものを見て、思わず一歩下がる。


「アリオト。

あなたは一体――」


――何を、創ったのですか


(魂が、歪んでいる)


 本来あるべき形を失い、それは黒い泥のように渦を巻いていた。


「……ククッ」


 かすかに震える声に答えるのは、不気味な笑み。


「そう。

死体に魔力を与えてやれば――こうして、蘇るのです」

「――蘇る?

こんなものを、『生きている』と言うつもりですか!」


 ぐにゃり、と空間が歪むほどの瘴気。


 見えるからこそ、その異質さを――彼は誰よりも分かっていた。


「ククッ、何が問題なのです?

姿も、鳴き声も。全て一緒ではありませんか」

「っ、けれど」

「……ああ、そうそう。

これはね、あなたに教えてもらったのですよ」


(……私が?)


「ええ。

他者へ魔力を分け与える治癒術。

あれを見て思ったのです」


 ククッ、と。


「魔力が渡せるのなら。

死体にだって、渡せるのではないか――と」


 徐々に、その声が上ずっていき――


ダンッ!!


「んギイ゙っ!」


 興奮したようにそばの机を叩けば、上に乗る籠の中から鳴き声が漏れる。


「ここ数日、あなたたちに魔族を倒しその死体を運び込んでもらったのも。

全て、その魔力を抽出し――更に大きな死体を、蘇らせるため!」


 叫んでから、ふっと動きを止めて呟く。


「……ああ、もちろん単にワタクシの知的好奇心を満たすためだけではありませんよ。

これは、重要な一手となるのです……ククッ」


 もったいぶるようなその様子に、傍らのドゥーベはごくりと唾を飲み込む。


「じゅ、重要な一手……って!?」

「クククッ、我らが究極にして至極の目的――


不死身の魔王、その討伐」

「うおぉぁ……!!

すごいね、兄貴!!」


 目を輝かせる彼とは対象的に、ブランシェは軽く眉をひそめる。


「……理解できません。

なぜ死体を動かすことと、かの魔王を討伐することとがつながるのですか?」


 その問いに、歪んだ瞳は熱を帯びた口調で呟く。


「……神話の時代。

確かに魔王は討伐された」


 ならば、それを。


「再現できるはずなのです」


――その時代も


「その奇跡も」


 そして、それを成し遂げた――


「その、存在も」


 瞳に浮かぶのは――ゾッとするほどの、『狂信』。


「ネズミですら、蘇るのです。

ならば――」


――ククッ


「どうして貴女に、できないことがありましょう」


 月光を見上げる。


「そうでしょう?」


――女神アルテミス

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