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10.月と氷王

――パチンッ


ゴウッ!!!


「ガ、うぅ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」


 燃え上がる人影。青々とした草を伝い、炎は広がっていく。


「ま゙、デ……ガ、ウガあ゙っっっ!!」


 知性のかけらも感じさせない断末魔は、彼らが最早『人』でないことを表すかのよう。


魔族おれから見ても。

やはり魔人というのは――)

「……本当に、不気味なものだな」


 街から離れるようにして、ノワは深い森の中へと入っていく。


「ゥ……あ゙、アガ……ァ゙」


 その後に続くのは、無数の魔人たち。


 彼らが放つ膨大な瘴気のせいか、周辺の草木は急速に枯れゆく。


「埒が明かんな、数が多すぎる。

……それに」


――『焔火コクェンテ


ゴウッ!!!


 次の瞬間、集団の一角が消滅する。


「ガ、うガ……」


 けれど気にする素振りもなく、歩み続ける魔人たちを見て――


「やはりな」


 小さく目を細めるノワ。


魔人コイツらの目的は。

……いや、『月桂冠ローリエト』の目的は――単なる殺戮ではない)


 焼き付いて離れない、甲高い笑い声。


――ククッ!さあ、魔王よ!


 狂気をはらんだその瞳は、一心にノワだけを見つめていて――


「なるほどな。

魔王おれを――殺すつもりか?」


 ぴたり、と。


 真っ暗な森の中、ノワは立ち止まる。


「が、うがァ゙ァ゙ァ゙!!!」


 禍々しい何本もの腕が、彼に襲いかかって。


――ははっ


 その隙間から覗くのは――残忍な笑み。


「いいだろう。

ならば――」

 

 にやり、と顔を歪めて。


――『炎龍ドラクニス


 閃光。


バンッ!!!!


 遅れて聞こえる爆発音と共に、周囲の全てが燃え上がる。


 悲鳴も、骨の一片も――灰すらも残りはしない。


「……この程度か?

俺も、随分と舐められたものだな」


 役目を終え、天に舞い上がる炎の龍を気だるげに見つめながら。


パキッ


(――なんだ?)


 何かが割れるようなその音に、思わず背後を振り向くと――


「……これは」


 地に落ちた、透明な無数の破片。


 指先ほどの最も大きなものに触れ、良く観察しようとすると――


ジュワッ


 一瞬の冷たさとともに、それは水となってノワの指を伝い落ちる。


(……氷。

こんなものが、なぜここに)


 ふとその脳裏に、甲高い声が蘇る。


――再び、その『最愛』の前に――

敗北の血を、流すがいい!


「『最愛』?」


――ノワ、おかえりなさい!


 瞼に焼き付いた眩しい笑顔が、どんどんと遠ざかっていく。


「……まさか、な」


 意味などない、ただの宣戦布告。


 そう思い込もうとしても、ノワの不安は消えなくて。


(いや、大丈夫だ。

魔王城にはブランが――)


 地面で煌めく氷の破片を見つめ、呆然と呟く。


「……ブラン?」


 考えれば考えるほど、その闇は濃くなっていく。


(反乱軍の動き。

まるで俺の動きを、読んでいたかのような)


 それをするには緻密な魔力操作、高度な追跡魔法が必要となる。


――ありえない。


 そう思いたいのに、それが可能な人物を――ノワは一人、知っていた。


(大英雄の戦火を生き延び、魔王おれ側についた者。

フォンセの墓の場所を知っているのは、この条件に適合する者のみだ)


 たった一人。


 けれどそう考えれば、全てがつながってしまう。


「……っ」


バキッ


 氷の破片を踏み潰し、ノワは無言で向き直る。


「――ぐァ゙ァ゙ァ゙!!!」


 数は減らせど、魔人の勢いは未だ衰えるところを知らない。


「ま゙、で……、ァ゙……!!」


 瘴気の中、ぼんやりと見えるその髪色は――白。


(勇者召喚の折、フォルテで消えた白髪たち……か)


 魂を失い、空洞となった身体は今――禍々しい魔力で満ち溢れている。


「『月桂冠ローリエト』。

お前たちを赦すわけにはいかない理由が、一つ増えた」


 そう吐き捨てるノワの表情には、静かな怒りが燃えていた。


「ァ゙、ガ……!!」


 すっ、と。


 天に向けて伸ばしたノワの右手に、赤い炎が宿る。


「……もしもお前が」


ゴウッ!!


 渦をなし、炎は勢いを増していく。


「そのような卑劣な奴らに――力を貸しているのならば。

俺を、裏切るというのなら」


 周囲が、真っ赤に染まり上がる。


 まるでそれは、沈んだ太陽がまた突然に現れたと思うほどで。


「そして俺の『最愛』に、その刃を向けるなら。

俺は、お前を――」





◇◇



「赦しはしない」


コツッ、コツッ


 暗い森の中から現れるのは、深い黒。


 その身にまとう炎は、静かな怒りに波打っていて。


「おや、随分と派手な魔力反応があったと思えば。

やはりあなたでしたか、ノワ」


 ふふっ、と。


 門にもたれかかっていたハクは、薄く微笑んでその身を起こす。


「あの魔人の大群を退けるとは、流石ですね。

……まあ、あの程度にあなたが負けるとも思えませんが」

「――黙れ」


コツッ


 少し距離を取ったところで、ノワは立ち止まる。


 俯いたその表情は見えずとも、その声は低く重くハクにのしかかる。


「……ふふっ、これは。

随分と殺気立っていらっしゃるご様子だ」

「――どこだ?」

「どこ、とは?」

「とぼけるな。

あいつが俺の帰還を出迎えなかったことなどない。お前――」


――リーナに、何をした?


 ふっ、と。


 ハクの目線が、ノワから逸らされる。


「……さあ。

もしかしたら、地下の書庫にでも――」

「――なるほどな」


 殺気。


 のしかかる重圧に、思わずハクの顔が苦痛に歪む。


「……ブランシェ」


ドゴッ!!


 重い音とともに――二人の立つ地面が、崩壊する。


「――っ」


バサッ


 間一髪で翼を開き、バランスを取るハクに向け――


「俺は。

俺と出会う以前のお前について、何も知らない」


 降りかかる瓦礫は、けれど一瞬で砕け散る。


「……だが。

数百年。俺の隣には、常にお前がいた」


 ははっ、という乾いた笑い声。


 白の王を見つめるその目には怒りと――声にならない、悲痛な叫び。


「少しくらいは、わかることもある。

――そう、たとえば」


ドンッ


 瓦礫とともに着地した場所は――大規模な地下の闘技場。


「何かを誤魔化そうとする時に、

お前は、必ず目を逸らす」


 かつてそこで、二人の魔族が争った。


 この国の至高――『玉座』をかけて。


(……ああ。

懐かしいですね)


 遠くに見える炎に、何故か笑みがこぼれる。


「……ふふっ。

あなたは、そういうお方だ」


――だからこそ


キンッ!!


 霧の中から現れるのは――細身の剣。


 透き通るようなその刀身に映るのは、引き結ばれた口元。


「どうして私を、騙し続けていたのですか」


 信じていたのに。


 数百年、側に仕え続けていたのに。


「……ああ」


 一振りで、周囲の全てを凍り尽くす。


「偽りの魔王よ」


 氷と炎。


 月明かりの下、2つの光は見つめ合う。


「『月桂冠ローリエト』。

七星アステリズム』――第五席」


 戦場で駆けるその刃はかつて、魔王にすら迫った。


「『氷王ブランシェ』。


主命により、その玉座を――」


――あるべき形へ


 その言葉を合図に。


 魔国の空に、2つの光が交差した。


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