11.氷王アルカイド
「あ……
た、たすけ……!」
ザンッ!!
魔族の身体が、真っ二つに裂ける。
「……ああ。
つまらない」
ガシャンッ
役目を終えた細身の氷剣が、無造作に投げ捨てられる。
真っ二つに切り裂かれたそれを見下ろすのは、感情の無い銀の瞳。
――『氷王』
戦場の全てを凍らせる、その圧倒的な力と。
敵と判断したものに一切の躊躇の色を見せない、その冷酷な瞳。
名を持たぬ彼はいつしか――恐れを込めて、そう呼ばれるようになっていた。
「うわぁ〜!!
やっぱりすごいなぁ、兄貴は!」
バサッ
目を輝かせて飛来するのは、一人の若い魔族。
「……」
それを見て不愉快そうに眉を寄せた彼は、しかし小さくため息をついて向き直る。
「そういえば。
本日付で、幹部に任命されたのでしたね」
「覚えててくれたんだぁ……!
うん、名前ももらったの!」
嬉しそうに、首にかけた金のネックレスを取り出してみせる。
薄い銀文字でそこに描かれているのは――
――『七星』第四席
「――『ドゥーベ』」
「……わぁ……!
なんだか名前って、嬉しいな〜!気持ちがポカポカする!」
そう言って微笑んでから、ふとなにかに気づいたように首を傾げる。
「……あれ?
兄貴も、第五席だから〜、えーっと」
うーんうーん、と唸って。
諦めたようにしょんぼりと肩を落とし、恐る恐る問いかける。
「……えっと。
兄貴には、名前って――ないの?」
そう言ってから、心の中で「しまった」と思う。
普段の『兄貴』なら――仕事に関係のないこと以外を聞けば、すぐにでも彼を氷漬けにするはずだから。
「――そうですね。
まあ、無いことはないですが」
けれど、どうやら今日の『兄貴』は機嫌が良いらしい。
チャリッ
涼やかな金属音とともに、その胸元から一枚のコインが取り出される。
「第五席。
――『アルカイド』」
呟く吐息は、白く雪のように空へと登っていく。
「ふぉあ……!
なんだか、かっこいいね〜!」
「そうですか?
戦場で散った幹部に代わり、名と席次を与えて――単なる補充にしか見えませんが」
吐き捨てる彼を見て、ドゥーベの心に灯るのは――憧れの心。
――兄貴はすごい。
強くて、頭も良くて。
兄貴の言うことは、いつだって正しい。
――だから。
兄貴についていれば、大丈夫。
そう思えば、彼の単純な頭は簡単に満たされる。
ほわほわとした心のまま、『兄貴』にかけよろうとして――
「……あ!」
ききーっ、と急停止。
ガサゴソガサゴソと懐をあさり、ようやく見つけたものは。
「兄貴!
あのね、アリオト様から伝言!」
「……」
思いっきり顔をしかめた彼は、心底嫌そうにその紙切れを受け取る。
「……はぁ。
行きますよ、ドゥーベ」
「ボ、ボク!?
兄貴の足、引っ張っちゃうんじゃ――」
「仕方がないでしょう、あなたと私が呼ばれているのですから。
……全く、面倒な」
舌打ちとともに立ち上がった彼は、その柔らかい山を危なげなく下りていく。
時々出る赤いものは、その山を形成している――元々魔族だったであろう者たちの血。
「『氷船』」
ドンッ!!
呟いた先に現れるのは――巨大な氷の船。
ドゥーベに軽く合図を送ると、彼は嬉しそうに翼を広げ――
「『風蝕』!!」
ビュオッ!!
風が吹き抜け、死体の山が一気に船へと運び込まれる。
無表情でそれを見届けた『兄貴』は、そのまま船へと乗り込もうとして。
「……あのー。
君たち、ちょっといいかな?」
(……いつからそこにいた?)
突然聞こえた声に、氷王は目を細める。
「んー?
おじさん、誰〜?」
キンッ
無邪気に問いかけるドゥーベの隣、氷王は静かに武器を構え直す。
(……気配が読み取れなかった。
偶然か?)
否、彼の魔力探知をかいくぐるなど――たとえ偶然であっても、ありえないことだ。
油断なく刃を後ろに隠す彼を見て、その男は軽く首を傾げて曖昧に笑う。
「参ったなー、この近くに魔王を倒そうとしてる大きな組織があるって聞いたんだけど」
――どうも、迷っちゃったみたいだ
笑うと目尻に小さくシワが寄り、ますます優しげなその表情。
それを見た多くの者は、きっと敵意などなくしてしまうことだろう。
「おじさん、ボクね、知ってるよ!
魔王を倒そうとしてる、すっごい組織!」
ドゥーベもまた、警戒心の欠片もない様子で彼と話し続ける。
「そうなのかい……!?
すごいね君、出来れば僕に教えて――」
「――そこまでだ」
カキンッ
冷たい声とともに、ドゥーベに伸ばされた大きな手が凍る。
「これは。
君がやったのかい?」
感心したようにブラブラと手を動かし、観察する男。
(……なんだ、この男は。
――気味が悪い)
内心そう思いつつも、氷王は冷静に続ける。
「どなたか存じませんが――
あなたがその場所を知ることは、これから先一度もない」
「ほう、それはどうしてだい?」
「簡単ですよ。
私が、ここであなたを――」
――殺すから
無表情なその口元に、一瞬残忍な笑みが浮かぶ。
「……ああ、そうでした。
――ドゥーベ」
周囲が凍るような音。
「……っひぁ」
ひゅ、と喉が音を立てる。
ガタガタと震えだすドゥーベに向け、『兄貴』は静かに微笑みかけて。
「組織の内情を、不用心にも部外者に流そうとするとは。
これは――」
――『お仕置き』ですね
「ひ、ぁ……!
兄貴、ごめんなさい!兄貴――」
必死の謝罪も届かず、その剣は無慈悲に彼の頭上に掲げられる。
キラッ
陽の光を受けて煌めくその刃が、ゆっくりとドゥーベに振り下ろされ――
ガンッ!!!!
何かが砕けるような音。
本能的に頭の上に回していた両手はそのままに、ゆっくりと目を開けるとそこには。
「……」
砕け散った自身の剣を見つめ、呆然と立つ『兄貴』の姿。
「ありえない。
一体何が」
「ん?
良くわからないけど――その剣の様子じゃ、僕のことも殺せないんじゃないかい?」
「っ何者――」
「良かったぁ、こんな辺境で一生を終えるなんて嫌だなーって思ってたんだよ!
……あ、自己紹介がまだだったね」
いけないいけない、と慌てたように呟いて。
頭上の黒いフードを外し、男は静かに名乗る。
「やあ、『月桂冠』の方々」
黒い髪の奥。
その瞳を見て、思わず全身が固まる。
「僕を殺す、というのはまたの機会に。
……まあ――」
――できるものなら、だけどね
真っ赤な瞳。
獰猛な獣の牙から滴る血、天に輝く灼熱の太陽すら――
(――敵わない)
それは恐怖ではない。
ただ、世界の理を知った時のような絶望だった。
身動きの取れない氷王に向け、男は笑って。
「僕の名はフォンセ。
単なる――旅人さ」
少し、ハクさんの過去にお付き合いくださいm(_ _)m




