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8.狂信

「――セレネ」


 金の髪が揺らめき、炎に呑まれていく。


 その後には、不思議とどんな痕跡も残らなかった。


(容姿も声も、何もかも記憶の中のセレネと同じだ。

……偶然とは、思えんが)


サクッ


 そう言って、ノワは背後を振り向く。


 巨大な木の根元、刺さる剣にそっと添えられた――


「……『月桂冠ローリエト』」


 彼の記憶の中、その名は遥か過去から存在する。


 幾度となく魔国の歴史に名を残し、熾烈な争いを繰り広げた彼らが掲げるのは。


――魔王の打倒


 特に強大な力を持つ幹部『七星アステリズム』と、その名を受け継ぐ者たちを中心に勢力を拡大していき。


 やがて魔王に反意を抱く魔族や、白の貴族とも結びついて――いつしか反魔王派の最大の組織となったのだ。


「近頃、鳴りを潜めていたと思ったのだがな。

……今度は一体、何を企んでいる?」


 歩き出したノワは、焼けた草を踏みしめながら考える。


(最後にその名を聞いたのも、やはり――)

「ククク、やはり『失敗作』はダメですねぇ……!!

ですがようやく、正しき『器』が――」


パチンッ


 軽快な音。次の瞬間――


ボウッ!!!


「うぎゃあ痛い!やめて!あついあつい!!」


ドスッ


 真っ黒い煙を上げながら前方に落ちてきたのは――深くフードを被った、怪しげな魔族。


「……ふむ?

何やらその叫び声、聞き覚えがあるな」

「相変わらず野蛮ですね、魔王ノワ!

……クククッ、しかし余裕でいられるのも――」

「参ったな、思い出せない。

すまないが――もう一度、叫んでもらえないか?」

「……ぇ゙?」


パチンッ!!


「あづ、、あづいぁ゙ぁ゙ぁ゙あ!」


 申し訳なさの微塵も感じられない表情のまま、燃え上がる魔族を見つめるノワ。


 数秒の思案の後、その口元に小さく微笑が浮かんで。


「……ああ、思い出した。

ネロと組んでいた、あの気持ちの悪い魔族か」

「き、気持ちが悪い……!?

失礼な、わたくしは高潔なる使徒にして――あ゙あ゙あ゙づ!!」

「すまん、消し忘れていたな」


 わざとゆっくりとした動作で手を払うと――


シュッ


 炎が消え、ボロボロになった魔族が煙の中から立ち上がる。


「コホンッ!

クククッ!ようやく思い出しましたか、魔王ノワ!

「王都へ向かう途中も、似たような悲鳴を上げていたな。

確か――二本の指で摘ままれた程度で」

「それは怖いでしょう普通!!」


 ノワの脳裏に浮かぶのは、月光の下のその声。


 フォルテの無人の街にて、彼はノワに告げたのだ。


――「なぜなら……彼らは。クククッ……!

わたくしが、このわたくしが――」


「『魔人へと、進化させた』だったか。

……ちょうどいい、お前――」


サクッ、サクッ


 魔族の方へと歩み寄りながら、目線だけを木の方へと送って。


「身の程知らずにも俺に挑んだ、あの魔人。

――ディアナについて、なにか知っていることはあるか?」

「クククッ……『あいつ』ねぇ」

「『月桂冠ローリエト』の幹部と名乗っていたが。

……まさかお前も――」


ボウッ


 ノワの手の中で、炎が渦を巻く。


「クククッ、答えないならば容赦はしない……と?」

「察しが良くて助かる。

……さあ、どうする?このまま消し炭になるか――」

「『失敗作』。

それ以上でもそれ以下でもありませんよ……ククッ」


 予想に反してすんなりと応える彼に、ノワは目を細めて問いかける。


「――『失敗作』。

これまで見たどの魔人よりも魔力と――なにより知性を備えていたように見えたが」

「ククッ、そもそも。

すべての魔人は、わたくしにとっては」


 不気味な笑い声が響く。


「そう。

失敗作に、過ぎないのです!」


 天に向けて両手を突き出し、恍惚とした表情で叫ぶ魔族。


「……どういうことだ?

お前の目的は――」

「クククッ、無駄ですよ」


 きらり、となにかが燦めいて。


パラッ


 その手の中から、謎の本が現れる。


 それを見たノワは、顔色を変えて。


(まずいっ……!

あれは――)

「転移魔道具!!!」


ゴウッ!!


 瞬時の判断で生成された火球は、一直線に魔族を狙って飛んでいくも――


「……クククッ」


ピカッ


「――っ、待て!!」


 その姿は既に、眩い光に包まれていて。


「ククッ。

以前は名乗る機会もありませんでしたからねぇ」


 歪む空間の中、不気味な笑い声だけが響き渡る。


 火球は届かず、その寸前で弾けとんで。


ガラガラガラッ!!


 空間の崩壊に、その姿は呑まれ消えていく。


「『月桂冠ローリエト』幹部『七星アステリズム』が一人」


 残った言葉に、ノワの表情が変わる。


(……まさか)

「お前が、お前こそが!!!」


 怒りにみちた声は、しかしもう届かなくて。


「ククッ。


第一席、『狂信』――」


――アリオト


 声は、最後に告げる。


「……クククッ……。

もう、始まっているのですよ」


 何が、と問う間もなく。


ドスンッ、ドスンッ


 重い足音。 


(……なんだ?ここには誰も――)


「――っ!?」


 音の方向を向いたノワは、その光景に動揺を隠せない。


ガシャンッ


 交じる金属音は、鎧と――刃の交わる音。


 そこにいたのは、軽く一個師団はあろうかという数の――


「……人?

いや、違う」


 ノワの目に映るのは、歪な魔力を放つその色。


「魔人、か!!」

「クククッ……」


 姿の見えない魔族は、またもや笑って。


「魔王ノワ、ククッ……!

このままでは、あなたの国は滅びるでしょう!!」


 各地で起こる反乱。


 勇者の被害により、人での足りない魔王軍。


「……っ」


 彼ら魔人を放置すれば、確実に魔国は滅びるだろう。


 言い返せないノワに向け、アリオトは高らかに宣言する。


「ククッ――さあ、魔王よ!」


 無数の虚ろな目が、ノワを捉える。


「再び、その『最愛』の前に――


敗北の血を、流すがいい!」

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