3.神話の続き
「……ふむ」
パチッ
ノワの手の中で、火花が小さく音を立てる。
「賊の報告を受け、はるばる来てみたはいいものの。
これは――」
――どういうことだ?
さらり、と最後の木が燃え尽きる。
目の前に広がるのは、一面の焼け野原。
「賊の姿など見えないどころか、こうして既に焼き払われている。
……しかも、ここで五箇所目だ」
不機嫌そうに、灰色の砂を片手ですくい上げる。
(熱い。
まだ、さほど時は経っていないな)
じゅ、とくすぶる小さな火。
「ほう。
まるで、俺が来るのを見越していたとでも言うようだな」
グシャッ!!
その赤ごと、手の中の灰を握りつぶして。
「埒が明かんな。
一度魔王城に戻り、状況を整理してから――」
カーンッ
思わず、歩みが止まる。
空を見上げ、そこに美しい真っ赤な太陽が輝いているのを確認して。
(……幻聴か)
「いかんな、どうも俺は疲れているらしい」
苦笑して、踵を返そうとして。
「……あれは」
丘の上、美しい木の下にそれはあった。
しばしの沈黙の後――
サクッ、サクッ
枯れ葉の上を、ノワはゆっくりと登っていく。
丘の上のその空間だけ、まるで避けるかのように炎は届いていなくて。
「……この木も、随分と大きくなったものだ」
――『月桂樹』
そう呼ばれる木は、天に届くかと思われるほどまっすぐに伸びている。
しばらく無言で見つめていると、突然その根本にキラリと光るものが見える。
ガサッ
青々とした葉をどけると、そこには木の幹の中に取り込まれた――一振りの剣。
「……どうしても。
お前だけは、焼けなかった」
無表情のままそう呟いて、ノワはそっと剣の手前を撫でる。
そこに現れたのは、深い黒い石で作られた――小さな石板で。
表面に掘られた文字を指でなぞりながら、ノワは静かに語りかける。
「久しぶりだな。
――フォンセ」
◇◇
「世界を創った2柱の神々は、とある日――地上に生命を生み出そうとしました」
無機質な、けれど美しく澄んだ声が響き渡る。
「女神アルテミスは、『楽園』のように儚く巡る命を。
そしてもう一方の男神は、自らと同じ――」
――悠久の時を生きる、完全なる命を。
ずっとずっと昔の、おとぎ話。
「2柱の意見は割れ、天界で大いに争いました。
そして――」
ハクの細い指が、そっと月をなぞる。
「女神アルテミスは、男神を倒し。
この世界で唯一の神となったのです」
パタンッ
そっと閉じられた本と共に、淡い神話の世界から意識が引き戻される。
「と、こんな感じです。
女神アルテミス――ルナの名しか残っていないのは、男神が敗北したからなのでしょうか」
呟くハクを見上げ、私は問いかける。
「でも、どうしてそれで。
女神アルテミスを――魔族が『崇拝する』の?」
「――それは」
途切れる言葉。
(ああ、まただ)
また、ハクは曖昧な微笑を浮かべて。
「……さあ、どうしてでしょうか。
対となる創世神すら倒した女神に、あやかりたいのかもしれませんね」
「でも、魔族は基本的に信仰をしないんでしょ?それなら――」
ハクの肩が、わずかに揺れた。
「さ、お嬢様。
もう昼食の時間です、用意して参りますので少々お待ち下さい」
ガチャッ
止める間もなく、素早い動きでハクは扉へと向かってしまう。
「……ハク――」
バタンッ
一人残される私。
(……どうしたんだろう、ハク)
昨日からずっと、様子がおかしい。
「ううん。
もっと前」
勇者の件以来、ハクは何かを隠している。
「気になるけど。
……聞いたところで、答えてくれないよね」
今回のようにはぐらかされて終わる未来が見える。
(話してくれるといいな。
――いつか)
そう思いながら、私は手元に残された古びた一冊を見つめる。
「完全に、神話――だよね」
ペラリペラリとめくっていっても、おおよそ史実と呼べるものは見当たらない。
「……なんで。
これが、魔国の歴史書に?」
(それに、見たことない文字ばっかり。
……どうして、ハクは読めたんだろう)
ぱらり、と何気なくめくっていくと――
「――ん?」
突然、見覚えのある挿絵を見つける。
(これって。
赤い目、赤い龍角)
フェリスと、カルロスと同じ。
「『竜の一族』……?
どうして、神話に」
一つ前の挿絵を探すため、ページを遡ろうとして。
ガシャンッ!!!
窓が割れる音とともに、突風が吹き荒れる。
「――っ何!?
と、飛ばされ――」
「お嬢様!!!」
バサッ!!
混乱していると、私の視界がもふもふとした白に覆われる。
(あったかい……)
どうやら、駆けつけたハクがその翼で私を守ってくれたらしい。
「あ、ありがとうハク。
いきなり窓割れて――」
「ふぁぁぁ……
病み上がりの僕を使うだなんて……アリオト様、相変わらずひどいよ〜」
ビュオッ!!
少しのんびりとした声とともに、翼越しでもわかるほどの強い風が侵入する。
「でも、今日はいい知らせがあるとか言ってたっけ〜。
なんだろ――」
ぴたり、と。
声も風も、全てが止んだ。
「……敵?
ハク、気をつけ――」
ピキッ
「……っひ」
見上げたハクの横顔は、思わず息を止めてしまうほどに冷たくて。
「……んわ。
わ、わぁ〜!!!!」
そうしているうちに、声はなにかに酔ったように高ぶっていく。
(何、何なの……?)
その異様な興奮ぶりに、押さえきれず鳥肌が立つのを感じて――必死に翼にしがみつく。
「あぁ……!
そういうことだったんだね、あぁぁぁ……!!」
バサッ!!
何故か、聞き慣れた翼の音がした。
(……ハクのじゃ、ない?)
「一体、誰?」
「ぁあ!!!
ようやく会えたね、僕の――僕だけの――」
――兄貴!!
ゾクリ、と体中が泡立つ感覚がした。
「ああ!ようやく戻ってきてくれるんだね!
また、一緒にわるーい魔王を――」
「『氷の処刑』」
ザシュッ
聞いたこと無いほどに冷え切ったハクの声とともに、柔らかいものがちぎれる音。
何が起こったかを認識する前に――
ドサッ
「あ、ニ゙き……?」
何かが倒れる音とともに、静かにハクの翼が開かれていく。
「……ハク?」
コツッ、コツッ
何も答えず、ハクは私の隣から歩き去る。
思わずその姿を追うと、その先には――
「……え」
真っ二つに割かれ、無惨に転がる白き翼の魔族。
(あれって……!
この前の勇者騒動で、魔王城を襲撃してた!)
アリスたちに告げられた、その名は。
「『月桂樹幹部――『七星』4席。
『風浪』――」
「ドゥーベ」
ハクの声とともに、空気が凍る。
ドカッ
「……え?」
一瞬、状況が理解できない。
まだ動き続けるドゥーベの上半身を、容赦なく踏みつけているのは。
「……ハク?」
呆然としていると、氷のような声は残忍な笑みを浮かべて呟く。
「おや、まだ生きているのですか。
我ながら、天虎というのは厄介な生き物だ」
グシャッ!!
鋭いもので切り刻まれたかのようなその傷口を、一切の躊躇なく踏みつける。
「あ゙、あ゙……あ゙!!!
なんで、アにキ……!!あ゙、ゥ゙あ……」
「『なんで』?
おかしなことを聞きますね」
痛みのあまり叫ぶドゥーベに向けて、ハクは不自然なほどに首を傾け――目線を合わせて。
「……忘れたのですか?」
にこり、と。
白き氷王は笑った。
「お前は私の――」
――下僕、でしょう




