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12.その名も、その髪も

「おお……!!」


 そびえ立つ崖の上を飛び、数多の山脈を越えて。


 ドゥーベら一行がたどり着いた先には――巨大な蔦が壁に這う、簡素な山城。


 所々に施された色とりどりの装飾は、まるで森の中に咲く小さな花のようだ。


「こんな山奥に、これほど巨大な施設があるだなんて!

すごい技術だ……!」


 感心したように唸る男――フォンセを見て、氷王は眉間にシワを寄せて呟く。


「なぜ、ここまで着いてきたのですか。

ここは我らの本拠地――生きて帰れるとは思わないほうが良い」


 けれど内心で渦巻くのは、警戒心と――驚愕。


(まさか、我らを追って来るものがいるとは)


 傍らで、木の棒を使い地面に絵を描くドゥーベ。


 一見無邪気な子どものようだが、実際は二人ともが『月桂冠ローリエト』の最高戦力の一角を担う魔族である。


(私もドゥーベも、速さには自信がある。

……魔力の気配も消して進んでいたのに)


 すぐに諦めるだろう、と思っていた。


 だからこそ、この男をこうして――生かして置いたというのに。


「ははっ、警告してくれるなんて優しいね。

まあ、僕だって死にたくはないし……せいぜい頑張るとするよ」


 それを一度たりとも見失わず、こうも余裕の表情で追跡するものがいるとは。


 無意識のうちに剣の柄を握りしめる彼に向け、フォンセはのほほんとした表情で問いかける。


「話を聞いている限り、その側の子は『ドゥーベ』っていうのかい?」

「うん!最近もらったんだぁ〜!」

「もらった……とすると、誰かの後継者に決まったのかな?

……もしかして、君の――」


 向けられた視線に、氷王は小さく首を振る。


「私ではありませんよ。

そもそも我らは、どの貴族にも属してはいませんから」

「そうなのか、随分と力のある魔族のようだし勿体ない気もするけど……。

――あ、そうだ」


 ぐい、とフォンセの顔が迫る。


 赤い瞳の奥にきらめく好奇心の光に、思わず一歩下がるも――彼は構わずに。


「そういう君は、なんて名前なんだい?」


(――アルカイド)


 本来ならば、そう名乗るべきところだったのだろう。


「……名前、ですか」


 けれどどうしてか、それは相応しくない気がして。


 迷った挙げ句に――揺れる声で、彼は答える。


「私に、名といえるほどのものはありませんよ。

……強いて言うなら――」


――『氷王ブランシェ


 そう呟くと、男は何故か嬉しそうに笑って。


「『ブランシェ』か。

――いいじゃないか」


 うんうん、と一人で頷くフォンセ。


 なにかに納得したような満足げな表情で、くるりと彼に向き直って。


「僕は、そう呼ばせてもらおう。

それと――ないなら、それを名にしてしまえばいいじゃないか」

「……名に?

私が、私に……ですか?」

「何も、誰かに名をつけてもらう必要なんてないはずだ。

もしそうならこの世界の原初――創世神はどうするんだ?」


 ほっぺたを膨らませ、不満そうにそう呟く彼。


(……おかしな男だ)


 敵意もない。


 害意もない。


(それなのに)


 どうしてか――目を離せない。


 戸惑いとともにその瞳を見つめていると、突然。


「――それに」


 そっと、ブランシェの髪に手が触れる。


「良く似合っている」


「……何がです」


 さらり、と手の中できらめく白い光。


「その名前も。

その髪も」


 反射的に身を引こうとして――できなかった。


 これまで彼に触れてきたものは、皆等しく冷たかった。


――だからこそ。


(……暖かい)


 その優しい火のような温もりが、新鮮で。


 これまでの何よりも、心地よかった。


「――兄貴、兄貴っ!」


 幼い声と、袖を引っ張る小さな手に意識が引き戻される。


「早く行こ、きっとアリオト様が待ってるよ〜!」

「……そうですね。

あいつは、待たせると面倒くさいですから」


(この前など、突然私の魔力を人間の死体に移し始めて。

……本当に、仕える相手を間違えましたね)


 小さく舌打ちして、緑に隠れた入り口を目指そうとして。


「おお、五番殿であったか。

その横の小さきは――なるほど、新たな四番殿であるな?」


 がちゃがちゃと騒がしい音を立てて歩み寄るのは、一人の小柄な男。


 その腰に差されている刃物は、ある世界で『刀』と呼ばれるものに酷似していた。


「えと……ごめんなさい!

ボク、名前覚えるのが苦手で……」


 申し訳なさそうに言うドゥーベに向けて、彼は快活に笑って答える。


「お気に召されるな。拙者もこの席次をいただいて日が浅いゆえ、知らぬも無理はない。

拙者はフェクダと申す。お主らと同じ『七星アステリズム』――第七席でござるよ」


 差し出された左手を、ドゥーベは嬉しそうに両手で包んで返す。


 その幼い様子を微笑ましげに見つめていたフェクダは、ふとブランシェの背後に目を留める。


「五番殿。

その方は――」

「ああ、僕のことは気にしないでくれ。

単なる旅の者だよ」


 柔らかい声音でフードを取った彼を見て、フェクダの顔に突然緊張が走る。


「……お主。

名は、なんと言う?」


カチャッ


 腰に差された刀に手をかけ、少し身をかがめるフェクダ。


「……フェクダ様?

なにか、この男に――」


 その様子に異変を察知したブランシェが、彼に理由を問いかけようとするも――


――フォンセ


ザシュッ!!!


 何かが切れるような音。


ドスンッ!!


 一瞬の後、フォンセの背後の木が――真っ二つに切れた。


「っわ、危なかった……。

もう少しで本当に月になるところだった、なんてね」


 ははは、と笑うフォンセに対し――フェクダはドゥーベ達を背後に隠し、刀を構え直す。


「……これは。

どういうことですか、フェクダ様」

「そうか。

五番殿は辺境任務が多いゆえ、ご存知ないのでござるな」


カチャッ


 刀の先が、小さく音を立てる。


「その男は。

我らが敵――この魔国の頂点」


――魔王フォンセ


(……魔王?)


 軽く片眉を上げ、ブランシェは問い直す。


「……それは、本当なのですか?

敵地のど真ん中に、これほどの丸腰で乗り込む魔王など。それこそバカというもの――」

「うわ、結構頑張って変装したつもりだったんだけどなー……。

やっぱり、アミルに頼めば良かったかな」


 残念そうに呟く男、そして次の瞬間――


バサッ!!!


 黒いマントが、風になびく。


「まあ、バレちゃったなら仕方がない。

そう、僕はフォンセ。この魔国を治めるすごい魔族で……」

「『鳴神に命ずる。今ここに――」


バチッ


 フェクダの口から紡がれる詠唱には、一切の訛りも淀みもない。


ゴロゴロゴロ……


 付近から聞こえる雷鳴と共に、天に現れるのは――無数の斧。


「……ひどいな、ちょっとくらい僕の話を聞いてくれたっていいじゃないか」


 小さな雷のようなそれらを見上げ、フォンセは軽くため息をつく。


「……五番殿、四番殿。

拙者から、離れてはならぬでござるよ」


 いつの間にか雷は、暗い空を覆い尽くし――


「――『雷斧トニトルア・アクス』!!」


ズドンッ!!!!!


 鼓膜を突き破るほどの音と、振動とともに――フォンセに向け、一斉に落下した。


ドサッ!!


 粉塵の中、倒れるフォンセ。


 警戒しつつ近寄ったフェクダは、その首元に手を当て――


「……止まっているでござる」


 一気に肩の力が抜けたように、その場に座り込む。


「……っふぅ。

お二方とも、大事ないでござるか?」

「うん!

すっごい魔法だね〜、かっこいい!」

「……私は、大丈夫ですが。

しかし――あれが本当に、魔王なのですか?」


(弱すぎる。

この程度であれば、我らがここまで警戒する必要もないはずです)


 しかし、フェクダは刀をしまいながら笑って答える。


「これは、拙者が人生を費やして研究した究極の魔法でござる。

いくら魔王と言えど、無防備で――直撃では、死より免れますまい」


 そう言って踵を返そうとした、次の瞬間――


――ピュールィッ!!


 鳥の鳴き声のような、その不思議な音とともに。


ボウッ!!!


「ああ、びっくりしたよ。

全く、もう少し優しくしてくれてもいいのに……初対面なんだからさ……」


 不満げな、けれどどこか楽しげな声。


(……どういうことだ)


 翼のような形をした炎の中、ゆらりと立ち上がる影。


 服についた灰を払いながら、彼は笑う。


「……ほら、言っただろう?


――()()()()()()()、ってね」

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