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7.『成り損ない』

――フォンセ=クローリナ


 黒い墓石に刻まれた文字をなぞり、しばらく目を伏せてから。


「……フォンセ。

お前の願いを叶えた時――俺は、またここに戻ってくる」


 だから、と錆びた剣を見上げる。


「もう少しだけ。

ここで、待っていてくれ」


 そう言って、ノワは静かに墓石から手を離す。


 大きな木が風に揺れると同時に、そっと立ち去ろうとして。

 

「――これは」


 はたと、その動きを止める。


 見つめる先には錆びた剣と、その柄にかけられた――


「……冠」


 緑色の葉で作られたそれを手に取り、途端にノワは険しい表情へと変化する。


 青々と茂る頭上の木は、その冠の葉と寸分たがわない。


「なぜ、こんなものが。


――『月桂冠ローリエト』」


(この場所にフォンセが眠っている、と知っているのは。

俺と――)


パキッ


「……っ」


 枝が踏み折られるような鋭い音。


「何者だ。

返答次第では、容赦は――」


 即座に振り向き警戒態勢に入ったノワは、しかしその場で固まってしまう。


サクッ、サクッ


 草原の中の静かな足音は、一定のリズムで柔らかく響き渡る。


ポロンッ


 手に持ったハープは、優しく周囲を包み込む。


 敵意も害意も、悪意すら感じられないのに――歩み寄ってくる彼女は。


ポロロンッ


 焼け果てた草原の背景が、不気味なほどに――似合っていた。


ザッ


 立ち尽くすノワの目の前で、彼女はその歩みを止める。


「……おまえ、は」


ポロンッ


「こんにちは、魔王ノワ様」


 絹のように滑らかで、澄み切った声。


「――っ」


 その声に。


 一瞬だけ、心臓が止まった気がした。


(まさか――)


 全身が、ぞくりと泡立つ。


ポロンッ


 丁寧で――どこか機械的にすら感じる動作とともに、声は続ける。


「『月桂冠ローリエト』が幹部、『七星アステリズム』第五席」


 その瞳は何の感情も、光すらも映さない。


「この私、『駄作』ディアナが。

主命により、貴方様のお命――」


――頂戴します


ポロロンッ


 無造作に弾いた指から溢れ出る光に、ノワは即座に背後に飛び退く。


 次なる攻撃に備えつつも、彼は反撃に出ようとはしない。


(……同じだ。

声も形も、何もかもが)


 けれど。


「――安心した」


 虚ろな瞳を見つめ、ノワはふっと息を吐く。


「……あいにく俺は、魔力探知が苦手でな」


ボウッ!!!


 ノワの手中より、巨大な炎の槍が召喚される。


 油断なくハープを構え直すディアナに向け、ノワは少し笑って続ける。


「魔力の質やら、量やらで個人を見分けることはできない。

……だが、それでも」


 ぎらり、と。


 ノワの周囲に、激しく燃え盛る無数の火球が現れる。


「お前が――

あいつと同じでないことくらいは、わかるというものだ!!!」


――『獄炎ランフェール』!


 次々と生成される火球は、一直線にディアナを狙って飛んでいく。


「……。

聖光サンクトゥス・ルクス』」


ポロンッ


 溢れ出た光が、ノワの火球を防ぐ盾となる。


「ほう?明かりの魔法か、珍しいな」


(――だが)


 絶え間なく炎の攻撃を放ちながら、冷静に彼女を観察する。


「……ふむ」


 彼の目に映るのは――禍々しく渦を巻く、その小さな魂。


(魔力を感じる。

魔族のものではあるのだろう。だが――」

「――歪だな」


 明らかにそれは、彼の知る『同胞』の色ではなくて。


「近頃、似たものをよく見るのでな。

……さてはお前――」


――『魔人』か?


 人が魔物になることで生じる、稀有な魔族。


 ネロの一件以来、彼と組んでいた怪しい魔族により作られているようだが――


「……」


 やはり彼女は、何も答えようとはしない。


「……まあ、良かろう」


 軽く片手を上げ、静かに唱える。


――『炎龍ドラクニス


「グワアァァァッ!!!」


パリンッ!!


 現れた巨大な炎の竜が、瞬く間に光の壁を破壊して。


「……」


 寸前まで迫るそれを見ても、彼女の表情はピクリとも動かない。


「お前――ディアナとか言ったか?」


 手で払うような仕草。それと同時に――


シュッ


 巨大な竜が、瞬く間に姿を消した。


「……それだ」


 虚ろな瞳を見下ろし、ノワは目を細める。


「――不愉快」

 

ポロンッ


 放たれた光は、ノワに届く寸前で――


ジュッ


 高温の炎に焼かれたかのように、瞬く間に蒸発する。


 それを見てもまるで動じない彼女は、即座にハープに指を置いて。


「『聖なる(セクラ)――」

「あやつは、そんな目はしない」


バチンッ!!!


 破裂音が響き渡る。


「……」


 ふいに、彼女の目線が外れる。


 無表情のまま見下ろす先には――弦の切れたハープが。


 その無惨な切断面には、なにかに焼かれたかのように黒い焦げ付きが見える。


「聞こえなかったか?


――不愉快だ」


コツッ


 一歩一歩と、近づいていく。


「『聖夜サンクタ――」


バチンッ!!


 魔法を唱えようとするたびに、弦は次々と焼ききれていって。


 それでも彼女は、まるで操り人形のように――ひたすら詠唱していく。


「『聖域の(サン)――」


バチンッ


「『聖淵アビス――」


 繰り返すうち、ついに全ての弦が力なく垂れ下がった。


「同じ顔、同じ仕草、同じ声」


 それでも。


「お前は、違う。

お前には――」


――何もない


 そう言ってから、ふっとノワは笑う。


「偽物、と言いたいところだが。

……これでは『偽物』に失礼だな」


ブワッ!!!


 炎の渦が、二人を取り囲む。


チリッ


 激しく燃え盛るそれに、頬が黒く焦げ付こうと――ディアナは動かない。


「お前は、確かに。

美しき女神の――」


――『成り損ない《ディアナ》』


ゴウッ!!!


 渦は、ますます勢いを増して。


 熱い風が、彼女の薄い金色の衣をたなびかせる。


「今、還してやろう」


 数百年前、突然に姿を消した彼女に向けて。


「『太陽の導きにより、汝またこの地に生を受けん』」


 虚ろな瞳が、真っ赤な炎に染まる。


「『汝の罪を、日のもとに浄化せん』


――『炎の輪廻(サイクラス・フランマ)』」


 燃え盛る焔の中、二人は見つめ合う。


 全てが燃え尽きる寸前、彼女の瞳に小さな光が灯る。


『……ふふっ』


 口元が、小さく三日月型に動いた気がして。


(……そうか)


 炎の中、魔王は目を閉じる。


「ずっと、そこにいたのだな。


――セレネ」


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